世界を読むチカラ~佐藤優が海外情勢を解説

共鳴する悪意~パリ連続テロ事件後の国際情勢

2016.1.12

社会

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130人の犠牲者を出したパリ同時多発テロ以降、「イスラム国」(IS)に報復する国々がまた出てきた。これでは負の連鎖は止まらない。佐藤優氏は、日本人がかかわっていないからといって、その脅威が及んでいないわけではないという。

同時多発テロが示すISのインテリジェンス能力

2015年11月13日夜(日本時間14日未明)、フランスの首都パリで同時多発テロ事件が発生、130人が死亡し、350人以上が負傷した。今回の事件の基本構造は、1月7~9日、パリで発生した同時多発テロ事件(シャルリー・エブド襲撃事件)と同じだ。

イスラム教原理主義過激派は、アッラー(神)は一つなので、それに対応して地上においてもたった一つのシャリーア(イスラム法)によって統治がなされ、全世界を単一のカリフ帝国(イスラム帝国)が支配すべきだと考える。そして、この目的を達成するためには、暴力やテロに訴えることも躊躇しないというのが「イスラム国」(IS)の特徴だ。

1月の事件でも、11月の事件でも、フランスがテロとの戦いから手を引くことをISは要求している。ただし、今回は、ISの手口が変化。1月の事件では、フランスにいる”一匹狼型”のイスラム原理主義過激派にテロ攻撃を呼びかけ、実行させた。11月の事件では、外国人戦闘員としてシリアかイラクのIS支配地域で本格的な戦闘を経験した後、ヨーロッパに戻り、ISからのテロ指令を待っていた秘密攻撃要員(インテリジェンスの業界用語でいう「スリーパー(眠っている人)」や、ISからシリア難民に紛れてフランスに潜入した専門家が加わっているものと見られる。

今回のような組織的な大規模テロを起こすには相当な準備と時間が必要となる。ISは、ヨーロッパの中堅国レベルのインテリジェンス能力を有しているので、今回のような同時多発テロができたのである。

ISに共感を抱く若者はどの国にもいるISに共感を抱く若者はどの国にもいる(佐藤優)

列強がおののく新たなテロの脅威

10月末から、ISを攻撃する国家や武装集団に対する3つの出来事があった。10月31日に起きたシナイ半島でのロシア民間航空機の墜落(乗客乗員224人死亡)、11月12日にISと敵対するイスラム教シーア派組織ヒズボラが拠点とするレバノンの首都ベイルートでの連続爆発事件(43人死亡)、翌13日にパリで起きた連続テロ事件だ。いずれも相互に関連しているとみられる。

ISがこのタイミングで3件の大規模テロを行った理由は、過去数カ月、シリアやイラクでの戦闘でISが劣勢に立たされているからだ。外国を標的とするテロを成功させることで、シリア領内での対IS攻撃をやめさせることが狙い。特にロシアがシリアに本格的な軍事介入を行ったことがISを窮地に追い込んでいる。

さらに12月2日、アメリカ・カリフォルニア州サンバーナディーノで銃乱射事件が起き、14人が殺害された。6日夜(日本時間7日午前)、オバマ大統領は、ホワイトハウスの執務室からテレビ演説を行い、
<事件を「テロ行為だ」と非難するとともに、米同時多発テロ後の対テロ作戦やインターネットの普及などを受けて「テロの脅威は新たな段階に入った」と指摘。テロ対策に全力を挙げるとともに、過激派組織「イスラム国」(IS)を「破壊する」と改めて決意を語った。>(12月7日「毎日新聞」電子版)

なぜなら、今回の事件は、アメリカで生まれ育った市民がISの主張に共鳴して起こした初めての本格的なテロ事件だからだ。アメリカは、2011年9月11日に同時多発テロを経験した。これは、アルカイダによって国外からアメリカに送り込まれた活動家によって引き起こされた。2013年4月15日に発生したボストンマラソンテロ事件の犯人は、ロシアのチェチェンから移住した兄弟だった。

市民からテロリストが生まれつつある

従来、大規模テロはアメリカの外部からもたらされたもので、入国管理を厳重にするとともに国内の不審な外国人に対する監視を徹底的に行えば、テロを防止することは可能であるという認識を大多数のアメリカ人が持っていた。しかし、今回、アメリカで生まれ、自由で民主的な世俗主義的環境の中で育った市民からもテロリストが生まれるということが可視化された。この種のテロを完全に防ぐことはできない。

米大統領選の共和党候補者指名争いで現在トップのドナルド・トランプ氏は、12月7日に、サンバーナディーノ銃乱射事件を受け、イスラム教徒がアメリカに入国することを全面的に禁止すべきだとする声明を発表した。トランプ発言に見られるような、イスラム教徒を一律に敵視する排外主義的機運がアメリカ社会に広がる危険がある。

テロの危険については、日本も例外ではない。2014年11月、日本でもIS支配地域への渡航を計画していた北海道大学の男子学生と、それを手引きしたイスラム法学者の元大学教授に対して警視庁公安部が家宅捜索と事情聴取を行った。この事実が示すように、ISに共感を抱く若者はどの国にもいる。もちろん警察は、特定のネットワークに属しているものであればある程度マークしているだろうが、人知れずISへの強い思いを持っている”一匹狼型”の潜在的テロリストを監視することは難しい。

倫理観の教育をし続けるしかない

 

以前から主張していることだが、排他的な考え方ではテロを防止できないと思う。ISなどのイスラム原理主義は、本来のイスラム教とはかけ離れている。トランプ氏の主張のように、イスラム教徒をすべて敵視するようなことは間違いだ。多文化の価値観を認め、融合できるような努力をしていかなければ、いつまでたってもテロは無くならない。ISの主張が正しいとはまったく思わないが、空爆など武力行使を続ける国家に反発心を抱く者が出続けるのは一定程度あるはずだ。

大変難しく時間の掛かることだが、貧富の格差を極力なくす努力をして、子どもの頃から、倫理観の教育をし続けるしかないだろう。一部のものが富を独占してきた中東地域から、テロの多くが生まれてきていることを考えれば、その考えは間違いではないと思う。

社会主義を推奨しているのではない。異文化を受け入れ、既得権益者だけが潤うのではなく、機会均等の世の中を全世界が目指せば、少しずつテロは減少するはずだ。青臭いと言われようと僕はそう思う。