高所恐怖症の米国株 株価暴落はなぜ起きたのか

2018.2.26

経済

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高所恐怖症の米国株 株価暴落はなぜ起きたのか

米国株式市場が一時大暴落を演じた。ニューヨーク(NY)ダウは、2月5~9日で2日にわたり1000ドルを超える暴落を記録。5日の1175ドル安は過去最大の下げ幅だ。FRB(米連邦準備制度理事会)議長の交代時を狙いすましたように投機筋が売り浴びせた。

なぜ株価は急落したのか

米株安の最大の要因は米長期金利の上昇にある。指標となる10年物国債利回りは一時2.85%と4年ぶりの高い水準を付けた。

長期金利の急騰(債券価格の下落)の背景には、雇用の引き締まりが影響している。米労働省が2月2日に発表した1月の雇用統計(速報値、季節調整済み)は、景気動向を敏感に示す非農業部門の雇用者数が前月比で20万人増えた。

また、平均時給も26.74ドルと前年同月比で2.9%上昇し、2008年の金融危機前の水準である3%台に近づいた。トランプ政権が打ち出した1.5兆ドルもの大型減税、1.5兆ドルのインフラ投資などで賃金への上昇圧力は高まっている。

金利の上昇は企業や個人の負債を増大させ、資金調達コストを引き上げることで、景気を冷ます。株価が急落するのも無理もない。
また、アメリカはいま完全雇用に近く、雇用環境が良くなって売り手市場になっている。

労働市場の逼迫を受け、米経済に過熱感が高まれば、FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げペースも加速しかねない。「18年に入って年3回と見られた利上げペースが4回に増えかねない状況」(市場関係者)という。長期金利の上昇はFRBの利上げを先取りした動きとみられる。

もともとアメリカでは、昨年来のトランプ政権の誕生、大幅な減税、財政支出の増大などもあり、インフレに対する懸念が市場参加者の間でかなり高まっていた。そこに予想を超える強い雇用統計が出たことで、インフレ懸念→FRBの利上げ加速→景気減速懸念→株価急落という連想が働いた格好だ。また、アメリカの株価水準もPER(株価収益率)が1月末時点で21倍と、過去平均に比べて高い水準にあった。

PERの平均は15倍程度で、これより低ければ会社が稼ぐ利益よりも会社の株価は割安、高ければ割高と判断される。

いわば高所恐怖症にあった米国株はいつ急落してもおかしくなかったわけだ。

下落を加速させたボラティリティ・インデックスと自動取引

しかし、過去最大の下げを演じた要因はこれだけではない。市場を必要以上に混乱に陥れたのは、「指数連動ファンドの売りが急増したこと」と「自動取引による売り浴びせ」があった。市場の急変がVIX指数、株価ボラティリティ(株価の変動幅)を上昇させたことで、株価指数に連動するファンドの売りが急増した形だ。

◇VIX指数

シカゴ・オプション取引所が算出するボラティリティ・インデックス(Volatility Index)の略称で、「恐怖指数」とも訳される。通常は10~20の値で推移するが、市場がストレスを受ければ急上昇する。

実は、ここ数年、このVIX指数に反比例するファンドが人気を博していた。株価が上昇してVIX指数が低下すれば利益が上がり、その逆では利益が減少する仕組みだ。しかもこのファンドは、連動幅にレバレッジがかかっていた。

例えば、VIX指数が「1」低下すれば、その2倍の利益が転がり込むという代物だ。世界的な株高で投資家がウハウハ状態だった。それが米国株の急落で様相が一変した。特にファンドの中には、「即死条項」と呼ばれるトリガーが付されたものもあった。

例えば、VIX指数が急上昇し、前日比で80%以上ファンドの価格が低下した場合には、早期償還される仕組みなどだ。「今回の米国株急落で即死条項に抵触して価格の9割が溶けたファンドもある」(市場関係者)とされる。

さらに「自動取引による売り浴びせ」が市場の下落スピードと幅を広げた。アメリカでは株式運用資産の6割は機械的な自動取引で占められている。その割合はここ10年で2倍に増えた。

自動取引はアルゴリズム(算法)に基づくプログラム売買で、処理能力は速いもので10億分の1秒にも達する。一定の算法で自動的に売買されるため、売買は一方向に流れやすく、ボラティリティを増幅させる。NYダウが1日で過去最大の1175ドルの下げを演じた要因のひとつだ。

パウエルFRB新議長が立ち向かう“2つのバブル”

また、なぜこのタイミングで起こったかについては、FRB議長の交代を狙いすました株価暴落との見方もある。エコノミストで労働問題に精通したジャネット・イエレン議長が2月3日で退任し、ジェローム・パウエル新議長が就いた最中だったからだ。法律家でウォール街での勤務経験を持つパウエル氏の議長就任でFRBはどう変わるのか、株式市場の混乱はその小手調べの色彩も強い。

1987年10月の米国株の暴落「ブラックマンデー」も同じ構図で起こった。前任のポール・ボルカー議長からアラン・グリーンスパン新議長に交代した直後に、株価は1日で22.6%も暴落した。グリーンスパン氏は自伝で、ダラスに出張し、空港に出迎えた人から「508の下落」と聞き、「5.08ドル安」と勘違いしたと告白している。

「根拠なき熱狂」の名言を残し、「マエストロ(巨匠)」の尊称を持つ元FRB議長のグリーンスパン氏は、現在の米国市場について、「2つのバブルがある。株式市場のバブルと債券市場のバブルだ」と警告を鳴らしている。

グリーンスパン氏は、ブルムバーグのインタビューで、「最終的には、債券市場のバブルは重大な問題になるだとう。われわれが長期金利の大幅な上昇という状況に向かっているのは明らかで、それは経済のすべての構造に非常に重要な影響を持つのはご存じの通りだ」と語った。FRB新議長は、この“2つのバブル”にどう立ち向かうのか、市場は固唾を飲んで見守っている。

FRBのパウエル新議長は、米株価は急落を演じたものの、基本的なシナリオである緩やかな利上げを継続していく姿勢を示している。FRBは早ければ3月のFOMC(連邦公開市場委員会)で利上げに踏み切る可能性が高い。

アメリカ発の株価急落はひとまず小休止となっている。しかし、今回の市場混乱は、リーマン・ショックから10年近く続いた異常な金融緩和の出口で起きた。2006年からの10年間で世界の通貨供給量は8割も増加。その巻き返しはこれから本格化する。そのインパクトは計り知れない。歪みは必ず生じる。今回の米国株暴落は、その序章にすぎない。