児童相談所はキャパオーバー。とりわけ深刻な東京都でリソース不足を改善するには?

2018.09.04

社会

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全国に衝撃を与えた、東京都目黒区に住む5歳の船戸結愛ちゃんが虐待死した事件。最悪の結末を招いた原因のひとつは、児童相談所の機能不全にあった。慢性的なリソース不足と情報共有の不行き届きは、どうすれば改善できるのだろうか。東京都を中心にした児童相談所の現状と、具体的な改善策について、弁護士の石渡幸子さんに話を聞いた。

土曜会法律事務所 弁護士

石渡幸子 いしわたり ゆきこ

早稲田大学卒業後、経済誌記者を務めた後に、東京都港区で学習塾と教育相談の「土曜会教育進路研究所」を開設。ロースクールを経て新司法試験に合格し、都内法律事務所勤務後に、土曜会法律事務所を開設。消費者被害抑止などを中心に取り組んでいる。

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児童相談所は、子どもにまつわるさまざまな課題の“最後の砦”

「児童相談所」という名前はよく聞くけれど、具体的には何をしている施設なのか。まずは、その役割について確認しておきたい。

児童相談所とは、18歳未満の子どもについての相談を受ける公的な専門機関だ。児童福祉法に基づいて、各都道府県が設置している。相談内容は虐待に限らず、親の病気・失業などで家庭生活ができなくなった場合や子どもの成長遅れまで、さまざま。児童福祉司や児童心理司といった、専門知識を持つ職員が対応する。

相談を受けるだけなら市区町村の窓口や民間サービスと変わらないが、児童相談所のみが持つ権限もいくつかある。代表的なのは「一時保護」と「施設入所措置」だ。虐待や生活不能などが子どもの福祉を害すると判断した場合、児童相談所は、子どもを一時的に保護したり、施設に入所させることができる。

「例えば、親が育児ノイローゼになっていて、虐待による子どもの生命や身体への危険があっても、民間のサービスでは、同意なしに親と子の距離を離すことができません。その点、児童相談所は親の同意がなくても、子どもを一時保護できる。

地域や学校、警察、子ども家庭支援センターなど、独立したさまざまな機関があるなかで、児童相談所が“最後の砦”といわれているのはそのためです。児童福祉にかかわる深刻なケースは、最終的にほぼ児童相談所へ集約されます」(石渡さん、以下「」内は石渡さんの発言)

東京都は、虐待以外でも子どもの一時保護が多い

施設の役割を踏まえた上で、東京都の現状を見てみたい。

東京都内には2017年4月で11カ所の児童相談所があり、250人の児童福祉司が配置されている(東京都児童相談所 事業概要)。児童福祉法では人口4万人に一人の割合で都道府県が配置するとしており、約100人少ない計算だ。

本来は職員1人あたり30~40件のケースを担当するだけで手一杯だといわれるが、東京都はそもそも案件が多く、ひどいときは1人が100件近くを担当しているという。その上、虐待対応件数は年々増加しており、東京都の2017年度は11635件(児童相談所のしおり/平成30年7月東京都児童相談センター発行)で、5年前と比較すると314%。対応すべき件数に、人員がまったく追いついていない。

「虐待だけでなく、東京都は地域的に、どうしても案件が増えてしまいます。例えば、家出した子どもの一時預かりが多い。また、不法入国した外国人の子どもや、ホームレスの子どもが保護されることも少なくありません。その場合、親の今後や住所が決まるまで、子どもは一時保護所で過ごすことになります。こうした事情によって、東京都の児童相談所職員は、いつも多くの案件を抱えているのです」

もうひとつ、地方からの流入が多いのも、東京の大きな特徴だ。ほかの道府県市区町村から流入してくる人口が多いとはつまり、虐待案件の流入も多いということ。行政情報とともに家庭の情報もしっかりと引き継がれるべきだが、それがなかなか難しい。船戸結愛ちゃんの事件でも、愛媛県と品川区で情報共有がうまくいかなかった。

情報共有の難しさを緩和する“東京ルール”

児童相談所の情報共有が難しい理由は、進まないICT化に一因がある。自治体を越えた情報共有は、個人情報を保護するため、長年、FAXが中心になっていたという。先日、そんな状況を見かねたソフトウェア企業・サイボウズ株式会社より、クラウドサービスの児相向け無料プランが提案されたばかり。8月末には、やっと厚労省も動いた。2019年から市町村と児童相談所に専用端末を設置して、虐待リスクがある子どもの情報を地域ごとの関係機関で共有・確認し、迅速な対応につなげるようにすると発表した。

ただ、東京都の児童相談所ではすでに、全国に先がけて情報をデータ化している。集まったデータを複数人の目で審議し、専門家を入れてケース会議をする仕組みもある。それでも、ケースごとの緊急性は日々変わるため、データだけですべてを判断するのは難しい。

「同じ職員が同じ家庭を継続的に見守り、危ない場合に適宜フォローできるのが理想ですが、児童相談所は職員の異動や体調不良による退職も多く、なかなかそうはいきません。また、担当者ベースで家庭とのかかわり方が違ってくるため、前担当が見抜けていた親の嘘を、新担当が信用してしまうこともある。

いったん虐待が収まっている家庭だって、再婚や第2子の出産などで、状況が変わることも少なくありません。そのすべてを追いかけ、丁寧にケアしていくには、結局、リソースが足りないのです」

そこで、10年以上前から東京都が独自に制定しているのが“東京ルール”。虐待事件の相談について、児童相談所だけで対応するのは限界があるため、地域の子ども家庭支援センターと連携して、家庭と密にかかわっていこうという取り組みだ。

「子ども家庭支援センターは現在、62ある市区町村のうち60カ所に設置されています。そのため、地域に合わせたフレキシブルな対応がしやすい。都内11カ所しかない児童相談所に対して、“毛細血管”のようなイメージで、家庭の見守りやこまかなフォローを目指しているのです」

子ども家庭支援センターと児童相談所はそれぞれが独立した機関のため、連携を深められるように、人材交流や情報共有の機会を積極的に設けているという。

国も都も、民間も、児童相談所を良くするために動き出した

圧倒的なリソース不足を解決するため、政治も動き出している。小池百合子都知事は、児童福祉司などの専門職員を、100人規模で増員する方針を打ち出した。7月下旬に「児童虐待防止緊急対策」も閣議決定され、国全体では2022年度までに約2000人の児童福祉司を増やすという。

「児童福祉司などの配置基準は、人口や担当面積に応じて決められています。でも、自治体によって深刻な案件の量は異なるため、難しいケースが多い地域には人を増やすなど、柔軟な対応も求められてくるでしょう。また、平成29年に児童福祉法が改正され、これまでは区をまたがっていた児童相談所も、設立を希望した各区にできる予定です」

例えば、港区には、1階を子ども家庭支援センター、2階を児童相談所とする複合施設の新設 が予定されている。児童相談所内には、子どもを保護する「一時保護所」も併設されるため、保護された子どもと地域の距離が開くこともない。

母子家庭の生活支援や障害を持った子どもの療育手帳の判定なども、すべて同じ建物内で行われる。子ども家庭支援センターと児童相談所の連携が深まる上、専門家を擁した各機関と地域の距離も縮まることが期待される計画だ。

そのほか民間では、コラムニスト・犬山紙子の呼びかけで、眞鍋かをり、坂本美雨、福田萌、ファンタジスタさくらだらタレントが集結。ハッシュタグ「#こどものいのちはこどものもの」を掲げ、厚生労働省の加藤勝信大臣に、児童虐待対策の提案書・要望書を提出した。児童相談所の体制強化や専門職をはじめとするリソースの拡充は、ここでも優先項目として挙げられている。

児童相談所のイメージアップは急務だ

しかし、こうした取り組みの一方、児童相談所はどうにもイメージが悪い。児童相談所が家庭と信頼関係を築けなかったり、専門職のリソースが確保できなかったりするのには、ここにも大きな原因がある。児童福祉にまつわる“最後の砦”として、力を尽くしているはず……。なのに「児童相談所」をGoogle検索すると、第2キーワードでは「求人」「一時保護」などに続いて「拉致」という不穏な言葉があがる。

「本来は、悩みを抱える親から相談を受けた上で『休養してノイローゼを治したり、集中して就職活動ができるように、いったん子どもを預かります』となるのがベスト。児童相談所には、家庭分離だけでなく、そのように親のケアをも行い家族関係を調整していく“家庭の再統合”を促す役割もあります。しかし、親側に解決の意思がない場合、どうしても『子どもを奪われた』というトラブルになりやすいのが実情です」

児童相談所が一時保護や施設入所などの措置をとる場合、その個人情報は徹底的に保護される。「あの家の子どもが虐待を受けていた」などと噂になり、親や子の生活に支障が出るのを防ぐためだ。つまり、児童相談所が介入して事件を未然に防いだケースは、世の中に出てこない。結果として「子どもを連れ去られた」「一時保護所の環境が悪い」といった、マイナスの情報ばかりがあふれてしまう。

強制力を持つがゆえのイメージの悪さは、就職先としての不人気にも現れている。世間の風当たりが強い上、激務だといわれる児童相談所に、人は集まらない。

また、虐待の可能性を感じて児童相談所に通告することも、“チクる”ようなイメージになっているのが現状だ。近隣住民が疑わしいと思ったときには、専門ダイヤルの「189番」に電話をしたり、地域の窓口に相談したいもの。しかし、多くの人が近所付き合いなどを考えて、つい手を止めてしまう。

児童相談所全国共通ダイヤル/189番

「虐待かも」と思ったときなどに、すぐ児童相談所へ通告・相談ができる全国共通の電話番号。近くの児童相談所につながるようになっている。通告・相談は匿名でもできる上、通告・相談をした人や、その内容に関する秘密は守られる。普及・推進のため、2015年7月から「189」(いちはやく)という3桁の番号になった。

「児童相談所のイメージが良ければ、当事者たちは気軽に利用できるし、周りもカジュアルに相談を勧められるようになると思います。北欧では、友達に『今日は児童相談所でカウンセリングを受けてくる』と言えるくらい、オープンな存在。子育てに悩んだとき、頼れるプロフェッショナルがたくさんいる場所なのです。日本の児童相談所も、まずは当事者に開かれた施設であることはもちろん、今後はもっと地域にも開かれ、頼もしいイメージを作っていく必要があります」

イメージアップが実現すれば、児童相談所で働くことの社会的意義が高まり、人材不足も和らいでくるはず。近ごろは社会的養護の現状や意義を伝えるため、児童養護施設の出身者が自らその体験を語ることも多い。彼らは児童相談所に対して「子どもの意見表明権についてさらに配慮してほしい」と注文を出す一方、虐待からの救出という役割に期待する心情も吐露している。

さまざまに絡み合う課題を前に、なかなか難しい児童相談所の体制強化とリソース不足の改善。だが、猶予はない。子どもの未来のために、また、子育てに心を砕く家庭のために、対策が進むことを祈る。