めまぐるしく変化する社会において、高等学校進学の際に自分の将来像を明確にイメージできる子どもは決して多くはないだろう。そんななか、屋久島には「なりたい大人になるために」というコンセプトで設立された学校が存在する。それが、屋久島おおぞら高等学校だ。屋久島を母体に全国に提携サポート校を持ち、自分のペースに合わせて通学できる通信制高校である。サポート校をうまく活用することで、生徒たちは進学や就職に加えて、将来目指す職種の資格取得も可能だ。子どもたちの個性や興味、そして可能性を最大限に伸ばすために行われている、教育の最前線に迫る。
子どもの頃の夢は実現できていますか?
「好きなことを仕事にしたい」これは誰もが子どもの頃に一度は考えることではないだろうか。実際に好きな仕事につき、夢を叶える人もいるだろう。しかし、大人になる過程で、「現実はそれほど甘くはない」、そう考えて自分が描いていた夢を諦めてしまった人は少なくないだろう。
今はインターネットで検索すれば欲しい情報はすぐに手に入る時代だ。それだけに「現実は厳しい」と少し冷めた大人のような目線で将来を考える子どもは、以前よりも増えたのかもしれない。
有名校に進学して、大学を卒業して、安定した企業に勤める。一昔前であれば、これが将来の確約された理想の選択肢であることに疑いを持つことはなかった。しかし、現在は違う。これまでの常識や当たり前とされてきたことが、あっさりとくつがえる時代なのだ。子どもたちはそれを想像以上に敏感に感じ取っている。
だからこそ、自分の将来に対して大きな不安や葛藤を抱える子どもたちは多い。激動の社会の中で、好きなことや自分がやりたいことが何かを明確にすることに、大きな抵抗があるのかもしれない。
そんな少し冷めた社会に一石を投じるかのように「好きなことと仕事を結びつける」ことを全力でサポートするという学校が存在する。それが、屋久島にある屋久島おおぞら高等学校である。
なりたい大人になるための学校
屋久島おおぞら高等学校は、屋久島にある広域通信制の高校である。全国に39のキャンパスを展開しているサポート校「KTCおおぞら高等学院」と提携し、教育活動を行っている。「なりたい大人になるための学校」をコンセプトに、ヘアメイクやダンス、声優、プログラミングなど、「みらいの架け橋レッスン」という通常の授業とは異なる独自のカリキュラムを多数用意しているのが特徴だ。
“少しでも興味があればまずは体験してみる”、ここでは机の上で勉強するだけでは、決して得ることができない経験をすることが可能である。様々なレッスンを通し、自分の個性や興味に合わせた、将来を見据えた体験や専門的な知識や技術を得ることができるのだ。
みらいの架け橋レッスン
座学だけでは得られない気付きや発見を、実際の体験を通じて得るKTCおおぞら高等学院オリジナルの授業。まずは挑戦してみることで、「楽しい」「もっとやりたい」「これは自分に合わないかもしれない」など、自分の知らない可能性に出合うきっかけになる。
ヘアメイク、声優、ネイル、ペットのトリミング、webデザイン、プログラミング、フラワーアレンジメント、ボイストレーニング、クッキング、ギター、アニメ関連、他スポーツ全般 etc.
※各種検定取得、面接対策、小論文講座など、開講内容はキャンパスにより異なります
最初から夢や目標を持っている生徒はもちろん、将来に対して漠然とした不安を抱えている生徒たちも、体験を通して自分たちの新たな可能性を探すことができる。
キャンパスを運営するKTCおおぞら高等学院の大澤泰明マネージャーに、入学前の生徒たちの様子について尋ねると、次のような答えが返ってきた。
「新しい環境に慣れるか、友人はできるか、勉強についていけるかなど、入学前の悩みは普通の高校生と同じです。好きなことを仕事にして生きていきたい、将来役に立つ資格や技術を身に付けたい、まだ明確ではないけれども将来の夢や目標を持って高校生活を送りたいなど、期待値の方が高いですね」(大澤さん)
「通信制×サポート校」だからできること
通信制と聞くと自宅学習のイメージは強い。また、これまでの通信制高校の多くは、自宅学習を中心としたカリキュラムが組まれていたため、入学しても卒業するまでの継続意識を保つのが難しいと言われてきた。
しかし、屋久島おおぞら高等学校は通信制高校ではあるものの、週1〜5日で登校スタイルを選び、自由に通学することが可能である。全国39か所にKTCおおぞら高等学院という指定サポート校があるため、自宅から近いサポート校に登校することで、友人やマイコーチと呼ばれる教師など、様々な人と関わりを持ちながら学校生活を送り、明確な目的やモチベーションを保って卒業を目指すことができる。
マイコーチ
生徒と1対1で向き合い、学習面だけでなく、より近い目線で喜怒哀楽を分かち合える存在。先生や教師という肩書に抵抗が生まれることもなく、将来の夢や不安を共有することができる。
「通常の全日制高校の生徒と教師の距離感に比べると、マイコーチと生徒の距離は近いと思います。ただ、その距離感はどの程度が適切なのか、時代や生徒によって異なるので、みな試行錯誤しながら日々努力しています。生徒同士は、年齢や生徒層に関係なく交流していますので、非常に良い経験になっていると思います」(大澤さん)
サポート校の存在は授業のカリキュラムにも大きく影響を与えている。みらいの架け橋レッスンをはじめ、通信制高校だけでは難しかったカリキュラムの多様性を生みだすことが可能となったからだ。そのため、生徒たちはそれぞれの高校生活の目的に合った学科を選び、より実践的な経験を積むことができる。
提携サポート校・KTCおおぞら高等学院にある学科は3つ。
進学か専門学校または就職など、将来についてこれから考えるスタンダード学科、高度な学習を受けて国立大学や有名私立大学への進学を目指すアドバンス学科、自分の将来や夢のために様々な専門分野の講師からレッスンを受けることができるみらい学科など、生徒の個性や興味、目的に合わせた学科が用意されている。
これまでの通信制のイメージとは大きく異なる、この「通信制×サポート校」というシステムは、従来の学校の枠に収まりきらない個性豊かな生徒たちにとって、魅力的な選択肢になると言えるだろう。
スタンダード学科
大学進学、専門学校入学、自分のやりたい職種への就職など、将来の目標が明確に決まっていない、またはこれから見つけていきたい人のための学科。通常授業や、みらいの架け橋レッスン、職場見学などの活動を通じて夢を具体化していくドリームクラフトなどを用意。通学スタイルは週1~5日の登校だが、少しずつ登校日数を増やしていくこともできる。
アドバンス学科
生徒の学力に合わせて、国立大学や私立大学への進学をサポートする学科。講師とリアルタイムでやり取りが可能なweb授業や、映像教材の充実などにより、基礎学習の定着や上級学年のカリキュラムを先取りするなど、自分にあったスタイルの学習法を選択できる。主な合格実績としては、京都大学、広島大学、筑波大学などの国立大学や、青山学院大学、早稲田大学、上智大学などの私立大学が挙げられる。
みらい学科
将来の夢や目標に向かって、専門的な知識や技術を身に付ける学科。「子ども・福祉コース」「プログラミングコース」「ビジネスマナーコース」「マンガイラストコース」「ネイルコース」の5つのコースがある。各コースを通じて、様々な資格や検定を視野に入れた、資格取得に有利な学科でもある。
ゴールから逆算ではなく、積み上げてゴールを目指す「KTCみらいノート」
生徒たちがなりたい大人になるため目標設定についても、KTCおおぞら高等学院ではユニークなアプローチを試みている。一般的に受験や仕事では「ゴール」から逆算して物事を考えることが大切であると言われているが、KTCでは無理やり「ゴール」から逆算して考えることはしない。なぜなら「将来どのような大人になりたいのか」「自分の好きなことは何だろうか」という問いに対して、入学時点では明確な答えを出すことができないからだ。
そのため、生徒たちは自分の将来や目標を見据えるにあたり「KTCみらいノート」というノートを使う。この「KTCみらいノート」は入学から卒業までの思い出や出来事、好きなことや興味のあることなどを生徒たちに積極的に書き込んでもらい、そのつながりや関係性から自分のやりたいことや好きなことが何なのかを自然と発見できるような仕組みになっている。
「KTCみらいノート」は『なりたいおとなになるために。』という書籍から生まれたツールといえる。そこには「周りに流されてゴールを無理やり明確にするのではなく、本当に自分のやりたいことを自分の力で気づくことが重要なのだ」というメッセージがこめられている。
ゴールを目指すのではなく、好きなことや興味のあることを経験していき、気がつけばいつの間にか「ゴール」にたどり着いている。答えのない社会の中で『生きる力』を育むためには、このような考え方は必要なのかもしれない。
「KTCみらいノート」
日記をつける要領で自分の「好き」を書き留めていくことで、自分がどのような大人になりたいかが自然と構築されていく。好きなことから連想されるイメージをまとめた「好きなこと連想マップ」や、好きなことを掘り下げて調べてみる「好きなことスクラップ」、素敵な大人に出会ったら特徴などをリスト化する「ステキな大人リスト」など、用途は様々。入学から卒業までのパートナーとなる1冊だ。
大自然の中で自己肯定感を育む「屋久島スクーリング」
おおぞら高等学校で体験できるカリキュラムとして最も特徴的と言えるのが「屋久島スクーリング」であろう。世界遺産である屋久島の大自然を通し、生徒たちが「自分は一人きりではない」という感覚を身につけることを目的とした体験ができる。年に一度、すべての生徒が屋久島に出かけ、大自然の中での特別活動や新しい仲間と多くの時間を共有するのだ。
このスクーリングは卒業の条件に含まれているため、参加は必須。もちろん中には参加に不安をもらす生徒もいるが、そのような生徒の方がスクーリングを通した成長は大きい。1日目は人と関わることが怖いと言っていた生徒が、帰る時には仲間と離れたくないと言って泣いてしまうこともある。5日間という短い期間ではあるが、この屋久島での体験を通した子どもたちの成長や変化のスピードは驚くほど早いのだという。
初めて屋久島を訪れた生徒たちにとって、この「屋久島スクーリング」は自分の新たな可能性を発見する、かけがえのない経験となるのだ。
屋久島スクーリング
KTCが掲げるホリスティック教育の中心として、年に一度、すべての生徒が屋久島に5日間滞在するスクーリング。自然との共生や他者との関わりを通じて、「自分はひとりではない」という気持ちを思い出すことができる。キャンパスや出身も異なる生徒同士の初めての出会いは刺激となり、協力して課題を進めることで生まれるコミュニケーションは、参加者を大きく成長させることができる。
屋久島おおぞら高等学校の想い
屋久島おおぞら高等学校は、生徒たちのゴールが高校卒業にあるとは考えていない。生徒たちが社会に出てからも「なりたい大人になるため」に、“自分の力で進みたい道を決められることこそが本当のゴール”だと考えている。だからこそ、生徒たちに対する教育への想いは強い。
屋久島おおぞら高等学校の教育について想いを尋ねると、大澤マネージャーは母体である中央出版グループの経営理念と絡め、次のように語った。
「中央出版グループの経営理念にPSS(Public Solution Support)という言葉があります。これは社会の課題を解決するためのお手伝いをすることにより、企業としての存在価値があるということです。屋久島おおぞら高等学校は設立当初、居場所を求めている子どもたちの受け皿になることを社会的な役割として考えていました。
しかし、試行錯誤を繰り返しながら学校を運営していく中で、学校がただの居場所としての受け皿になるというのは、3年間の時間稼ぎをするだけであり、かえって子どもたちのためにならないのではないか、と考えるようになりました。
高校卒業後、生徒たちは社会とどのように関わり、貢献していくのかを自分の力で考える必要があります。社会とつながり、生きるための力を身につける。そのための土壌としてのおおぞら高等学校であればと今は考えています。どのように社会に貢献していくのか、それを自分の力で導き出せる人材を社会に輩出し循環させていくこと、これこそが現在の私たちが担っている社会的な役割ではないでしょうか」(大澤さん)
大自然に囲まれ、友人やマイコーチをはじめとした多くの人とつながることで、自分の存在意義を見つけ、社会とのつながりや自己肯定感を育む。そして、異文化に触れ、多様な体験をすることで価値観が異なる世界を知り、自ら積極的に発信することで動く力が身に付く。
そんな教育に対する想いを抱きながら屋久島おおぞら高等学校は、自分の道に向かって一歩ずつ歩き出す生徒たちを、毎年送り続けてきている。
リアルな体験をしなくても様々な情報が簡単に手に入れられてしまう、そんな現代社会のなかで、子ども達の可能性を大きく広げ「なりたい大人になるため」のサポートをする。多くの人々の『育つ』力になること、これこそが屋久島おおぞら高等学校が担う役割なのだ。
「どんな形でもよいので、自分のなりたい大人になってほしい。そして、自分の後輩たちに、今自分はこんな大人になりましたって、いっぱい話をしてほしいですね」(大澤さん)