愛知・名古屋を本拠地に、葬儀価格の適正化を打ち出して業界の常識を覆してきた葬儀会館ティア。2012年には関東進出を果たし収益化を促進、2016年には東京都内第1号店となる「葬儀相談サロン ティア日暮里」をオープンした。本格的な関東進出が始まり、それまで同社がこだわってきた「感動葬儀」の意味に変化が。今のティアにとって「感動葬儀」とは何なのか、そこで働く社員の姿にその答えを探した。
関東で知名度を上げる戦略
「”日本で一番『ありがとう』と言われる葬儀社”。これをティアの生涯スローガンとしています。徹底的にご遺族に尽くし、『ありがとう』という感謝の言葉をいただけるように、心を込めてお別れができる場面を作り上げていくことが、私たちの使命だと思っております」(株式会社ティア代表取締役社長 冨安徳久)
冨安社長が言う”日本で一番”になるには、関東進出、とりわけ東京での成功が欠かせない。全国にティアの存在を広めるためには、日本の中心である東京からの情報発信が必要だからだ。
中部、関西地区で葬儀会館を増やしてきたティアは、2012年に「ティア越谷」、2013年に「ティア鳩ヶ谷」と埼玉県に葬儀会館をオープンさせ、関東進出の足掛かりを作っている。しかし、関東への進出は一筋縄ではいかなかったようだ。
名古屋では”葬儀=ティア”といわれるほどの認知度だが、競合他社が多い関東ではなかなか広まらない。2014年から関東事業部を率いている近藤恭司氏は、ティアの認知度を上げるにはどうすればいいのか、に頭を悩ませた。
「名古屋では”適正価格”のティアとして認知されていますが、関東は価格競争も進んでいるため、同じ戦略が使えません。それ以外に差別化を図れるものは何か? ティアらしさとは何か?を考え抜いた末に、行きついたのが『感動葬儀』でした」(関東事業部 事業部長 近藤恭司氏)
遺族や参列者にとって忘れられないオンリーワンの葬儀を執り行う「感動葬儀」。これこそ冨安社長が葬儀社を志した理由であり、ティアの根幹でもある。関東進出、さらにはその先に見据える全国展開を成功させるための打開策は、原点に立ち返ることだったという。
故人との思い出を心のこもった演出に
通常、亡くなった方がいると葬儀社に連絡が入り、自宅または安置所に遺体を安置する。その後、葬儀社と喪主との間で通夜や葬儀・告別式の打ち合わせが行われるのだが、ここまでの流れはティアも他社と変わらない。
ティアの葬儀は、祭壇と葬儀に必要となる品目がセットになっていて、内容によって金額が異なるプランがいくつも用意されている。通夜や告別式などの儀式を行わず火葬のみを行うシンプルな葬儀や、遺族と親族、近しい友人だけで行う「家族葬」、思い出の詰まった自宅での「自宅葬」など、形態で選ぶ方法もある。
「感動葬儀」はそういった金銭的な契約の先にある。要するに、契約に含まれているわけではない。ティアのスタッフたちが、故人のため、遺族・親族のために提供するサービスなのだ。
葬儀を企画するティアのセレモニーディレクターにとって、打ち合わせのときに遺族との間に信頼関係を築くことが「感動葬儀」への第一歩。遺族から故人の人柄や思い出を聞き出し、プラスαの工夫を企画する。
「葬儀のプランや段取りを決めることも大切ですが、『感動葬儀』につなげるためには、打ち合わせの段階でどれだけご遺族と深いコミュニケーションを取れるかがポイントです。故人さまの人柄、好きなこと、ご遺族との思い出話など、とにかくあらゆる情報を引き出します」(関東事業部 セレモニーディレクター 尾形孝治氏)
そうして催された「感動葬儀」の例をいくつか挙げてみよう。故人が酒好きだと聞けば、祭壇をビール瓶で埋め尽くし、参列者が故人のグラスに少しずつ注ぎながら別れの杯を傾ける葬儀を企画。
また、生前にバンドを組んでいた音楽好きな故人の葬儀では、バンド仲間にコンタクトを取って葬儀会場に楽器を持ち込んで演奏してもらった。
特殊な例では、火葬だけを行う火葬式(直葬)の際、何かできないかと考えたスタッフが、故人が好きだったマリリン・モンローの写真で棺を飾り立てて送ったこともあるという。
「ご遺族から引き出した情報を基に、どんな葬儀にすれば、故人さまとの別れの場にふさわしくなるか? ご遺族の故人さまへの想いを表現できるか?を考えます。依頼を受けた翌日には通夜・葬儀が控えているため、そんなに時間はありません。けれど、スタッフは力を合わせてできる限りの工夫をします」(尾形氏)
他社ができることならティアでやる必要はない
実は、スタッフは「感動葬儀」の内容を遺族には伝えず、内緒で進める。サプライズにした方が、遺族にも親族にも参列者にも感動を与えられるからだ。ただ、ビールで祭壇を埋め尽くしたり、棺を飾り立てたりといったことを、いわば勝手に進めるわけだ。遺族から叱られることはないのだろうかと心配になる。
しかし、今までに一度も、遺族や親族の怒りを買ったことはないという。
「スタッフは皆、故人さまを送るにはどんな形がいいか懸命に考えています。そこに懸ける思いを打ち明けると、ご遺族は『故人のことをそこまで考えてくれてありがとう』とおっしゃってくださる。そんな関係が築けていれば怒るご遺族はいません」(近藤氏)
その際、”やりすぎ”くらいの発想で考えることが、葬儀にオリジナリティを生み、他社との差別化につながるのだと近藤氏は言う。
「どこまで突拍子もないことを考えられるかが勝負です。私の事業部のスタッフには、『怒られるようなことをしろ!』とハッパをかけたいぐらいです。
最初に大胆な発想をしても、練りこんでいく段階でどうしても小さくなっていきます。ならば、最初の発想はやりすぎるくらいでちょうどいいんです。例えば、お好み焼き屋をやっていた方が亡くなれば、お通夜の席上でお好み焼きを作ってお清めに食べてもらえばいい。
そこまでやって怒られないか?と思うから、他社はなかなか踏み切れない。だからこそ差別化につながります」(近藤氏)
他社ができることなら、むしろティアがやる必要はないと近藤氏は割り切る。その根底には、多くの「感動葬儀」を通じてアイデアやノウハウを蓄積した自信と、スタッフ全員が「感動葬儀」をするためにベストを尽くすという自負がある。
「葬儀が終わった後は、自宅を訪問して位牌や写真を仏壇に飾ります。その際、『感動葬儀』をやり切れたときと、やり切れなかったときで、ご遺族からいただく感謝の言葉の”トーン”に違いを感じることがあります。そこで心のこもった『ありがとう』の一言をいただくと、やっぱりうれしいです。最もやりがいを感じる瞬間ですね」(尾形氏)
「『感動葬儀』をやり切って、ご遺族から本当に感謝されたんだなというのは、スタッフの顔を一目見ただけでわかります。達成感があると本当に良い顔をしている。彼らの満足そうな顔を見ていると、良い葬儀になったんだな、ご遺族と心を通わせられる関係性を築けたんだろうなと感じます」(近藤氏)
「感動葬儀」こそがティアイズム
実際に自身が執り行った葬儀の中で印象に残っているケースを尾形氏に尋ねたところ、故人である主人と、その夫人が撮りためた思い出の写真を使って、大きな「ありがとう」の文字を作り、式場の真ん中に飾ったエピソードを語ってくれた。
「遺影の写真を選ぶために、写真をたくさんお預かりしました。仲の良いご夫婦で、2人揃っていろんな場所に旅行へ行っては、思い出を写真に残しておられました。どれも良い写真で、これらの写真を使えないだろうかと考えました。ただ張ってもありきたりだと思ったので、たくさんの写真で『ありがとう』の文字を作ることにしました。これは、故人さまの最後の言葉が、奥様への『ありがとう』の一言だったと伺っていたことから思いつきました」(尾形氏)
当日、式場に入り、思い出の写真で作られた「ありがとう」の文字を目にした夫人は、涙を流しながらスタッフに「ありがとう」と感謝の言葉をかけ、葬儀が終わった後も、自宅へ持ち帰って仏壇の上にその大きな「ありがとう」を飾ったという。
まさに、故人のことを思い、遺族のことを親身になって考えたティアの社員の思いが通じた最たるケース――。なぜそこまでするのか? 遺族や親族だけでなく、参列者の心にも強い印象を与える「感動葬儀」が、次につながると確信しているからだ。
「『こんな葬儀をしてもらった!』という感動はご遺族以外の方にも伝わります。『感動葬儀』に参列された方から『葬儀することになったらティアに頼みたい』と言ってもらえることもあります。『世のため人のため。人に役立つことをする』というティアの根本的な考えを正しく実践し、適正価格で『感動葬儀』を続けていれば、口コミでティアの名前は自然と広まります。逆に、目の前の利益だけを見ていては崩壊していくと思っています」(近藤氏)
一見非効率に思える「感動葬儀」。しかし、他社にはできない「感動葬儀」をやり続けることが、ティアの全国展開を可能にする。親族に万一のことがあった場合、ティアの「感動葬儀」が頭に浮かぶように。「葬儀=ティア」の図式が全国に広がるように。ティアのスタッフたちは今日も葬儀の現場でベストを尽くしている。