2020年東京オリンピック・パラリンピック(東京五輪)があと半年と迫ってきた。一部の競技の開催場所が札幌に移されるなどしたが、東京都民としてぜひとも楽しみたいし、無事に成功することを願っている。一方、以前ニュースで東京五輪の際に何を心配するかとのアンケートを見たが、暑さと混雑・渋滞と同じくらいに、テロを懸念する声が多かった。しかし、「テロって何か漠然としてる」というイメージが強いのではないだろうか。ここでは、そもそもテロって何なのか、東京五輪ではどんなテロの可能性があるのか、について簡単に書いてみたい。
テロの定義とは? 何が、どこからがテロ?
まず、テロとは何だろうか。筆者は長年、国際テロリズムの動向を研究しているが、実はテロについて統一的な定義はいまだに存在しないのだ。国際会議や日本の学会でもこれについて議論しているが、満場一致の定義なんてない。
辞書やWikipediaでもすぐに出てくるが、一つにテロは、「自らの政治的、宗教的な主張・主張を達成する手段として暴力を用い、社会に恐怖や不安を与える行為」といえるだろう。もちろんこれに皆が同意するわけではない。しかし、重要なのは、テロの統一的、厳格な定義作りに全力投球するのではなく、テロを“必要最小限の範囲”でくくることだと筆者は考えている。
昨年も専門家とともにテロのくくりについて議論をしたが、おそらく、大多数の専門家が「自らの政治的、宗教的な主張・主張を達成する手段として暴力を用い、社会に恐怖や不安を与える行為」をテロとするだろう。
一方、最近猛威を奮っている中国発祥の新型コロナウイルスを“バイオテロ”、はたまた巷では“飯テロ”なんて呼ぶことがあるが、当然ながらこれらはテロには入らない。本来、テロとは政治的動機に基づくもので、テロという言葉の過剰な使用は、必要以上の混乱や恐怖を社会に与える恐れがあるものだ。ただでさえテロに敏感な今日において、テロという言葉は必要最低限に、最小公倍数的にくくられ、慎重に使用される必要がある。
よって、世界で発生するイスラム国やアルカイダなどイスラム過激派のテロは、大規模な国際テロという暴力でくくられるが、例えば、近年発生した川崎市登戸無差別殺傷事件、相模原障害者施設殺傷事件、原宿竹下通り車暴走事件などは、被害や社会的影響としては大きいものの、テロかどうかは極めて微妙で、議論が分かれるところだろう(筆者は上記のような考えで、テロにはくくっていない)。
東京五輪でのテロリスクは?
次に、東京五輪ではどんなテロが考えられるか。まず9.11以降、国際テロの世界で議論されるアルカイダや「イスラム国」などが東京五輪でテロを実施する可能性は低い。
確かに、オリンピックは世界の人々の注目が集まり、テロ組織にとっては絶好のチャンスであり、過去にイスラム過激派が「日本はアメリカの同盟国だから敵だ」と宣言したことはある。だが、彼らの主義・主張、毎回の声明やテロ事件を追ってくると、日本への意識はかなり低い。彼らの敵は欧米やイスラエル、中東政府であって、これまで日本人が被害に遭った事件も、日本人だから狙ったというより、捕まえたら日本人だったので政治利用したとみるべきだろう。
それに、彼らが好むような対立や環境は日本には無いに等しく、必要以上にイスラム過激派と東京五輪を結ぶつける必要はない。
また、イスラム過激派と関連して、最近アメリカとイランの対立が激しくなり、中東を中心に世界各地にある親イラン組織による米権益へのテロを懸念する声も聞かれるが、東京五輪を考えた場合、こういった親イランの組織が東京五輪でアメリカ選手団やアメリカ大使館を狙うことも考えにくい。長年、日本とイランは友好関係にあり、アルカイダや「イスラム国」同様、もしもテロを実行した時の代償は十分に想定できる。
注視すべきは白人至上主義などの極右グループ
一方、近年の国際テロ情勢では、白人至上主義やネオナチなど極右グループのグローバル化が懸念されている。昨年3月、ニュージーランドでイスラム教徒ら50人以上が無差別に銃殺される白人至上主義によるテロ事件があったが、同様のテロ事件がアメリカやノルウェー、ドイツなどで相次いで発生し、国際的に連帯感を強めつつあるのだ。
決して可能性は高くないが、こういった極右グループや過激主義者への国際的な監視は、イスラム過激派に比べると明らかに手薄だ。新たな特徴として、日本としてはこういった白人至上主義者が、五輪最中にイスラム諸国の選手団などへテロを行わないかをもっと意識する必要がある。
外国での対立が日本に持ち込まれるリスクも
簡単ではあるが、昨今の国際テロ情勢で主に議論されるテロについて取り上げ、東京五輪でのリスクについて簡単に紹介した。
最後に、国際テロ情勢から東京五輪を考えるにあたり最も重要なのは、外国の紛争や内戦、宗教対立や民族対立などの構図が日本に持ち込まれるリスクである。これは、防衛大学校の宮坂教授が専門雑誌「月刊インテリジェンスレポート(2019年6月)」に詳しく言及していたが、東京のトルコ大使館前でも2015年10月、トルコ総選挙をめぐりトルコ系とクルド系の日本在住者たちが衝突する事件があった。
世界では紛争や対立が絶えない。これはトランプ米政権以降の情勢も見ても明らかだろう。東京五輪には世界中から選手や応援団がやってくる。今年の夏に世界ではどんな国家対立、宗教対立、民族対立が生じ、それがどんな場合に開催中のリスクに繋がるかを意識することは極めて重要であると考える。
とのべん
テロのことについてよく理解できる良記事。
安全保障分野で和田先生は若手のホープとして有名だが、ここにも執筆されていましたか。
2020.2.19 13:49