三橋貴明が説く 今さら聞けない経済学

経済はなぜ成長するのか

2015.9.10

経済

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日本国民の多くは”経済成長”、すなわちGDP(国内総生産)拡大の理由を”人口増”あるいは”輸出増”であると誤解しているのだ。実は、経済成長とは”生産性向上”以外ではほとんど起きないというのが真実なのである。

経済成長を定義する

まずは、経済成長を定義しよう。経済成長とは”実質(名目ではない)のGDP(国内総生産)が拡大すること”という意味になる。実質GDPの成長率を「経済成長率」と呼ぶのは、それが理由だ。

GDPとは”国民が生産者として働き、モノやサービスを生産し、誰かが消費・投資として購入(支出)し、創出された所得の合計”という定義になる。
上記の所得創出プロセスにおいて、生産、支出、所得の合計は一致する。すなわち「生産面のGDP」「支出面のGDP」「分配(所得)面のGDP」の3つは、必ずイコールになるのだ。これを「GDP三面等価の原則」と呼ぶ。

実質GDPとは、上記のGDPから物価変動の影響を省いたものだ。というわけで、経済成長とは”モノやサービスの生産の量が増えること”と言い換えることができるのである。

高度成長に貢献した大きな要因

ところで、1954年から1973年までの20年間の日本、すなわち高度成長期の日本において、総人口の増加率は年平均で1.12%、生産年齢人口(15歳-64歳の人口)の増加率が年平均1.71%に過ぎなかったという事実をご存じだろうか。

ちなみに、日本の高度成長期の経済成長率は、年平均で10%近かった。なぜ、人口が2%も増えない環境下で、実質GDPは10%近い拡大を続けたのだろうか。

輸出が増えたから?

残念なことに、高度成長期の輸出依存度(=輸出÷GDP)は10%に満たず、現在の半分程度の水準に過ぎなかった。当たり前である。当時は冷戦期であり、日本の輸出先は西側先進国に限定されていたのだ。

日本の輸出が増えたのは、実は1991年にソ連が崩壊し、「グローバリズム」が始まった以降なのである。日本の高度成長が輸出によりもたらされたという”神話”は、明らかに間違いであるため、頭の中を修正して欲しい。当たり前だが、”輸出が高度成長に貢献しなかった”という話ではない。輸出や人口以外に、高度成長に貢献した割合が”圧倒的に大きい要因”があるという話である。その要因が、生産性の向上だ。

生産者一人当たりの”モノ・サービスの生産の量”が増えたことで、我が国は高度経済成長を果たしたのである。

好循環が続いた高度成長期

マクロ的な生産性を「生産年齢人口一人当たり実質GDP」と定義し、高度成長期の生産性向上の状況を見てみよう。

下記の図の通り、生産性上昇率(=高度成長期の生産年齢人口一人当たりの実質GDPの拡大率)は、何と年平均で7%を上回っていたのである。日本に高度成長をもたらしたのは、人類史上空前と言っても過言ではない、生産性の向上なのだ。

生産性が向上する、つまり「生産年齢人口一人当たりの実質GDP」が成長するということは、GDP三面等価の原則により”生産年齢人口一人当たりの所得”が増大するという意味でもある。所得が増え、豊かになった国民は、モノやサービスの購入(需要)を増やす。高度成長期の失業率は、完全雇用状態であった。

超人手不足の環境下で、国民が需要を増やすと、企業はまたもや生産性を向上する必要に迫られる。そして、実際に生産性が向上すると、国民が豊かになってしまい、またまた需要が拡大。企業の生産性向上を誘引するという好循環が続いたのが、高度成長期なのである。

高度成長期の生産性向上

外国移民受入ではなく、生産性向上が必要

現在の日本は、未だデフレ状況にある。デフレの国が生産性を無闇に高めてしまうと、失業者が増え、デフレ深刻化を招く。

とはいえ、我が国は少子高齢化で生産年齢人口対総人口比率が低下していっている。今後の日本は、人口構造の変化により、間違いなく”超人手不足”の時代を迎えることになるのだ。すなわち、高度成長期と同じ環境になるのである。

超人手不足に陥った日本が、生産性向上を目指したとき、我が国は再び目覚ましい経済成長路線を進むことになるだろう。ところが、人手不足を「外国移民」により解決しようとすると、国民の実質賃金が下がり、生産性向上も起きず、経済成長率も低迷し、さらには将来に(現代の欧州のように)崩壊した国家を譲り渡すことになってしまう。

外国移民受入という間違った政策を食い止めるためにも、まずは「なぜ、経済が成長するのか」について、国民が正しい知識を持つことが必要なのである。

生産性向上とともに少子化対策を併せて進めなければ 結局は国として衰退しかねない

 

確かに、生産性の向上をすれば、同じコストで付加価値の高いものが生まれるはずなので、経済成長をすることになる。これは、モノだけでなく、サービスにおいても同様だ。生産性の向上とは、技術力が上がるということと同義ではない。サービス産業においても、生産性の向上はいくらでもやれるし、超高齢化社会になれば、必然で生まれてくるものだろう。

ただ、需要が拡大したから、生産性の向上が起きるのであれば、資本が還元されて更に好循環を生むだろうが、高齢化社会で、需要が拡大しなければ、輸出なり、人口増で需要を喚起しなければならない。結局余った供給力がデフレを引き起こす。経済成長をすれば結果人口が増えるかもしれないが、表裏一体だ。生産性向上とともに、少子化対策を併せて進めなければ、結局は国として衰退しかねない。