生産コストの安さを武器にしてきた中国の「単位労働コスト」が、日本を上回ったことが話題になっている。さて、「単位労働コスト」とは何だろうか。
産業革命に見る「単位労働コスト」
帝国主義黎明期、イギリスは、当時世界最大の綿製品の製造大国であったインドに対し、「保護貿易」を実施。最終的には、自国へのインド産綿製品の輸入を禁止した。保護貿易で自国市場を守った上で、イギリスは国内で綿製品の生産性向上のために、莫大な設備投資、技術開発投資を実施。いわゆる産業革命が始まった。
1773年。イギリスのジョン・ケイが織機の改良という”技術開発”を実施し、産業革命の口火を切る。その後、ジェニー紡績機、水力紡績機、ミュール紡績機と、綿製品の生産性を高める技術開発が続く。そして、1785年にエドモンド・カートライトが蒸気機関を動力とした力織機を発明。イギリスの綿製品に関する生産性は一気に向上した。
インド綿布産業の壊滅
産業革命で綿製品の生産性を高めたイギリスは、今度はインドに対し「自由貿易」を要求。軍事力を背景に、対イギリス製品への関税を撤廃させた上で、自国産の綿製品をインド市場になだれ込ませた。結果、インドの綿布産業を壊滅状況に追い込んでしまう。
それまで綿布産業で繁栄を極めていたダッカ、スラート、ムルシダバードなどの街は貧困化の一途をたどり、当時のイギリスのインド総督が、「この窮乏たるや商業史上にほとんど類例を見ない。木綿布工たちの骨はインドの平原を白くしている」と嘆くに至った
イギリスがインド市場においてインド産綿製品を駆逐することに成功したのは、単純にイギリス製綿製品の価格が安かったためだ。とはいえ、イギリスの人件費がインドよりも安かった、という話ではない。産業革命という生産性向上により、イギリスの綿製品に関する単位労働コストが下がったのである。
人件費と生産性はセットで考える
単位労働コストとは、製品一単位当たりの労働コストを意味する。例えば、イギリスの工員一人当たりの給与水準が月額20万円、インドが5万円だったとしよう。人件費のみを比べると、イギリスの方が労働者一人当たりで4倍ものコストが掛かってしまうわけだ。
ところが、イギリスは産業革命で生産性が向上し、大量生産が可能となった。結果、労働者一人が月に1,000枚の綿製品を生産できたとしよう。対するインドは手工業的な生産であるため、労働者一人当たり、ひと月に100枚の綿製品しか生産できない。
この場合、ひと月当たりで見たイギリスの「単位労働コスト」は、綿製品一枚当たり200円となる。それに対し、インドは500円。単位労働コストで見ると、インドで生産する方が”高くつく”という話になってしまうわけだ。
Made in Chinaが無くなる?
2015年現在、”世界の工場”といわれた中国の人件費が上昇を続けている。一方、日本の”グローバル”から見た人件費は、実質賃金低下や円安で下がった。加えて、日本の製造業は過去に連綿と投資を積み重ね、生産性ではいまだに中国を圧倒している。
中国の人件費は、現在も年に1割程度の上昇が続いているが、JETRO(日本貿易振興機構)によると、工員の平均月給は北京で566ドル(約7万円)、上海で474ドルとなっている。それに対し、日本は2,000ドル超であるため、賃金コストだけを見ればわが国の方が不利だ。とはいえ、各工員の生産性を加味した単位労働コストで見れば、話は変わってくる。
SMBC日興証券の試算によると、日中のドル建て単位労働コストは、1995年時点では日本が中国の3倍を超えていたとのこと。その後、2013年に中国の単位労働コストが日本を逆転。2014年以降も、差が埋まるどころか、むしろ開きつつある。すでにして、中国で生産をする方が、日本で生産するよりも”高くつく”時代に入っているのだ。
生産性の向上がグローバルな価格競争力を強化
単位労働コストについて正しく理解すると、国民の所得が増えていくこと、すなわち”国民が豊かになる”ことと、グローバルな価格競争力の強化は両立することがわかるはずだ。企業が生産性向上のための技術開発投資、設備投資を実施し、労働者の生産性を高めることで、単位労働コストを引き下げれば、人件費が上昇したとしても、グローバル市場に”他国企業よりも安く売る”ことは可能なのだ。
コストについて、単純に人件費ばかりをクローズアップしてしまうと、工場などの資本を”賃金が安い国”に移すことが正当化されてしまう。その場合、雇用が失われた日本の国民の所得は低下せざるを得ない。つまりは、国民の貧困化が避けられない。
それに対し、今後の日本企業、日本政府、あるいは「日本国民」が、設備投資、人材投資、技術開発投資、そして公共投資という4投資により生産性を高めれば、単位労働コストを含むトータルなコストで、諸外国に優位な立場に立つことができる。生産性の向上は、国家の経済力を高めると同時に、グローバル市場における価格競争力をも強化するという事実を、ぜひとも知ってほしい。
少子化対策と技術革新が早急に必要
正しく三橋氏の言うとおりだ。生産性向上により、単位労働コストが下がれば、製造業の国内回帰もありえると考えられる。さらに法人税減税や産業特区などの導入をセットにすれば、国際競争力はますますついていこう。最近のインバウンドの増加も加味していけば、日本はまだまだ成長の余地を残している。とはいえ、やはりこの少子・高齢化を食い止めていかなければ根本的な解決にはならないが。
また、成熟社会においては、モノが充足し、低位な経済成長しか望めないと考えられるので、必要なのは産業革命により、価値観の基準が変わることだ。IT革命により、新たな価値創造ができたように、今までに無かったモノが誕生しなければ、物欲も上がらないと思われる。
超高齢化社会の日本において、早急に必要なことは、少子化対策と、技術革新だ。生産性の向上により、食料の自給率も上げることができ、人口増加によりこれから起こるであろう、世界での食糧不足にも対応できるはずだ。一方政府は、企業が海外に出ていかないような施策をこれからも出し続けていかなければならない。