佐藤尊徳が聞く あの人のホンネ

劇団四季、第二幕 吉田 智誉樹×尊徳編集長 カリスマから受け継いだ若き経営者を直撃

2015.9.10

社会

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写真/若原瑞昌 文/長谷川 あや

創業者である浅利慶太氏から名実ともに劇団四季を受け継いだ若き経営者、吉田智誉樹氏。カリスマといわれた浅利氏が60余年かけて築いた帝国を背負う吉田氏の手腕が問われている。広報時代から吉田氏を見てきた尊徳編集長によるインタビュー。

新体制の劇団四季が守るべき3つの理念

尊徳 カリスマ演出家で創始者の一人である浅利慶太さんから社長を引き継いで1年が経ちました。振り返ってどうですか? その後の影響は何かありましたか?

吉田 大変とかいう言葉も出てこないくらい未知の世界で、1年経ってようやくこの仕事の重大さがわかってきた気がします。劇団の幹部たちと話し合って、今まで浅利先生がやっていた形を踏襲しながら、これまで培ってきた四季の強みをさらに伸ばしていきたいと思っています。

『アラジン』のような新作は、ディズニーのスタッフと協業できるので問題はないのですが、オリジナル作品はやはり難しい。徐々に移行して力をつけていきます。

吉田智誉樹

カリスマ演出家・浅利さんの理念は受け継がれてる?(尊徳)

写真/若原瑞昌

尊徳 創業の理念は受け継がれていますか?

吉田 浅利先生が作った理念は明快で具体的です。1つ目は、演劇というものは独り善がりではダメで、お客様あっての芸術だから、「市民社会に根づいたものにする」ということ。また、舞台のようにコストのかかる芸術は人口集積地に集めた方が事業的にはいいのですが、それでは全国に感動を届けられないので、「東京一極集中にはしない」というのが2つ目です。

日本では俳優は広告やテレビで稼いで、舞台はおまけのような位置づけですが、四季は「舞台を観てもらった対価で生計を立てる」ということが3つ目です。これを守り抜いて伝えるのが、私の役目だと思っています。これが完全に実行できたのは、30周年のときに上演した『キャッツ』の成功があったからです。

尊徳 崇高な理念だけど、実行するのは難しいものですね。

吉田 私も劇団に入ったのは『キャッツ』以降なので実際には知らないのですが、先輩たちからいろんな苦労話を聞きました。稽古が始まる前にチケットを握りしめて企業をまわったり、稽古後に売上の計算をしたり、俳優業だけに専念できない時代でした。

俳優が”食える”のが四季の強み

尊徳 四季以外の劇団は、いまだに舞台だけでは食えないですよ。

吉田 専念できると俳優たちの技術もますます上がり、舞台の質が高まります。お客様の満足度も上がりますから、良いスパイラルになります。

尊徳 海外の演劇集団はどうなんですか?

吉田 有名なのはニューヨークのブロードウェーですね。観客もプロデューサーも俳優も世界中から集まりますし、仕事もたくさんあります。しかし、ブロードウェーでは”劇団”よりプロデュース制が主流です。どうやって公演が行われるかというと、劇場主とプロデューサーと出資者と俳優や技術者が興業ごとに集まるのです。そこで当たれば、『オペラ座の怪人』のように1万回以上も公演が続くこともあります。

日本ではプロデューサーに当たるのが東宝やホリプロなどの企業ですかね。われわれのような集団の方が特殊で、すべてを自前で持っているのは珍しい。

尊徳 珍しいケースの劇団四季が成功した理由な何でしょう?

吉田 第一に理念がしっかりしていることでしょうか。コストの管理がしやすいからですかね。何でも自前であれば、中間マージンを取られません。それに、お金だけをもらうために集まるのと、ひとつの理念の下に集まる集団では全体のパワーが違うと思います。

吉田智誉樹

お金のために集まるのとひとつの理念の下に集まるのでは全体のパワーが違う(吉田)

写真/若原瑞昌

カリスマなくして四季は成立するのか?

尊徳 浅利さんが若い頃、盟友だった石原慎太郎(元東京都知事)さんと、僕の師匠の経済界主幹・佐藤正忠氏を訪ねてきて、「劇場を作りたいので、協力してくれる人を紹介してほしい」と言ったそうです。そして、佐藤氏は東急電鉄総帥だった五島昇さんを紹介して、五島さんが日本生命の社長・弘世現さんに口を利いてくれたと聞きました。これも若い理念に賛同したからですよね。昔は懐の深い経済人がいました。

吉田 演劇はかくあるべきだと、しっかりとした理念をわかりやすく伝えたので、人が集まったんですね。それがなければ、演劇という不安定なもので、ここまでお客さんを集めることはできなかったと思います。1964年、帝国ホテルの横に日生劇場ができ、子供のために無料でミュージカルを観せてほしいという弘世さんの要望で、「ニッセイ名作劇場」がスタート。初回は寺山修司さんの台本で『はだかの王様』が演じられました。

この「ニッセイ名作劇場」は50年にわたって続き、2008年からは同様の児童招待事業である「こころの劇場」が始まりました。これは本当に大切なこと。小学6年生は100万人ほどいるのですが、年間56万人の生徒に観せているので、ようやく半分まで来たというところですね。

尊徳 新しい体制になった四季に改善点はありますか?

吉田 四季には舞台というソフトを作って提供する部門と、販売する部門の2つがあるのですが、浅利先生は両方をやって2つとも成功させました。私も販売の部分は何とかこなしてきましたが、カリスマ演出家がやっていた作品を作ることについては、まだまだ課題が残っています。

でも四季は、浅利先生がいなくても新しい作品を作り続け、今あるもののレベルも下げられません。そのために劇団員1,000人の力を結集させるプロジェクトや組織作りを議論しています。また、新作や新事業についても、今は役者をやっているけど、実は脚本を作りたい人がいないかなど、劇団員の声を集めているところです。

吉田・尊徳

オリジナル? ディズニー? 次に狙う作品は

尊徳 オリジナルの作品はやはり思い入れも違いますか。

吉田 そうですね。輸入ばかりではいけないと思います。時間はかかるとは思いますが、いつかは作品の輸出ができるようにしたい。劇場や俳優は自前で持っていますから、後はタネとアイデアですね。

尊徳 とはいえ、やはり大ヒットするのはまだまだ輸入ものです。次に狙っている作品はありますか?

吉田 四季では、その作品が「人生を肯定するメッセージを持っているか」というのを大切にしています。四季の理念と共通項がたくさんあるディズニー作品や海外のミュージカル、ストレートプレイは、これからも取り上げていきたいですね。

尊徳 ”作品主義”の四季にとって作品選びは重要ですが、いけると思った作品が失敗することもありますよね?

吉田 もちろんです。こればかりはフタを開けてみないとわかりませんね……。ただ、人気が出るからといって、観た後に後味が悪くなるような作品はやりません。

尊徳 そういう”四季らしさ”がお客さんの共感を呼ぶのでしょうね。先日、公演回数9,000回を突破した『キャッツ』なんかは、リピーター率がずば抜けて多いとか。

吉田 年間100回も来てくださる方もいらっしゃいます。あの作品にはカタルシスがあって、お客様に「よし、明日も頑張ろう」という元気を与えるんですね。逆に同じロングランでも、『ライオンキング』は初めてのお客様が多い。毎年東京公演には修学旅行のお客様が年間8万人来ますし、最初の四季作品として選ぶ方が多いのでしょう。

地方の劇場を増やしてさらなる展開を

尊徳 専用劇場は現在、東京5拠点、地方に3拠点ですが、今後地方に増やす予定は?

吉田 企業ですから採算を度外視するわけにはいきませんが、待っていてくださるお客様の声を無視することはできませんので、できる限り応えていきたいと思います。2016秋には、名古屋にスペックを上げた「名古屋四季劇場」を新しくオープンして、今の劇場を移します。今の劇場では『アラジン』のような大きな仕掛けのものは耐えられませんので。

尊徳 外から資金を集めればもっといろいろなことができそうですが、上場しようとは思わないのですか?

吉田 「こころの劇場」のように、まったく収益を生まなくても、組織の理念の大切なポジションを築くために必要な事業はあるわけです。上場した際、そういうことをすべての株主から理解を得るのは難しいと思います。今後、海外に作品を輸出するようになって、劇場をつくることなどがあれば考えを変えなければいけなくなるかもしれませんが、今は考えてはいません。

尊徳 これから、どんな作品を上演するのか楽しみです。

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