超高齢社会の日本は、4人に一人が65歳以上の高齢者。高齢者の増加は要介護者の増加も意味するが、療養に在宅介護を希望する人が増加傾向にある。そこで挙がってくるのが「食事」の問題だ。介護者の負担を減らし、被介護者の健康もカバーする「介護食」にスポットを当てる。
介護体制の構築、待ったなし
日本は今、世界でも類を見ない超高齢社会の真っただ中にいる。国勢調査や人口推計 によると、2017年現在の65歳以上の高齢者人口は3500万人以上(約4人に一人)、2025年には約3657万人、2042年のピークには約3878万人を超えると予測 。さらに、2025年には団塊世代が75歳以上となり、要介護(要支援)認定者数が800万人 に迫るため、医療や介護の需要も増加すると見込まれている。
それと比例するように増加傾向にあるのが、要介護になっても住みなれた自宅で介護を受けたいという在宅介護を希望する人々だ。厚生労働省の調査では4割以上の人々が在宅介護を望んでおり、国もこの要望に応えるべく、2025年をめどに住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステム の構築など、あるべき在宅介護の実現に向けた取り組みを行っている。
一方、在宅介護において配偶者や子どもら家族の協力は欠かせないが、子育てと同時に介護を行うダブルケア人口は約25万人、仕事をしながら介護を行う人は約291万人いるといわれ、介護に多くの時間を充てられないという現実に直面している人も少なくない。
特に毎日の食事については悩みが多い。例えば「支度を簡単に済ませたい」「適切な調理がわからない」「同じような内容になってしまう」など、介護者が負担に感じるのは時間やノウハウに関することが多いようだ。
こうした日本全体の高齢化に伴い、高齢者や要介護者が口にする食事、いわゆる「介護食」への注目度は高まっている。各食品メーカーも、予防の観点からも各社からさまざまな商品を販売。ただ、市場規模は年々増加傾向にあるものの、介護食の認知度はそこまで高くないのが実情だ。
認知度3割以下の「介護食」
2001年より介護食を開発・販売するアサヒグループ食品の調査によると、市販の介護食に対する認知度は26.5%(2016年)で、購入経験があるのは15.1%。同社のベビー&ヘルスケアマーケティング部・副部長の峰尾氏は、
「『何を選んだらいいのかわからない』という方や、中には『市販品を使うのは手抜き』『市販品はおいしくない』といったイメージを持っている方もおり、正しく理解されていないのが現状です」
と話す。
そんななか、同社は2017年秋より在宅介護をサポートする新しいシニア介護商品を発売。これまでの介護食に対するマイナスイメージを払拭する、さまざまな工夫を凝らしている。
硬さや粘度を区分した「ユニバーサルデザインフード」
「介護食」とは、かむ力や飲み込む力が低下した人でも安全に食べられるように配慮した食事のこと。状態や程度によって区分けされた商品が販売されているが、実際に選ぶとなると、どの程度の軟らかさ・大きさの食材が適しているのかなどがわからないという声が多い。
アサヒグループ食品が2017年9月に発売した介護食「バランス献立」シリーズ は、日本介護食品協議会が制定する「ユニバーサルデザインフード」の規格に則り、食材の硬さや粘度を表した4つの区分に合わせて商品化。パッケージには、「容易にかめる」「歯ぐきでつぶせる」「舌でつぶせる」「かまなくてよい」という文言で硬さや粘度を表示しているのでわかりやすい。
ユニバーサルデザインフード
年齢や障がいなどにかかわらず、多くの人が利用できるように食べやすさを考慮した食事のこと。高齢者だけでなく、歯科治療中で硬いものが食べられないといった人にも適している。
市販の介護食を使うことに“手抜き”のイメージがある人もいるが、実はこの指標、介護食を手作りする際にも役立つ。
「介護食を手作りされる方も、一度、市販の商品で試すというのもひとつの手です。どの区分のものが食べやすいのか被介護者の方に実感していただいた後、それを見本に作るという方もいらっしゃいます」(峰尾氏)
栄養補助と楽しい食事
高齢者や要介護者の食事における問題のひとつに「低栄養」がある。主な原因は、年齢とともにかむ・飲み込むことが困難になる“食べる力の衰え”とされている。
若い人でも硬いものや大きなものを咀嚼するのには時間がかかるように、かむ・飲み込む行為は思いのほか体力を使う。体力が衰えた高齢者はそれがより顕著で、適切な食事でないために食事途中で疲れてしまうことがある。結果、十分な栄養を摂れず「低栄養」状態に陥り、タンパク質の不足などにより筋力が低下。それが原因で歩行にも支障を来すなど悪循環に陥る場合も少なくない。
タンパク質は介護予防の点からも積極的に摂取したい栄養素のひとつだが、実は一日の必要量は高齢者も若者もほぼ同じ。ところが、高齢になると野菜を中心としたあっさりしたものを好むようになり、肉や魚を食べる機会が減る。そうなると、カロリーを十分に摂ってもタンパク質が大きく不足し、低栄養になりやすいという弊害を生む。
そんなとき、栄養バランスが考えられた介護食や飲料で不足しやすいタンパク質をはじめとする栄養素を摂取すれば、低栄養を回避することができる。
さらに、ベビー&ヘルスケアマーケティング部の女性担当者の岸氏は、市販の介護食の使い方についてこう話す。
「介護者の中には、親御さんを見ながらお子さんを育てているという方もいます。親御さんの介護食を作りながら、お子さんの食事も作るという毎日です。そういう場合、介護食に寄った献立を考えることが多いのですが、たまにはお子さんの食べたい揚げ物なども出したいということもあります。そういうときに市販の介護食を活用していただければ、ご家族全員が楽しく食事をすることができるのではないでしょうか」
家庭の味に挑む おいしさへのこだわり
いつまでも健康に暮らすためには、食べることが重要だ。高齢者にとっても、安全に食べられ、おいしく食事ができることはとても大切。だから、アサヒグループ食品は「味」にこだわる。
「栄養素と味は相反するところがあり、栄養面を重視することで味が崩れる場合があります。弊社では、機能性がありつつも、おいしかったねと言っていただけるような商品開発を心がけています。中でも、肉じゃがなどの定番家庭料理は、それぞれご自宅の味があって難しい面もあります。ですが、だからこそ、皆さんにおいしいと感じていただけるような味作りを目指していきたいです」(峰尾氏)
また、“おいしく食べる”という点で同社が力を入れているのが口腔ケア用品「オーラルプラス」シリーズ だ。
高齢者の嚥下(えんげ)障がいは大きな問題で、日本人の死因の3位である肺炎の96%は65歳以上の高齢者であり、そのほとんどは誤嚥(ごえん)性肺炎だといわれている。予防には口腔ケアが欠かせない。
「オーラルプラス」は商品展開も多彩で、歯ブラシや歯みがきジェルなどのほか、むせやすい・誤嚥の恐れがあってうがいができない人向けの口腔内拭き取りシート も販売。ほかにも、口腔乾燥の対策商品や舌ケアの商品など、口腔の状態に合わせて選べるラインアップを取り揃えており好評だ。
そろそろ「介護食」を常識に
高齢化に伴う潜在顧客の多さにもかかわらず、介護食の認知度がなかなか上がらない背景には、指標のわかりづらさや利用への抵抗感、当事者層の情報不足などがある。農林水産省は認知拡大のため、2014年に介護食の新しい呼称として「スマイルケア食」 を打ち出すなどしているが、浸透するにはもう少し時間がかかるかもしれない。だが、高齢化のスピードを考えるとボヤボヤしてもいられない。
アサヒグループ食品も新シリーズで発展途上の介護食市場に一石を投じるが、「まずは介護食の認知度アップと市場拡大に貢献したい」と峰尾氏。シニア向け商品のモットーである「“食べる”をずっと楽しく」の下、アサヒグループ食品は“おいしい介護食”の普及に取り組んでいく。