FRB(米連邦準備制度理事会)が12月14日、1年ぶりに利上げに踏み切った。それに加えて、強いアメリカを標榜するトランプ次期大統領を背景にドル高が意識され、世界のマネーがアメリカに集中している。今やドル一強状態だ。ドル円相場も金利差の広がりもあり、大きくドル高に振れた。アメリカ発で変化していく今後の世界経済の流れのなかで、日本は起こりうる問題にどう備えるべきなのか?
イエレン議長の再任はなし?
トランプ次期大統領が正式就任するのが2017年1月20日、その間隙をぬってFRBが利上げに動いた背景には、「どういった経済・金融政策に打ってでるのかわからないトランプ氏への疑心暗鬼がある」(市場関係者)と見られている。
FRBのイエレン議長は、利上げ後の記者会見で、「2017年に3回の利上げを平均的なシナリオに据える」と、利上げを継続する意向を示したが、”アメリカファースト”を掲げ、”強いアメリカ”を標榜するトランプ氏が、景気にネガティブとなる利上げにブレーキを踏む可能性は残る。であればトランプ氏が就任する前に少しでも利上げしておこうという深慮遠謀が働いてもおかしくない。
イエレン議長が疑心暗鬼に陥る理由はこればかりではない。トランプ氏は選挙中の演説で、「イエレン議長の任期が切れた際に、私は彼女を交代させる可能性が何よりも高い」と述べ、自身がホストを務めるテレビ番組「アプレンティス」の決めゼリフ「『おまえはクビだ』を言い放つ」と語った。理由はイエレン議長が共和党員ではないためだ。そこには、「再任されたいのなら、我々と同じように共和党員になって、俺(トランプ)に投票しろ」という圧が感じられる。
型破りなトランプが混乱を起こすのか
過去の歴代大統領は金融政策の独立性と継続性を尊重して、FRB議長人事に介入することはなかった。政権が移行した場合も、例えば、1983年に共和党のレーガン大統領が民主党員のボルガー議長を再任させているほか、民主党のビル・クリントン大統領が共和党員のグリーンスパン議長を2度、再指名している。また、現オバマ大統領も、共和党のブッシュ大統領に指名されたバーナンキ議長を再指名している。型破りなトランプ氏だが、FRBの独立性にも手を突っ込むようであれば金融市場の混乱は避けられない。
FRB議長は大統領の指名と議会の承認を経て任命されるが、政府機関中、最も強い独立性を持ち、世界経済に対する影響力が絶大であるため、アメリカ合衆国において”大統領に次ぐ権力者”と言われてきた。現在のイエレン議長の任期は2018年2月3日までとなっている。
日本経済の行き先を左右するトランプ次期大統領
イタリア発のユーロ危機はあるのか、中国の資本流出は止まるのか、新興国経済はこのまま停滞を続けるのか。OPECは減産合意したが、原油価格はどこまで上昇するのか、ドルはどこまで上昇するのかなど、世界経済を左右する不確定要素は多々ある。日本経済の先行きについても、果たしてデフレから脱却できるのかが問われている。鍵は金融と財政が握っている。金融の総本山である日銀はどう出るのか。
日銀・黒田総裁は、自身の任期中(2018年4月8日まで)に物価上昇率が2%まで上昇し、デフレを脱却するという目標を達成することは難しい。もちろん、再任される可能性もあるが、日銀はCPI(消費者物価指数)が2%に乗るのは2018年度中頃と先送りしており、実質的にギブアップした状況だ。その日銀の先行きを左右する最大の要素は、アメリカ経済とトランプ次期大統領にほかならない。
トランプ氏が大統領選に勝利して以降、金融市場で顕著になったのは、ドル高と株高である。強いアメリカを標榜するトランプ氏、強いドル(ドル高)が意識され、かつ、FRBの利上げと景気回復から世界のマネーが米国に集中しドル一強を演出している。円、ドルの関係も日米の金利差が広がることで大きく円安、ドル高に振れた。
同時に、安全資産といわれる国債などの債券からリスク度の高い株式へのマネーシフトが鮮明となっている。債券が売られ、金利が上昇する一方、NYダウは高騰し、含み益の増加から投資余力が高まった外人投資家のマネーは日本株にも向かっている。NYダウ2万ドル、日経平均株価2万円は目前だ。
世界の潮流は金融政策頼みから財政へとシフト
この円安と株高は当面、日銀にとっても心地良いものかもしれない。円安になれば輸入物価の上昇により2%の物価上昇率達成に近づけるためだ。実際、黒田日銀総裁は、金融政策の現状維持を決めた12月19、20日の金融政策決定会合後の記者会見で、「現状の円安が行き過ぎて問題になるとの見通しは持っていない」と述べている。日銀は粛々と月額80兆円もの国債を購入する金融緩和を継続するということだろう。
しかし、このまま日銀が物価上昇率達成に固執し続け、金融緩和を継続することに懸念はないのか。FRBは利上げに動き、ECB(欧州中央銀行)はイタリア経済の混乱もありながら、国債の買入れ縮小を決めた。にもかかわらず日銀は静観を決め込んでいる。緩和から縮小に転換する”出口戦略”は今ではないのか。
日銀はすでに全体の4割の日本国債を購入しているが、このペースでいけば2019年3月には6割に達する。日本国債の過半を日銀が保有する異常事態だ。さらにETF(上場投資信託)の購入により日本株の最大の保有者は日銀でもある。筆頭株主は日銀という企業がゴロゴロしているのだ。官製相場はくるところまできてしまっている。
この官製相場は、実は財政運営にとっても心地よい。金利はゼロもしくはマイナスに釘付けされ、国はほぼゼロコストで資金を調達しうるためだ。だが、その一方で、日本の長期債務はGDPの2倍にまで膨れ上がり、財政の余力は乏しい。世界の潮流が金融政策頼みから財政へとシフトしようとしているなか、過大な長期債務を抱えた日本は取り残されかねない岐路に立っている。
“異次元緩和”という宴はいずれ終わりを迎える。そのとき、日本経済が直面するのは、異常な金利上昇だと指摘されている。残された時間は少ない。そのときに備えてどうすればいいか、残念ながら金融当局者にも明確な答えがあるわけではない。いや、そうなると思いたくない、見たくないということだろう。個々個人にとって唯一の処方箋は、日本から逃げ出すことかも知れない。
早いうちに異常な金融緩和の是正が必要
トランプ大統領誕生が優勢になったら、東京市場も一気に1000円以上下落した。しかし、次の日には逆に1000円上昇で切り返し、その後も上昇を続けている。
金融マーケットは気まぐれだ。トランプ氏の発言から、政策はめちゃくちゃなことを実行しそうだが、アメリカのドル高とアメリカ国内経済の強さへの短期的な期待感が増し、再び世界の主要株式市場も金融相場の様相を呈してきた。TPPの不実行など、政策の継続性が見えないにもかかわらず、市場は上昇を続けている。
マーケットが上昇していれば、景気は回復していくように見えるが、実体経済はそのカンフル剤によって何とか生き永らえている状態だ。金融緩和が終わるか、耐え切れずに金利が急上昇した時には、一気に崩壊する。痛みを先送りにせず、早いうちに異常な金融緩和を是正し、長期的な日本国の行き先を政治が示さなければ、近い将来デフォルトを起こすことも現実的になってくる。