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人と比較して生きることに意味はあるか[ギリギリセーフの『非エリート論』]

2015.11.10

ビジネス

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サラリーマンは出世という競争を宿命づけられていますが、「そんな人生に意味があるのか?」と考える人も多いようです。サラリーマンは組織での役割を決められてしまいますし、役職や給料も社内での比較で決まりがち。そんななかで、あなたはどんなポジションで仕事をしますか?

“あなたはあなたのままでいい”のか?

サラリーマンというのは、日頃からストレスにさらされているので、心にダメージを受けがちです。特に、”いい人”は社内でも意見が言えずに、不本意な立場になったり、自己犠牲的な精神で誰もやらない仕事を引き受けてしまったりします。

割り切っていられるうちはいいのですが、ストレスがキャパシティーを超えると、精神に影響が及び、これまでフタをしていた不満が爆発します。

こうしたサラリーマンにカウンセラーは、「あなたはあなたのままでいいよ」「人と比較する必要はない」と言うのですが、サラリーマンを肯定することで、精神を安定させることができても、「自己実現」からは遠のくのではないかと思うのです。

世の中は比較でできているという事実

「人と比較する必要はない」というのは、詭弁だと思います。なぜなら、世の中は比較でできているからです。

買い物をする時は、店を比較するし、商品も比較する。入りたい会社を比較するし、会社側は優秀さを比較する。パートナー選びも比較です。

人間は集団的動物であり、他者との関係性の中で自己を形作るとしたら、悲しいかな、比較による他者からの評価を受け入れないといけません。

だから、「比較する必要はない」というのは、聞こえは良いですが、根本的な回復を図れるものではありません。比較しなければ楽になるのだけど、比較しないというのは、自分の殻に閉じこもることと同義です。

仕事における”自分らしさ”は優位性がないと成立しない

どんな人であれ、資本主義社会で生きるためには、お金が必要で、お金を得るためには、仕事をしなければなりません。

そして仕事には2つの意味合いがあります。

【1】依頼者の依頼通りに依頼内容をこなす。
【2】自分を売る

【1】は時給や給料の考え方で、お金を払う側のルールに従うということ。【2】は自分の価値を認めさせるということで、サラリーマンが新規事業を立ち上げたり、自分の力を発揮できる会社に転職することが当てはまる。この場合、ルールは自分が作ることになります。

成功すれば”自分らしさ”が達成できますが、そのためには比較されても優位性のあるポジションにいることが前提となります。

ありそうなところになくて、なさそうなところにあるものは?

最後にクイズです。
「ありそうなところになくて、なさそうなところにあるものは?」

答え:才能。

僕はこれまで、才能がなさそうな人が努力によって”自分らしさ”を発見する場面に、何度も立ち会ってきました。自ら才能を見出したわけです。逆に、「やればできる」と言われたまま、変化のない人生を歩んでいる人も多く見てきました。

あなたはどちらのタイプで、どんな人生を歩みたいでしょうか?

さて、冒頭の問い、「人と比較することに意味はあるか?」

僕はあると思います。比較の先には、他人と比較することができないほどピカピカの自分がいることをお伝えしておきます。

政経電論せいけいでんろん

「政経電論」の編集部です。佐藤尊徳(そんとく)編集長の下、若い世代に向けて政治・経済・社会問題を発信しています。イノベーションや働き方改革、北欧型の社会保障、国防、原発、クジラ等に注目中。

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