衆院議員の任期が残り半分を切った2017年の日本政界。安倍政権にとって最も重要なのは国内景気と国際情勢だ。特に今月20日に就任する米国のトランプ大統領がどのような外交政策を打ち出すのかは、首相の解散戦略にも影響を与える可能性がある。
国内景気や内閣支持率が好調な今が攻めどき
「激変する国際情勢の荒波の中にあって、積極的平和主義の旗をさらに高く掲げ、日本を、世界の真ん中で輝かせる」。安倍晋三首相は元旦発表した年頭所感に、こんな思いを綴った。
前年は参院通常選挙で大勝し、衆参ともに改憲に前向きな党派で全議席の3分の2を確保。首相の念願である憲法改正に向け、戦後初めて国会で発議できる体制を整えた。
10月の新潟知事選では原発再稼働に慎重な野党統一候補に競り負けたが、直後に行われた衆院の2つの補選は完勝。内閣支持率も高水準を維持し、勢いそのままに強引な国会運営でカジノ解禁に道筋をつけるIR(統合型リゾート)推進法を成立させた。
勢いの背景にあるのは株価だ。内閣支持率や与党である自民党の政党支持率は国内の株価指数と連動性が高いとされる。2016年の日経平均株価は中国景気の減退や円高に伴ってじりじりと下げる展開が続いたが、アメリカ大統領選で共和党候補のトランプ氏が勝利すると反転。一気に円安・株高が進んで年初の初値1万8818円を上回り、年末には2万円に迫った。
首相官邸のかじ取りを担う菅義偉官房長官は高株価を背景に党幹部に指示し、国民に反発の強いIR推進法の成立を図ったとみられている。ちなみにIRの国内候補地として最も有力視されているのは菅官房長官が選挙地盤とする横浜だ。
市場関係者の多くは、今春にも日経平均株価は2万円を超えるとみており、野党にも与党にも敵のいない”安倍一強体制”はしばらく続く可能性が高い。
ただ、環境的には1月を超えると当面解散できない状況が続く。1月後半から予算案の国会審議が本格化し、成立したころには東京都議選が行われる6月が目前に迫る。自民党が連立を組む公明党は都議選の前後に衆院選を行わないよう強く求めており、早くても秋までは解散するタイミングがなくなる。
国際情勢に対する2つの”誤算”
これらを総合的に考えれば、1月20日にも召集される通常国会の冒頭で解散に踏み切るというのが永田町の常識的な見方だった。しかし、国際情勢を巡る2つの”誤算”が首相に待ったをかけた。トランプ氏のアメリカ大統領選勝利、そして日ロ首脳会談の”失敗”である。
日本政府の予想を覆してトランプ氏がヒラリー氏をかわして当選。親プーチンを公言するトランプ氏の大統領就任が決まるや否や、日本との関係強化に動いていたロシアのプーチン大統領は態度を豹変させた。
政府は当初、2016年12月に首相の地元・山口県で行われた日ロ首脳会談で北方領土問題を大きく前進させるつもりだったが、ふたを開ければほぼ進展なし。事前に日本メディアが「2島返還へ」などと前向きに報道していたこともあり、自民党の重鎮である二階俊博幹事長は担当者に向けて「国民の大半はがっかりだ」と皮肉った。北方領土問題の前進で更なる支持率上昇を、と見込んでいた首相官邸の目論見は見事に外れた格好だ。
こうした情勢を受け、産経新聞は2016年12月に「衆院解散1月見送り 首相決断、来秋以降に」と報じた。理由は、衆院で3分の2を割り込む可能性があるから。当の安倍首相も1月4日の年頭記者会見で「新年になって4日間、解散の二文字を考えたことはまったくない」と否定してみせた。「来年度予算案の早期成立に全力を傾ける」とも語っており、通常国会での冒頭解散はなくなったとみていいだろう。
ただ、トランプ氏が大統領に正式に就任して以降、どのような外交戦略を打ち出すのか、未知数な部分もある。
各国の思惑飛び交う波乱の幕開け
安倍首相はトランプ氏の当選決定からわずか9日後の2016年11月17日、トランプ氏の私邸に出向いて就任前の大統領候補と異例の会談を断行。事務レベルで調整せず、トランプ氏の”本音”を探った。また、オバマ政権下ではあるが、2016年12月にハワイの真珠湾を訪問し、日本の首相として初めて追悼施設「アリゾナ記念館」で真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊した。「日本車の関税を引き上げる」「駐日米軍撤退」などと発言してきたトランプ氏の外交手法が未知数なだけに、オバマ政権のうちに日米同盟を強化しておきたいという狙いがにじむ。
もしも日米関係にひびが入れば、安倍政権に打撃を与えかねない。トランプ大統領がどのような政策を打ち出していくか、当面はハラハラしながら見守るとともに、日米関係の重要性をアピールし続けることになるだろう。
アジアに目を向ければトランプ氏が台湾に急接近し、中国が強く反発している。米国は1979年の米中国交正常化以降、公式には台湾の存在を認めず、台湾の指導者とは接触しない方針を貫いてきた。しかし、トランプ氏は台湾の蔡英文総統と電話で協議し、そのことを公表。「台湾は中国の一部」と主張する中国を挑発した。
米中関係が悪化すれば、尖閣諸島を巡り中国がさらなる強硬姿勢に出る可能性が指摘される。北朝鮮問題にも影響を与え、東アジアの緊張を高めかねない。トランプ氏とは関係ないが、失脚した朴槿恵大統領の後任を決める韓国大統領選も隣国の日本にとっては影響が大きい。2017年はアジア情勢が大きく動く可能性がある。
国内景気と国際情勢も連動する。国際情勢が不安定化すれば安全通貨である円が買われ、円高株安が進むし、国際情勢が安定し、国際景気が上昇すれば日本にも波及する。
安倍首相は1年後も笑っているだろうか。それとも解散できず、支持率低下と景気悪化のスパイラルの中で暗い表情を見せているだろうか。まずは1月20日に就任するトランプ氏が多くの政策を実行すると宣言している100日間がヤマ場となりそうだ。
解散のための大義をつくれるか
2017年、国際情勢や景気の変化は政権運営に大きく影響するだろうが、一方、安倍総理が1月中の解散総選挙はないと明言した以上、当面、大義のない解散がしづらい状況が続く。
そもそも、僕は解散権が首相の専権事項だとは思っていない。「勝てるから」と首相の判断で国会を解散できる国など、民主的な先進国家にはない。イギリスも2011年に首相の解散権を縛り、内閣不信任案が可決された場合と、議員定数の3分の2以上の賛成で動議が可決された場合に限定した。
逆に日本は、内閣不信任案が可決されなくても解散できるようにしたらいい。IR推進法案を阻止しようとしたときもそうだが、内閣不信任案は最優先で審議されるため、野党が乱発しがち。内閣不信任案が解散に直結するようになったら、野党も簡単に出すことができなくなるだろう。出すなら覚悟を持って提出すべきだ。
勝てそうなときに首相が解散をできるとしたら、恣意的に政策を作りかねない。衆議院の任期は4年あるのだから、国民の痛みを伴う政策を先に通して、4年の間に成果を出せば良い。2年強前にも任期半ばで解散をしたのだから、これ以上、大義のない解散は国民を愚弄しているとしか思えない。環境の変化はともあれ、2017年は国民を裏切らない安倍政権になることを願う。