職場を効率化したければ管理するな!パプアニューギニア海産・武藤工場長に聞く新しい働き方

2017.11.17

社会

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職場を効率化したければ管理するな!パプアニューギニア海産・武藤工場長に聞く新しい働き方

従業員は、出勤しても出勤しなくても、営業時間中ならいつ来てもいつ帰ってもいい職場がある。パプアニューギニア産の天然エビを輸入・加工して販売している大阪の会社、パプアニューギニア海産だ。常識外の発想で職場改革を進める武藤北斗工場長に、同社の取り組みと働きやすい職場作りについて聞いた。

メリットしかない「フリースケジュール」制度

来ても来なくても、いつ来てもいつ帰ってもいい……。そんな制度で会社が立ち行くのかと疑問を持つ人もいるだろう。しかし、現にパプアニューギニア海産ではうまくいっている。

同社の工場でエビの加工作業に従事するのは、近所の主婦を中心としたパートタイム労働者。仕事をする理由はさまざまだ。たくさん働いてしっかり稼ぎたい人もいれば、月に2、3回だけ働いて小遣い程度の収入を得たい人もいる。会社で特に管理しなくても、日ごとの差はあれ、週や月での労働時間は自然とバランスを保っているという。この「フリースケジュール」と呼ばれる制度を考案・実施したのは工場長の武藤さんだ。

株式会社パプアニューギニア海産 工場長

武藤北斗 むとう ほくと

1975年、福岡県生まれ。芝浦工業大学金属工学科を卒業後、築地市場の荷受けに就職しセリ人を目指す。夜中2時出勤、12時間労働を2年半経験の後、父親が経営する株式会社パプアニューギニア海産に就職。2011年に起きた東日本大震災で石巻にあった会社が津波により流され、大阪に移転。会社を再建するなかで、「好きな日に働ける」「嫌いな作業はやる必要はない」など新しい働き方を思いつき、工場長として実践。著書に『生きる職場 小さなエビ工場の人を縛らない働き方』 (イーストプレス)がある。

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「自分たちにとって都合の良い職場なら、従業員が助けてくれることもあります。『繁忙期だから多く働いて』『この時期は暇なので休んで』とみんなに伝えれば、各自が自分の状況と照らし合わせて調整してくれます。月に2、3回しか来ないパートを雇用し続けていることにマイナスはないのかとよく聞かれますが、パートは働いてくれた分だけお給金を支払うわけですから、特にマイナスはありません。繁忙期にいつもより多く働いてくれるなど、ピンチのときに助けてくれるから、むしろプラスです」

繁忙期に短期のパートを雇って慣れない仕事をしてもらうよりも、作業に慣れた人に任せた方が効率的なのは子どもにでもわかる話。従業員にとっても、翌日必ず出勤しなければならないというプレッシャーが無くなると、日々の生活を心穏やかに過ごせるというもの。そして、日々の生活が心地良くなると仕事へのモチベーションも上がり、結果として仕事の効率がアップしたというわけだ。しかも、従業員が辞めることも少なくなるため人員募集する費用もほとんどかからず、コスト削減にもつながった。

「自分のペースで働けるから、従業員の不満もたまりにくく、頻繁に辞めるということはありません。従業員が辞めないというのは、本当に大きなメリットです。モチベーションを保ったままどんどん熟練していきますから、作業効率も品質も上がりました。熟練したベテラン従業員が新人に仕事を教えると、その分、全体の作業効率は落ちますが、当社ではそんな心配もありません。人員を増やしたいと思ったときも、ホームページやブログで従業員募集を告知するだけで応募が殺到。キャンセル待ちのような状態。フリースケジュールは良いことだらけです」

職場の良い雰囲気を保つ大切さ

従業員のシフト管理が必要無くなると、管理職の負担が減るだけでなく、遅刻や欠勤でイライラすることも無くなる。それに加えて、“小言”を言わなくて済むため、管理職が従業員に嫌われない。武藤さんにとってこれが大きなポイントだったという。

管理職とはいえ、嫌われているのがわかっていて積極的にコミュニケーションを取りたい人などいない。管理職と従業員の関係が良好になれば、意思疎通がスムーズになり、現場の良い雰囲気を保つのに役立つ。

「フリースケジュールを始めてから、他社の方に、従業員がルールを守らないがどうすればいいか?という趣旨の相談をよく受けますが、それは管理職の人間が良かれと思ってルールを押しつけるからです。従業員の意見を吸い上げて、それをまとめて提案するのが管理職の仕事だと思います。ルールを作るのは“みんな”というスタンスが重要。自分たちで作ったルールなら、守ってくれます」

ただ、パートの自主性を尊重すれば、今度はパート同士の関係が懸念される。「○○さんが作業をサボる」とか、「○○さんが出勤すると作業が遅くなる」とか、互いに不満が出るのではないか。しかし、武藤さんからすると、従業員同士でもめ事が起こるのは、会社や管理職の人間に対する不満が蓄積するからで、自分の働き心地さえ良ければ、一緒に働く人がどんな働き方をするかということには関心が低くなるというのだ。

「そもそも、自由すぎて誰も全体を把握できません(笑)。無断欠勤の概念さえないんですから。みんな自分が働いている日のことしかわからないから、他人のことを気にしなくなります。他人のことが気にならなくなると職場の雰囲気は自然と良くなります」

職場の良い雰囲気を維持するため、パプアニューギニア海産の時給は全員一緒。普通は、作業に熟練した人に高い評価を与えるため時給を上げるものだが、時給を上げた人が「自分は仕事ができる」「ほかの人よりも立場が上」と思いはじめると、周囲にきつく当たるようになる。そうすると職場の環境が悪化。威圧し続けないと自分が職場にいられなくなることに気づくから、どんどんエスカレートしていき、ほかの従業員が辞めていくという悪循環に陥る。

「時給を上げるときは、みんな一緒です。フリースケジュールを導入して全体の人件費が下がったときは、みんなの時給を上げましたし、原料の価格が下がったときも、値下げと一緒に時給を上げました。一つひとつの作業を評価して時給を上げるなんてナンセンス。評価するのに人を雇わなければならないし、その人は絶対に嫌われます。すると職場の雰囲気が悪くなり、悪循環が始まります。時給をみんな一緒にする理由をちゃんと説明すれば、従業員は納得してくれますよ」

エビをむくのに「やりがい」を押しつけない

意外だが、武藤さんは従業員が仕事に「やりがい」を持つことを求めない。会社がやりがいを押しつけると、会社も従業員もつらくなると考えているという。

「エビをむくことにやりがいは……無いですよね。昔の人は生きていくために狩りをしましたが、彼らも狩りが好きなわけではなかったはず。でも仕事ってそれでいいと思っています。特に楽しくもなくても、平凡に作業を終えられる環境こそが、従業員の求めているもの。

会社を好きになってもらおうと思って職場改革を始めましたが、今は僕自身、嫌われていなければそれでいいと思うようになりました。従業員も出勤して作業をするのが苦でなければ、特に楽しくも好きでもなくていいです。愛社精神なんていりません。心地良く働いて、辞めたくないと思ってくれればそれでいいです」

さらに、職場の人間関係はサバサバしているのが大事だと武藤さんは続ける。

「一人ひとりが自分のスタンスで職場に居場所があることが重要です。『それぞれのスタンスがあるよね』と認め合うのが基本。それを前提に、一生懸命働いていれば作業のスピードや好き嫌いは気にしない。互いにその人の働き方のスタンスを認め合えば、特に問題は起きません」

ただ、一つだけ、パート従業員に繰り返し言っていることがあるという。

「意外だと言われますが、人は争う生き物だと思っています。だから、今の心地良い状態なんて、気を抜くとすぐに崩壊すると常に従業員には伝えています。一人が陰口を言いだしたら、また昔みたいなギスギスした職場に戻ってしまうよ、と」

パプアニューギニア海産には、フリースケジュール以外にも「嫌いな作業をやらなくてよい」という制度がある。数カ月に1度、各自がとても好きな作業にマル印、とても嫌いな作業にバツ印を付けるという形でアンケートを取り、みんなで共有する。すると自然と分担され、みんなが嫌いな作業をやらなくても済むようになるというのだ。本当か?と疑ってしまう。

「人の感覚はそれぞれですから、Aさんの好きな仕事をBさんが嫌いで、Bさんの好きな仕事をAさんが嫌い、たいていはそんな状態になります。だから各自が嫌いな作業をしなくても工場は回ります。もし、たまたま嫌いな作業が同じ人ばかり出勤していたら、社員が受け持つか、その時だけ誰かにお願いすれば済む話です。

人生には決して逃れることのできない困難や、挑戦し克服しなければならないことが山ほどあります。なぜ生活のために働いている職場でまで、不得意なことに立ち向かう必要があるのでしょうか。お互いに“好き”を優先することで“嫌い”をサポートし合えるならば、それでいいと思います。それに、強制さえなければ、嫌いな作業は思っているより少ないものです」

一つの軸だけで評価するのは多様性を認めていないのと同じ

「嫌いな作業をする不安がなくなり気持ちが楽になった」「夫や子どもとの時間を優先できる生活になった」など、武藤氏が始めた職場改革は、従業員から大好評。「これこそ自分の仕事に誇りを持ち、人生を前向きに生きるこれからの働き方ではないでしょうか」と、武藤氏がブログに書いている通り、これこそ働く人のスタンスを大切にした働き方改革ではないだろうか。武藤氏のブログから一部引用してみたい。

私は非正規雇用(の働き方)を正規雇用に近づけようという考えは一切ありません。逆にとことん離したい。

 

正規雇用が羨ましがるほどに、非正規雇用が働きやすい職場を目指しています。その結果「好きな日に連絡なしで出勤・欠勤」「パートリーダーを作らない」「嫌いな作業はやらない」「体調悪いお知らせボード」などが生まれてきました。

 

本当はパート従業員が非正規雇用を選ぶには理由があり、社会保険加入にならないように労働時間を制限するのだって理由がある。ならばその理由を考えてみてはどうだろうか。パート従業員が求めているのは社員に近づくことではないと僕は感じたのです

株式会社パプアニューギニア海産ブログより引用)

政府は「働き方改革」を推進しているが、働き手の事情や思いを考慮せずに“非正規雇用=悪”と単純に決めつけ、名目だけの正規雇用で従業員を会社に縛りつけている場合もあることに目をつぶっているのではないか。また、企業のシステムも、一定の評価基準の下に従業員を競わせ、キャリアアップの名目で賃金や待遇に差をつけるケースが大半。厚生労働省もそんな企業の後押しをして助成金を出している。

だから、パプアニューギニア海産は、どれだけ働き手が満足する施策にチャレンジしても助成金の対象にはならない。なぜなら、政府や社会の流れとまったく逆のことをしているからだ。

もちろん、従業員を競わせることが必要な場合があることも理解できる。正規雇用で安定収入を確保することも重要だ。しかし、それにはまらないのに押しつけては、もめごとが増えて職場の雰囲気が悪くなるだけということもある。一つの軸だけで評価するのは、人の多様性を認めていないのと同じだ。「職場を効率化したければ管理するな!」という武藤氏の主張に耳を傾けて、政府も企業も、「働き方改革」をいま一度考え直してみた方がいいのかもしれない。