経済

英断か失敗か、独自戦略を取るゴーン・日産

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「自動車5社、最高益」――円高是正により、業績好調のニュースが続々と飛び出している自動車業界だが、思うように業績を伸ばせないでいるのが日産自動車だ。2013年11月、業績予想の大幅な下方修正を発表したのを境に、日産に15年にわたって君臨してきたカルロス・ゴーン社長への風当たりが強まっている。

日産は本当に凋落したのか?

ゴーン氏は1999年、経営破たん寸前だった日産に出資したルノーが、”再建屋”として送り込んできた。大ナタを振るい、2兆円に上る実質有利子負債を03年に完済した。その後も次々に厳しく難しい中期計画を打ち立ててシェアを拡大させ回復軌道に乗せた。世界販売をルノー傘下入り当時の2倍近い年間約500万台に引き上げるなど、さまざまな功績を上げてきた。

しかし、2013年11月、営業利益が当初より1,200億円も低い4,900億円に、営業利益率も5%を割り込むという大幅な下方修正を発表。また、ゴーン氏自身は留任したまま経営陣を大幅刷新したことで、「責任逃れ」などと、メディアからも批判が噴出した。

さらに、年間10億円近い日本では破格の役員報酬を受け取っていたことや、最大株主であるルノーのCEOを兼務することで権力基盤を絶対化していることも、日本社会の心情的反発を招く要因となっていた。

ただ、ここで冷静に見定めなければならないのは、これまでのゴーン氏の舵取りが間違ったものであったのか、また日産は本当に凋落の道を歩んでいるのかどうかということだ。リーマン・ショック後に初の営業赤字となった時、ゴーン氏は「未曽有の危機による混乱が終われば、日産は必ず復活する」と強弁していたが、今期の業績見通しを大幅に下方修正したといえ、5年前のような赤字に転落したというわけではない。

ルノー傘下に入る前の日産は、社内抗争に明け暮れ、外に向けるべき力を内部で浪費してしまうという病弊に悩まされてきた。その抗争が頂点に達したのは70年代後半から80年代にかけて、当時の実力社長であった石原俊氏と労組トップの塩路一郎氏、それに塩路氏と蜜月関係にあった川又克二会長との”三頭政治”による権力争いが激化し、この歴史のなかで社内に醸成された極度の派閥主義は、その後も後遺症となって日産を蝕んでいた。

「社長時代の大半は労組のドンの追放に費やした」などと打ち明けて石原氏が退いた後、久米豊、辻義文、塙義一の3代続いた”生え抜き社長”も成し得なかった企業体質の改革。ゴーン氏は日産入りするや否や全権を掌握、独裁に近い格好で”聖域なき構造改革”を行った。部品メーカーの株を放出し、日産の源流のひとつであった旧プリンス自動車ゆかりの村山工場も売却。まさに過去の情実に縁のないゴーン氏にしかできないことで、反発は招いたものの、結果、日産を苦しめてきた有利子負債をわずか数年で完済したのだ。当初はコストカッターの異名に戦々恐々としていた日産プロパーからの信任も徐々に高まっていった。

カルロス・ゴーン
2013年決算発表より

着々と世界戦略を遂行

自動車大国の米国を抜いて、単一国として世界最大市場となった中国。日産は、年間2,000万台という巨大市場でシェアおよそ6%を獲得。日系自動車メーカーでは首位の地位を築いている。

日産が中国市場攻略に本格的に着手したのは、大手メーカーの中では最も遅かったが、ライバルが協業を生産委託程度にとどめていたのに対し、日産はお互いの情報を開示し、本格的アライアンスに踏み込んだ。その結果、中国社会は日産を親しみのあるブランドとして見るようになり、日系トップに躍り出たのだった。

また日産はルノーと共同でロシアの自動車メーカー、アフトワズの実質筆頭株主となった。アフトワズといえば「経営にメスを入れようとすれば命が危ない」と当地の政府関係者すら恐れをなしていたいわくつきの企業だったが、今のところ日産・ルノー連合は提携を上手くこなし、有望な新興市場であるロシアでシェアを急速に伸ばしている。北米市場では、自動車の一大生産地となっているメキシコでシェアトップを確保。2013年秋には約2,000億円を投資して第3の工場もオープンした。

新興国ばかりでなく、先進国でもルノー・日産連合はドイツのダイムラーと資本提携。自動車業界ではドイツと日本のメーカーは伝統的に相性が悪く、スズキとフォルクスワーゲンのように破談するケースが多い。その提携を上手く回しているのにも、ゴーン氏のインターナショナルセンスが一役買っているといってもいいだろう。

また、日本ではハイブリッド車が注目を浴びているが、電気自動車(EV)や、クルマを目的地まで自動的に走らせる自律走行など、次世代の自動車技術で大きな存在感を示している。特にCO2の排出をゼロにする「ゼロ・エミッション」を掲げるEV分野では今日、不動の世界首位メーカーだ。

将来、どのような技術が主流になるのかという読みに役立っているのが、ゴーン氏の国際感覚豊かな”目利き”といえよう。単に市場性があるかどうかということだけでなく、各国政府が今後、どのような次世代の国家戦略を持ち、エネルギー政策やインフラ整備をどういう方向で進めていく算段を立てているかという情報を、企業トップや政府要人との交流を通じて捉え、それにタイムリーに乗じるという戦略なのだ。

カルロス・ゴーン
2013年東京モーターショーより

判断するのは結果を見てから

自動車各社が好決算のなか、日産の業績が足踏み状態となっていることから、ゴーン氏への風当たりはかつてないほどに強まっているが、これは日産が独自の戦略をとってきたことに他ならない。

今期、日産のグローバル販売台数は約520万台を見込む。ルノー連合というスケールで見れば830万台を超え、世界のトップ5の一角を占める。営業利益4,900億円と、ビジネススケールの割にパフォーマンスは低いが、利益が上がらない原因は販売台数が少ない、シェアを確保できないといった深刻なものではない。車種構成は小型車が主流であり、1台当たりの利益が低いことや、また大きな成長が見込まれている新興国に深く切り込んでいる代償として、それらの国々の経済的混乱の影響を受けやすいといったいわゆる”新興国リスク”が原因だからである。

現在、日産は「日産パワー88(エイティエイト)」という中期経営計画を遂行している。16年度までに世界シェア8%、営業利益率8%を目指すという野心的な計画だ。2月に行われた2013年度の第3四半期時点の世界シェアは6%。あと3年でそれを2%高めるのは、常識的に見ればとてつもなくチャレンジングな目標である。これまでゴーン氏はその困難と思えるようなコミットメントを達成するため、無難な経営による安定的な成長を目指さず、すぐには結果が出ないがより大きな成功を得られる可能性を秘めた種まき、すなわち新興市場の開拓、EVや自律走行車など将来技術の開発などの先行投資に力を注いできた。

日産の再建を成功させたゴーン氏だが、問われているのは、新たな成長を目指す時期を迎えている今の日産のトップとして続けていくことがふさわしい人材なのかどうかである。

1月末には日産とルノーを軸とするアライアンスのスケールメリットをさらに高めるための新たな戦略も発表した。研究開発や生産部門などを統合するプロジェクトを強化して2016年までに年間43億ユーロ(約6,000億円)以上のシナジー効果を期待するものだが、これも両社のトップに君臨することで組織力を最大限に生かせるゴーン氏ならではの強気の数値目標である。

今のところ、ゴーン氏を飛び越すようなカリスマ性のある有能な人材が見当たらないことも事実だ。晩節を汚すのかどうかの結論を出すのは、ゴーン氏がこれまで打った数々の布石がどう花開くのかを見極めてから判断しても決して遅くはないだろう。