政府が進める「働き方改革」。生産性向上を目指してあれこれと経済界に働きかけるも、企業側では残業の抑制による“コスト削減=生産性向上”が主題となり、本来の目的である“働き方”の改革は遅々として進んでいない印象がある。そんななか、ワークプレイスの環境整備を通して、「働き方改革」を実現しようとする試みがある。働く場所そのものであるオフィスを改善して生産性向上を目指すサービス「COMORE BIZ(コモレビズ)」にスポットを当てる。
パソナ・パナソニック ビジネスサービス株式会社 代表取締役副社長
岩月隆一 いわつき りゅういち
オフィス緑化によるストレス軽減
総務サービスやファシリティマネジメントなどのアウトソーシングを手がけるパソナ・パナソニック ビジネスサービス株式会社(以下PBS)が提供する「COMORE BIZ(コモレビズ)」 は、オフィス緑化を通じて働く人々のストレス軽減を実現しようとするプロジェクトだ。
オフィスに観葉植物を置いて社員のストレスを減らそうとするのは、オーソドックスな取り組みだろう。しかし、PBSが提供するコモレビズは、これまで感覚でとらえていたストレス軽減の効果を“見える化”した点で、従来のオフィス緑化とは一線を画す。
「コモレビズの特徴は、見える化とエビデンス化とデザイン化です。ファシリティマネジメントの事業を展開するなかで、オフィスの緑化がそこで働く従業員のメンタル面に一定の効果があるのを感覚的にとらえていました。そんなとき、オフィス緑化によるストレス軽減やパフォーマンス向上の効果を数値化して検証するプロジェクトの存在を知り、コモレビズはスタートしました」(PBS代表取締役副社長・岩月隆一氏)
コモレビズのプロジェクトでPBSと協業する日本テレネット株式会社は、豊橋技術科学大学や長崎大学などと連携し、オフィス緑化による社員のストレス軽減やパフォーマンス向上の効果検証をする「グリーンメンタルヘルスケアプロジェクト」を進めてきた。
日本テレネット株式会社
FAXやメールなど通信を活用したビジネスコミュニケーションをサポートする情報・通信サービス企業。最先端のサービス技術の研究開発に向けた取組み「Smart Life 研究所」も展開中。
日本テレネットの協力の下、コモレビズでは最先端のITを駆使し、従業員のバイタルセンシング(生体情報の取得)によるストレス測定を行い、その結果を管理者と従業員それぞれにレポートの形で提供する。
「センシングは日進月歩の世界です。今は指先に計測機器を装着してストレスを計りますが、スマホに語りかけて声帯の状態を把握し、そこから心の状態を読み解いたり、パソコンの前に座るだけでカメラに映った表情を基に健康状態をチェックしたりと、メンタル面での不調を数値化して把握する日がすぐそこまで来ています」
ストレスの効果測定によって、業務効率の低下や離職の防止、自らのストレス発生の予防やコントロールが可能に。加えて、オフィス緑化への投資に踏み出せないでいた企業の後押しにもなる。効果が数値ではっきりとわかれば、経営判断をする際の指標になるからだ。
コモレビズの3つのポイント
◇見える化
バイタルセンシング(生体情報の取得)で社員のストレスを数値化。ストレス軽減を感覚ではなくデータとして把握。
◇エビデンス化
豊橋技術科学大学・長崎大学・日本テレネットによる産学連携で明らかになった学説をベースに、科学的なアプローチで信頼性を担保。
◇デザイン化
植物を生かした空間プロデュースで数々の実績を持つ「parkERs(パーカーズ)」のデザイン性が高い設計でオシャレなオフィスを実現。
研究に基づいて導き出した「緑視率」の最適解
そもそも、オフィス緑化とストレス軽減の効果にはどのような関係があるのだろうか?
「2013年8月に日本建築学会で豊橋技術科学大学の松本名誉教授が発表した、緑視率が増えることで心理的リラックス効果が高まるという研究結果を基に、『最適な緑視率を保つことでストレス軽減効果を最大化できる』という観点がコモレビズの根底にあります」(岩月氏)
建築学会の定義によると、緑視率とは「人の視界に占める緑の割合で、緑の多さを表す指標」。研究の結果、“緑視率10%~15%”という最適解を導きだし、コモレビズではその最適解に沿ってオフィスに植物を配置する。
「人間は視界に占める植物が多すぎても、逆にストレスを感じ、パフォーマンスが低下します。コモレビズは研究結果に基づいて、オフィス内のすべてのデスクから奥行5メートル、視界120度に、植物を緑視率10%~15%になるように設置します。また、植物によって、ストレス軽減に効果のあるものと、そうでないものがあることもわかりました」(岩月氏)
それぞれの植物によって与える心理的効果も違う。コモレビズでは、青山フラワーマーケットを展開する株式会社パーク・コーポレーションの協力で、コモレビズで活用する植物をデータベース化し、クライアントの要望に合わせて植物を選定する。
青山フラワーマーケット
グラスや空き瓶などに気軽に飾って楽しめるグラスブーケなど、「Living With Flowers Everyday」をコンセプトに、首都圏を中心に展開するフラワーショップ。
「誰にとっても職場は緊張する場所です。適度な緊張は必要ですが、緊張だけでは作業能率は下がります。オフィス緑化によって、視界に最適な量の緑を与えれば、緊張とリラックスの要素が適度になり、作業がはかどります。特に、エンジニアやコールセンターのオペレーターなど、大半をデスクの前で過ごす人には効果が期待できます」(岩月氏)
長時間の緊張を強いないようにするのは、従業員に対する会社の配慮。残業時間を減らすのが「働き方改革」のメインとなっているが、ワークプレイスの整備によって快適な労働環境を作り出し、労働の質を変えるアプローチこそ真の働き方改革であろう。
オフィス空間に調和するデザイン
コモレビズでは、オフィスの設計とデザイン、植物コーディネイトや植栽メンテナンスを、空間デザイン事業「parkERs」が手がける。
parkERs
株式会社パーク・コーポレーションが展開する空間デザイン事業。オフィスや店舗をはじめ、空港や駅、マンション、保育園など、さまざまな空間をプロデュースしてきた専門家集団。
植物をはじめ、プランターの選定にもこだわり、植物が美しく見えるだけでなく、デスク上の空間と美しい調和を見せるオリジナルプランターを使用。
“快適性”と“機能性”に着目して植物を選定することで、デスクの間に自然のパーテーションが出来上がる。適度に向こう側が透けて見える程度に視界を遮ることで、相手の存在を感じつつも、業務に集中できる環境が整う。
「香りと音の効果も見逃せません。緑だけでもストレスの値は十数%下がりますが、川のせせらぎや鳥のさえずりなどをハイレゾ音源でオフィスに流すと、ストレス値が30%下がるという検証結果もあります。コモレビズでは、視覚(緑)、嗅覚(香)、聴覚(音)のそれぞれをリラックスさせる要素を組み合わせて、ワーカーのストレスを軽減します。ストレスを感じないリラックスした状態は、作業効率をアップさせるだけなく、ブレストの際もアイデアが生まれやすくなり、イノベーションにもつながります」(岩月氏)
オフィスの快適さは優秀な人材を集める
リラックスして働ける環境を整えることで、生産性は向上し、離職率は下がり、リクルーティングの際にも就活生や求職者にとって、大きなアピールとなる。
GoogleやFacebookなど米シリコンバレーの大企業は、快適で働きやすいオフィスを持つことで知られる。それは従業員のモチベーションを高く保って生産性を向上させる目的もあるが、オフィスに魅せられて多くの人材が集まってくることも大きい。
オフィスを魅力的に保つのは、単なるコストではなく人材への投資につながる。つまり、コモレビズが実現するストレス軽減を考慮したオフィスは、優秀な人材獲得への戦略となり得るのだ。
「リラックスできる、オシャレな、楽しい、自慢したくなるオフィスで働きたいと誰もが思っています。事実、ワークプレイスを整備したら新卒採用の応募が増えたという企業はたくさんあります。人手不足がより大きな社会問題となるであろう今後、オフィスへの投資は有能な人材の確保につながる戦略的な選択肢となります」(岩月氏)
良い意味で会社が社員の気分を“乗せる”ことが大切です
労働の質を変えるために“攻めの投資”を
社員のデスクが向かい合って並び、その端に管理職のデスクが併設されている。そして、それらを見通せる場所にさらに上級職のデスクがあるオフィス――。デスクの配置がそのまま組織図になっている、昔から日本企業が好んで用いてきた「島型対向デスク」と呼ばれる配置だが、まだまだこのタイプのオフィスを用いている企業は少なくない。
高度成長期は、トップダウンの組織形態が多かったこともあり、上意下達がスムーズに行われる島型対向デスクは合理的だった。しかし、日本の経済状況は変わった。イノベーションが求められるようになった昨今、新たな価値を創造するためには、社員がリラックスして働ける環境を整備する必要があると言える。
「コミュニケーションが生まれやすい行動導線を考えて机やいすを配置する。リラックスしたトークから新たなアイデアが生まれるように寛げるカフェスペースを作るなど、良い意味で会社が社員の気分を“乗せる”ことが大切です」(岩月氏)
企業は、残業時間を減らしてコストが浮いたなら、それを会社の利益にするのではなく、快適なオフィスや柔軟な勤務形態など、労働の質を変えるための投資に回すべきである。それが、イノベーションにつながり会社の未来を形作ってくれるはずだ。
そして、労働の質を変えることで、政府が進める「働き方改革」も、ただの労働時間規制から本当の意味で働き方の改革へステップアップできるだろう。