サンゴ礁保全の最前線 明かされつつある白化現象の謎

2018.10.9

社会

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サンゴ礁保全の最前線 明かされつつある白化現象の謎

写真/小池彩子(人物)

サンゴの「白化現象」が地球規模の問題に

今年は「国際サンゴ礁年」ということで、世界中でサンゴやサンゴ礁に関する取り組みに注目が集まっている。地球表面の0.1%に過ぎないサンゴ礁には、地球上の海洋生物の4分の1が生息しているという。多様な生物が生きていくために重要な役割を果たし、海岸の防波堤としての機能も有するサンゴ礁だが、近年、その存在が脅かされている。

原因は、水温上昇、水質汚染、オニヒトデによる食害、台風の波浪による破壊などが考えられているが、大規模な「白化現象」は取り分け大きな問題とされながらも、その白化のメカニズムや原因は、まだ完全に解明されていなかった。そんななか、2005年から三菱商事が行う「サンゴ礁保全プロジェクト」において、その謎の解明に迫る明るい兆しが見えてきたという。プロジェクトに参加する研究者たちに、サンゴ礁保全の最前線を聞いた。

白化現象

サンゴと共生する「褐虫藻」という植物プランクトンが、温暖化による海水温上昇や汚染などのストレスで、サンゴ体内で縮小あるいは透明になり、色素を失うことによりサンゴの“骨格”の炭酸カルシウムの白色が透けて見えること。

 

長い間、白化は褐虫藻がサンゴから逃げて外に出ることと考えられてきたが、外に出るのはサンゴ体内の1%にも満たない細胞数であることが、本プロジェクトで明らかになった。サンゴ体内の褐虫藻は正常な状態で1平方センチメートルあたり200~500万細胞数おり、そのうち水温上昇による白化で外に出るのは1平方センチメートルあたり数百から数千細胞数と限られる。体内で縮小等により減少するのは100~400万細胞数で大多数を占め、また、数十万~100万程度の高水温に耐性のある正常な褐虫藻が生存していることも明らかにした。

 

白化したサンゴはしばらく生きられるが、褐虫藻が少ない状態が長期間続くと栄養不足に陥り死滅していく。

褐虫藻(かっちゅうそう)

サンゴが体内に取り込んでいる微細藻類。サンゴとは共生関係にあり、宿主であるサンゴが代謝した二酸化炭素によって光合成を行い、光合成産物をサンゴに戻すことでサンゴが必要とする栄養のほとんどを供給する。サンゴそのものにはほとんど色がなく、色として見えているのは褐虫藻の色。水温上昇などによってサンゴが体内で褐虫藻を失う(色素を失う)と白化する。

白化したサンゴ(沖縄・波照間島)

「産・学・民」が連携する三菱商事の「サンゴ礁保全プロジェクト」

2005年に「サンゴ礁保全プロジェクト」をスタートさせた三菱商事。同社の創立50周年記念事業として、世界のサンゴ及びサンゴ礁を守るための活動に対し、財政的な支援や社員ボランティアの参加を実施している。

これまでにアメリカのミッドウェー環礁国立自然保護区で研究を行ったほか、現在では、沖縄、インド洋の真珠とも称されるセーシェル共和国、オーストラリアのグレートバリアリーフの3拠点で研究活動を行う。

沖縄プロジェクトでは、日本サンゴ礁学会前会長で静岡大学特任教授の鈴木款氏をリーダーとする研究者たちの下、三菱商事の社員ボランティア、国際環境NGOアースウォッチ・ジャパンが募集する市民ボランティアが年2回研究調査活動に参加し、協働で研究を進める形をとっている。プロジェクトリーダーの鈴木款特任教授は、プロジェクト開始の経緯とその目的をこう語る。

「三菱商事からのリクエストは、できるだけ“研究”を中心に活動してほしいというものでした。そこで、サンゴの白化現象のメカニズムを、これまでの常識にとらわれずに解明していくことになりました」(鈴木款特任教授)

まだ謎に包まれているサンゴの生態に、しっかりとした科学的な裏付けがある形で保全に向かっていかなければ意味がないという考えが一致した結果だ。

サンゴの白化現象に関するある誤解

では、プロジェクトを開始してからこの10数年でどのような成果があったのだろうか。鈴木款特任教授と同じく最前線でサンゴ研究に携わる、静岡大学のカサレト・ベアトリス・エステラ教授はこう語る。

「スタートした当時は、白化現象のメカニズムはほとんどわかっていませんでした。私たちだけではなく世界中が、です。それが今では細胞レベルで解明され、私たちの研究は世界中でインパクトを与えるまでになりました。このプロジェクトを通して、誰もやってこなかった新しいことを、私たちの考えとやり方でできたことは大きな成果と考えています」

左がカサレト教授。

教授たちはこれまでに、サンゴの移植や植え付けで失敗してきた例を見てきた。プロジェクトを真の意味での保全につなげるには“そこで何が起こっているか?”をまず理解しなければいけない。だからこそ、サンゴは何を食べ、どうやって育つのか? どんなストレスがあるのか? どうしたらそのストレスをとれるの?など、細かい一つひとつの疑問を解決する方法で研究を進めてきた。そのなかで、サンゴの白化現象についてわかってきたことがあるという。

「このまま水温上昇が続けばサンゴの白化が進み、地球上のサンゴはなくなってしまうと思われがちですが、そうではなく、サンゴ自身が持つ免疫力で“白化と戦う”ことができることがわかってきました」(カサレト教授)

カサレト教授によると、そもそもサンゴの白化そのものはそれほど悪いことではなく、サンゴの生態においてごく自然なプロセスとして起こるもの(サンゴの防御反応)だという。また、白化するサンゴと同じ場所にも、元気に生き続ける強いサンゴ“スーパーコーラル(Super Coral)”が存在するのだ。

遺伝子的に弱いもの、強いものがおり、株ごとに共生する褐虫藻が違っていたり、違いはさまざま。外見を観察するだけでなく、個々の中身まで調べることが重要だと教授たちは口を揃える。

われわれがサンゴにできること

サンゴの中には白化を推進するバクテリアがいることもわかり、さらに、そのバクテリアを消滅させるウイルスも見つかっていて、白化現象に対する治療方法はある程度可能なレベルにまで来ているという。

また、サンゴの活性酸素を減らすことも重要だとカサレト教授。“餌をやること”と“活性酸素を減らすこと”、この2つが実現できれば、サンゴにとって過酷な環境でも生き残れるということがわかってきた。

「例えば、非常に小さなナノカプセルにビタミンを入れてサンゴに与えられるような新しい技術ができれば、弱っているサンゴをサポートできます。その方法が確立できれば、より科学的なベースに基づいた保全活動ができるようになるでしょう。それがこのプロジェクトの次なる目標です」(鈴木款特任教授)

プロジェクトでやろうとしているのは、サンゴが持っている能力を強化する手助けをすることであり、人工的に何かをしようということではない。必要以上に手を加えることは、下手をするとサンゴを取り巻く海の生態系を壊すことになりかねないからだ。

「スーパーコーラルはすばらしい遺伝子を持っており、その遺伝子が残っていくことで強いサンゴが増えると私たちは確信していますが、一方で弱いサンゴを見捨てずに強くしてあげることも重要。あまり大げさなことをしなくても少しだけサポートすることができれば、サンゴを救うことができると信じています」(カサレト教授)

プロジェクトが導き出したサンゴ礁保全は、われわれがイメージするそれとは少し違うようだ。プロジェクトに参加する中井達郎氏(国士舘大学非常勤講師)も、「サンゴ礁保全はさまざまな視点での研究があり、単にサンゴを移植すれば解決するようなものではありません。地形学・地理学としても周囲への影響を考えながら、サンゴ礁の地形など、サンゴの生態系を守る活動に取り組んでいく」と語っている。

現段階のプログラムの最終目的は、“白化のメカニズムの解明と、白化を回復するための方法を確立すること”。大事なのは、その成果を共有し、世界中のサンゴ礁保全の取り組みに役立ててもらうことだ。

「このプロジェクトを始めてから、私が何度も伝えてきたフレーズがあります。それは“見えない世界が見える世界を支える”。バクテリアやウイルスといった私たちのミクロの研究が間違いではなかった。今やっと、それが正しかったと胸を張れるようになりました」(鈴木款特任教授)

今年で14年目となる三菱商事の「サンゴ礁保全プロジェクト」だが、これだけ長く続けてこられたのは「三菱商事の支えがあったからこそ」と鈴木款特任教授。

「助成金によるプロジェクトは3~5年程度が多いなか、10年以上続いているこのサンゴ礁保全プロジェクトは、研究する側としてはきちんとした計画と成果を出すことができる大変ありがたいプロジェクトです。その上、ボランティア支援者が研究調査活動の一部を支えてくれることもありがたいです」(鈴木款特任教授)

ボランティア活動は現地での研究・調査のサポートが中心。

長い時間軸のなかで白化現象の意味を考える

今年は、世界中の人々がサンゴの素晴らしさや大切さに理解を深め、一人ひとりができることを考えようという世界規模のキャンペーン「国際サンゴ礁年」にあたる。国際サンゴ礁イニシアティブ(ICRI)が定めているもので、前回の2008年に続いて今回で3回目。三菱商事は国際サンゴ礁年のオフィシャルサポーターでもある。

三菱商事の担当者は、「社員も一般市民も、先生たちの研究のお手伝いをしながら意識を変えていく。草の根運動ですけれど、参加者が家族や友達にその内容を話すことで、環境問題への関心が広がっていくことが、ボランティア参加を継続させる狙いなんです」と語っている。

各地でさまざまなシンポジウムやイベントが行われている今回の国際サンゴ礁年について、鈴木款特任教授は次のように語る。

「今までとは違って世界中でポジティブなイメージの明るいサンゴ礁年にすることが大事です。サンゴはカサレト教授が話したように、ただじっと死を待つ生物ではありません。長い時間軸の中でサンゴを見ると、一生懸命適応して生き残ろうとする生き物であることは一目瞭然。

何十億年という歴史があるサンゴがなぜ生き残ってこられたのか? それはサンゴ自身に生き残ろうとする意志があるからです。サンゴの生きようとする闘いを支援する科学的な研究が必要です。それが、サンゴ礁保全で重要なこと。このプロジェクトは、その意味で象徴的です」(鈴木款特任教授)

サンゴの白化現象は、自然環境のさまざまな変化に適応にしてきたサンゴの長い歴史の中でのひとつのプロセスであり、適応しようとする姿なのかもしれない。研究の成果は出つつあるが、サンゴを救う活動はまだ始まったばかり。この希望を絶やさぬよう、一人ひとりが正しい認識を持ち、真摯に、保全に取り組み続けることが大切だ。