世界を読むチカラ~佐藤優が海外情勢を解説

米朝首脳会談は“ウイン・ウイン・ウイン・ゲーム”? 日本に対する北朝鮮の脅威を極少にする方策

2018.07.06

政治

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写真/Handout

6月12日、史上初の米朝首脳会談が実現。友好的な会談に終わったようだが、その結果として発表された共同声明は物議を醸す。世界が期待した「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」が約束されていない米朝関係は、今後の国際情勢にどんな影響を及ぼすのか。日朝関係に懸念を示しつつも、佐藤優氏は基本ポジティブな立ち位置だ。

米国も北朝鮮も最低限の必要目標は獲得できた

6月12日、シンガポール・セントーサ島のカペラホテルで行われた米朝首脳会談で米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は共同声明に署名した。具体的に以下の4点に合意している。

<米朝両国は、[1]米朝の両国民が平和と繁栄を希求する意思に基づき、新しい米朝関係を構築する[2]朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制の構築に共同で努力する[3]4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮が朝鮮半島の完全な非核化に向け努力することを約束する[4]身元確認されたものを含め、戦争捕虜や行方不明兵の遺骨の回収に尽力する、ことなどで合意した。>(6月12日「朝日新聞デジタル」)

今回の首脳会談で、米国が北朝鮮に求めていた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」は、共同声明に盛り込まれなかった。これは米国の北朝鮮に対する大幅な譲歩である。今後、「完全な非核化」の定義をめぐって、米朝で外交交渉が展開されることになる。

さらにトランプ氏が会談前に意欲を示してきた朝鮮戦争終結については、共同声明で、<朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制の構築に共同で努力する>という形で言及された。今後、朝鮮休戦協定を米朝平和条約に転換する動きが加速するであろう。

この点に関して、米朝の基本的な方向性は一致している。今回の首脳会談での最重要課題である北朝鮮の非核化と朝鮮戦争の終結問題について、米国も北朝鮮も、共に最低限の必要目標は獲得できている。その意味で、“ウイン・ウイン・ゲーム”が成立している。

米朝が信頼関係を構築する傍らで日本は…

今回の米朝首脳会談における最大の成果は、トランプ氏と金正恩氏の個人的信頼関係が確立されたことだ。

<米朝首脳の会談は、1948年に北朝鮮が成立して以来初めて。両首脳はこの日午前9時過ぎから会談を始めた。トランプ氏が冒頭、「私たちはこれから素晴らしい議論をして、大いなる成功を収めるだろう」と語ると、正恩氏は「ここまでくるのは容易ではなかった。私たちの足をひっぱる過去があり、誤った偏見と慣行が私たちの目と耳をふさぐこともあったが、そのすべてを乗り越えてここまで来た」と述べ、両氏は握手を交わした。/

2人は38分間の単独会談を行い、両国の高官を交えた拡大会合、実務者も加えたワーキングランチを行った。首脳会談の時間は計4時間に及び、会談後に2人で庭園を歩いた後、共同声明の署名式に臨んだ。/

トランプ氏は署名式で、「我々は期待をはるかに超えることをやり遂げた」と自賛。正恩氏は「世界はおそらく重大な変化を見ることになるだろう」と語り、トランプ氏に謝意を表した。>(前掲「朝日新聞デジタル」)

今後、米朝関係は急速に改善していくことになる。その結果、北朝鮮と韓国の関係も急速に改善するであろう。北東アジアの安全保障環境の激変に日本が取り残されないように努力することが重要な外交課題になる。

日本人拉致問題が米朝間の外交課題になるのはリスク

日本のマスメディアでは、米朝首脳会談直後の記者会見でトランプ米大統領が、<「安倍首相にとって重要な問題だ。(金正恩氏に)提起した。合意文書には盛り込まれなかったが、今後協議する」と述べた>(前掲「朝日新聞デジタル」)ことが大きく報じられている。

むしろ日本にとって危険なのは、拉致問題に対する再調査の回答を金正恩氏がトランプ氏に対して行うことだ。北朝鮮側の回答の内容が、日本として受け入れがたい内容であった場合、仲介した米国の立場を困難なものとするリスクがある。この観点から、日本政府は北朝鮮との直接交渉を近未来に再開する方向に動くであろう。同日、

<安倍晋三首相は米朝首脳会談について、「朝鮮半島の完全な非核化に向けた、金正恩委員長の意思を改めて文書の形で確認した。このことを、北朝鮮をめぐる諸懸案の包括的な解決に向けた一歩だと支持いたします」と述べた。また、「拉致問題について先般トランプ大統領に対して私からお話をしたことを、しっかりと言及していただいたことを評価」するとした。/

拉致問題が合意文書に触れられていない点については、「最終的に解決していくのはまさに日本の責任において二国間の問題として、日朝で交渉しなければならない問題」とした>(前掲「朝日新聞デジタル」)

日本としては、唯一の同盟国である米国の立場を支持するのは、外交ゲームのルールからして、当然の成り行きだ。ただし、日本人拉致問題が米朝間の外交課題になることのリスクを安倍首相は十分に認識しているので、<日本の責任において二国間の問題として、日朝で交渉しなければならない問題>であるとの認識を明確にした。

日本が感情的に反発しても生産的ではない

前出の記者会見で、トランプ氏は

<今回の会談での合意を受けて、米国のポンペオ国務長官やボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)らが北朝鮮の高官と「来週会う」と表明した。/

一方、北朝鮮の非核化にかかる費用については、「韓国と日本が払う」と述べた>(前掲「朝日新聞デジタル」)

近未来に日本が北朝鮮の核兵器搭載可能な近距離弾道ミサイルと中距離弾道ミサイルの脅威にさらされる状況になるにもかかわらず、北朝鮮の非核化費用を支払わせられることになるリスクがある。しかし、これに対して日本が感情的に反発しても生産的でない。現実的に、日本に対する北朝鮮の脅威を極少にする方策を考えなくてはならない。

一般論として脅威は意思と能力によって構成される。北朝鮮が核兵器の開発に成功した。それを武力で除去するには、朝鮮半島での全面戦争を覚悟しなくてはならない。

それを避けるならば、外交交渉によって北朝鮮の攻撃的な意思を脱構築して、脅威を除去することを考えている。米朝首脳会談によって北東アジアの安全保障環境が劇的に変化しつある状況を日本としても最大限に利用すべきだ。

日朝関係は「制裁と圧力」から「対話と妥協」へ

6月14日、「読売新聞」朝刊が、日朝首脳会談実現に向けた動きが水面下で進められていることについて、

<複数の政府関係者によると、日朝間の協議は米朝首脳会談が浮上した今春以降、極秘で行われてきた。12日の米朝会談で、トランプ米大統領が金正恩氏に拉致問題を提起したことを受け、政府は非核化に関する米朝協議をにらみつつ、日朝会談に向けた調整を活発化させる考えだ。首相も「北朝鮮と直接向き合い(拉致問題を)解決していかなければならない」と会談実現に強い意欲を示している>(6月14日「読売新聞」朝刊)

と報じた。安倍首相は、北朝鮮に対する姿勢を「制裁と圧力」から「対話と妥協」に転換し始めている。拉致問題に関する北朝鮮との交渉を前に進めるためにも正しい決断と思う。

多国間外交でも日本がイニシアティブを発揮することが可能だ。安倍首相が東京に金正恩朝鮮労働党委員長、文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領、トランプ米国大統領、習近平中国国家主席、プーチン・ロシア大統領を招いて6者首脳会談を行う。

そこで、6者が相互不可侵を約束し、北東アジア地域の安定を確保する集団安全保障交渉を日本が提唱すると、ここのところ北朝鮮情勢をめぐって後れを取っている日本外交を立て直すことができる。