NISAで始まる「貯蓄から投資へ」

2013.11.11

経済

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2014年1月からいよいよ日本版ISA(少額投資非課税制度:NISA)がスタートする。アベノミクスにおける「民間投資を喚起する成長戦略」として、「貯蓄から投資へ」と向かう資金フローの確立が期待される。ISAの導入で先行する英国では、制度の自由度が比較的高いことに加え、一般の認知度も高い。そのため、英国内での個人の利用も広がっており、ISAで保有される金融商品の残高は着実に増加している。英国ISAの実績を踏まえると、日本のNISAで資金拠出が想定される口座数は約600万口座。年間上限の5割程度の資金拠出が行われる前提で1口座あたりの平均拠出額は50万円と計算される。NISA全体で年間3兆円の資金拠出は、多くが株式投信の購入に回ると見られ、2020年代半ばには株式投信残高100兆円のシナリオも描ける。

2014年1月からの10年間は非課税投資が可能に

通常、株式や投信などから得られる配当や譲渡益は、所得税や地方税の課税対象となるが、NISAは毎年100万円を上限とする新規購入分を対象に、その配当や譲渡益を最長5年間、非課税にする制度である(投資可能期間は2014~2023年)。英国をモデルとした制度であることから、「日本版」と形容されることが多い。英国では1999年に導入され、今では同国民の約4割が資産形成や貯蓄の手段として利用しているとされる。日本での導入には、アベノミクスにおける「民間投資を喚起する成長戦略」を支えるための方策として、「貯蓄から投資へ」と向かう資金フローを確立させる側面もある。それによって、家計の安定的な資産形成をサポートするとともに、家計から企業等への成長資金の供給を促そうとするのが狙いだ。

ISAの導入で先行する英国の事例

英国では1987年に個人向けの投資優遇措置として個人持株制度(PEP)が導入され、それを引き継ぐかたちで1999年にISAが導入された。英国ISAは当初、日本と同様に時限的制度としてスタートしたが、国民の幅広い層に普及したことが評価され、2008年に恒久化されている。英国では制度の自由度が比較的高いことに加え、一般の認知度も高い。そのため、英国内での個人の利用も広がっており、ISAで保有される金融商品の残高は着実に増加している。また、英国では日本の制度にない「預金型」ISAの存在感も大きく、残高全体のおよそ半分程度は「預金型」が占めているのが現状だ。

英国ISAにおける年間拠出額の1口座あたりの平均は、2011-2012年度の実績で、株式型が約5,500ポンド、預金型が約3,300ポンドとなっている(拠出のあった口座のみを対象として平均を算出)。拠出額の年間上限は株式型が11,280ポンド、預金型が5,640ポンドであることから、株式型への拠出は上限の5割程度、預金型は同6割程度であることが分かる。

英国ISA残高の約半分を占める株式型では、資金拠出は主に投資信託等の購入に振り向けられている。個別の株式に投資する割合はさほど多くなく、英国個人がISAでリスク資産への投資を試みる場合、投資信託を通じた市場への参加によって、銘柄選択を受託者に委ねると同時に、分散投資によってリスク低減を図ろうとしている様子がうかがえる。

英国では制度導入後に個人金融資産が株式・投信へシフト

英国の例で投資優遇措置導入による個人金融資産へのインパクトを検証する場合、ISA導入時よりも個人持株制度(PEP)導入時の方がより適切と考えられる。PEPが導入された1987年以降の個人の金融資産構成についてみると、現預金比率の低下と株式・投信比率の上昇が確認できる。NISA導入で個人資金を「貯蓄から投資へ」と誘導したい日本にとっては、好意的に受け止められる事例と言えるであろう。

他方、ISA導入後の英国の株式分布状況(主体別の持ち株比率)については、どのような変化が見られるか。個人の直接的な株式保有に関しては、ISA導入後も概ね漸減傾向にあるが、個人の間接的な株式保有形態である投資信託に関しては、2000年以降で漸増している様子がうかがえる。英株式市場では個人マネーの存在感はじわりと高まってきており、個人マネーの株式市場への取り込みに、ISAが一定の効果をもたらしていると理解される。その結果、英国ではISA経由での投信買い付け残高が着実に増加している。

2002年当時、600億ポンド弱であったISAでの投信残高は、10年後の2012年には1,100億ポンド強にまで拡大している。それは、数年単位で見れば、資金流出とそれに伴う残高の減少は起こりうるが、10年程度の長期で見れば、着実な投信残高の増加に結びつくという1つの証左と言えるのではなかろうか。

NISAがもたらすインパクト~公募株投残高100兆円に向けて~

NISA導入による個人マネーの「貯蓄から投資へ」の誘導で、日本の株式市場(もしくは株式投信市場)にどの程度のインパクトがもたらされるかを考えてみたい。英国ではISA対象世代のおよそ6%が制度を活用して実際に資金拠出を行っているという調査がある。NISAが対象とする20歳以上の日本の人口は、およそ1億人と見積もられ、英国の例をそのまま当てはめれば、NISAでは約600万口座から資金拠出が期待できる計算となる。

英国における「株式型」ISAでの拠出額は年間上限に対しておよそ5割である。NISAの上限が年間100万円であることから、同様の考え方を適用すると、平均的な拠出額は1口座あたり約50万円が目安となる。NISA全体では「50万円×600万口座=3兆円」が年間拠出額のイメージとして提示できるであろう。政府はNISA経由の投資総額について、2020年までに25兆円(年間3.57兆円)という目標を掲げているが、年間3兆円のイメージは、そうした政府目標とも概ね整合的である。

年間3兆円のNISAへの資金拠出が、すべて株式投信の購入に回ると仮定した場合、10年間の拠出額は30兆円となる。非課税措置を受けるための売却が生じるため、30兆円がそのまま投信市場にとどまるとは言い切れないが、売却資金が再び投信市場に還流する可能性も十分にあり得る。結果として、NISA経由の投信購入は株式投信残高の増加に少なからず寄与するものと見られる。具体的には、現在約60兆円の株式投信残高が、NISAでの投資可能最終年にあたる2023年頃に100兆円近くまで積み上がっている姿もシナリオの1つとして描けるのではなかろうか。また、現在の株式投信の運用に占める国内株式の割合が2割程度であることから、投信経由での国内株式市場への資金流入額としては、「年間3兆円×20%=6,000億円」と試算できる。

単なるスローガンで終わらせないために

過去の英国の例に見られるように、NISAのような投資優遇措置の導入に対しては、個人マネーを「貯蓄から投資へ」誘導する効果が期待できる。しかし、期間限定・金額限定の非課税措置では、個人のマネーフローにパラダイムシフトを巻き起こすのには十分と言えないかも知れない。「貯蓄から投資へ」の流れをサポートする上では、今後の制度の改善・充実が待たれるところである。それと同時に証券会社や銀行といったリテールの資産運用に携わる金融機関が一丸となって、証券投資の普及に取り組んでいくことも必要となるであろう。金融機関の積極的な啓蒙姿勢と個人の関心・関与の高まりという2つの歯車が噛み合ってこそ、「貯蓄から投資へ」という本来の目的が達成されるものと考える。