資金調達できないのに…ユニコーン企業がダイレクトリスティング(直接上場)する理由

2020.1.30

経済

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資金調達できないのに…ユニコーン企業がダイレクトリスティング(直接上場)する理由

2019年6月20日にNY株式市場へ上場したSlackの共同設立者、Cal Henderson(左)とStewart Butterfield 写真:AP/アフロ

2019年6月、ビジネス対話アプリ「slack」を手掛けるスラック・テクノロジーズがダイレクトリスティング(直接上場)という手法で株式の新規上場を果たしたことが話題になった。通常のIPOとは異なり、ダイレクトリスティングに資金調達のメリットはないのだが、昨今、グローバルな株式新規上場のトレンドのひとつになりつつある。なぜ、著名なベンチャーたちはダイレクトリスティングを選ぶのだろうか?

海外の著名なスタートアップが次々と選択する「直接上場」とは?

音楽ストリーミングサービスを手掛けるスウェーデンのスポティファイ・テクノロジーが2018年3月に実施したのに続いて、ビジネス対話アプリを手掛ける米スラック・テクノロジーズは2019年6月に「ダイレクトリスティング」と呼ばれる手法でニューヨーク証券取引所に株式の新規上場を果たした。民泊仲介の世界大手である米エアビーアンドビーも、2020年内に同じ手法で上場を目指していると報道されている。

ダイレクトリスティングを直訳すると「直接上場」で、通常の上場手法であるIPO(Initial Public offering[新規公開売り出し])とは違い、新たな株式(新株)の発行(売り出し)を行わない。つまり、発行した新株を新たな投資家に購入してもらって資金を調達することは望めないわけだ。

多くの企業は知名度や信用力の向上とともに、資金調達を目的に株式の新規上場を実施している。にもかかわらず、グローバルに著名なベンチャー企業が相次いでダイレクトリスティングを選択するのはなぜなのだろうか?

企業側にとっては、費用や手間、時間を大幅に節約できるが…

ダイレクトリスティングのメリットとして第一に挙げられるのは、上場にかかる費用と手間を抑えられることだろう。通常の新規上場(IPO)では、発行した新株の販売を引き受ける主幹事証券会社などに手数料を支払うが、それが無用となる。

また、ロードショーというプロセスも割愛できる。ロードショーとは、新株を発行して資金調達を行うに際し、その企業の経営陣が主要な機関投資家を訪問して事業内容や今後の成長戦略などに関するプレゼンテーションを行うというものだ。

主幹事証券はロードショーに参加した機関投資家から企業価値(妥当な株価)に関するフィードバックを受け、それをもとに公募価格(売り出し価格)の条件(ブックビルディング仮条件価格帯)が定められる。とはいえ、企業の経営陣にとってはかなりの手間となる。

ダイレクトリスティングならこのような費用や手間、時間を大幅に節約できるのだが、先述したように「資金調達は不可能」というデメリットがあることも確かだ。言い換えれば、この手法の上場を選択する企業は、資金面には特に困っていないということになる。

既存の株主のために「株式の希薄化」を防いで“出口”を作る

だとすれば、「そもそも株式を上場する意味があるのか?」という疑問も生じてくるだろう。だが、かねてからその企業に手を差し伸べてきた既存の株主にとって、ダイレクトリスティングは大いに妙味のある話なのだ。

有望なスタートアップには、いち早くベンチャーキャピタルなどがこぞって出資を行っているものだ。通常の上場(IPO)は新株の発行を伴うため、そういった既存の株主は“株式の希薄化”という不利益を被ることになる。

“株式の希薄化”とは、発行数が増えることによって1株当たりの価値が低下してしまう現象を意味する。株価は【企業価値÷発行済み株式数】で決まり、新株の発行で分母だけが大きくなると、下落を避けられないわけである。

しかも、ダイレクトリスティングなら既存の株主は上場とともにすぐさま保有株を売却して、リターン(投資成果)の回収を行える。通常の上場(IPO)ではロックアップ(既存の株主の株式を売却できない期間)が設けられるが、ダイレクトリスティングにはそれが無いのだ。

こうしたメリットは、ベンチャーキャピタルなどの外部出資者だけにもたらされるものではない。その企業の創業者や従業員も、自分たちの保有株をすぐに売却して個人的な資産を築くことが可能となる。

ユニコーンがほとんど生息しない日本ではレアケースとなるか

スポティファイ・テクノロジーやスラック・テクノロジーズはグローバルにその名を知られた巨大スタートアップであり、いわゆる「ユニコーン」だった。ユニコーンとは、創業してからの10年以内に企業価値が10億ドル以上に達した未上場企業のことを意味する。

つまり、ベンチャーキャピタルなどがその企業価値を高く評価し、早い段階から巨額の出資を受けてきたわけだ。こうして未上場時から既存の投資家から手厚く支援されてきたる企業にとって、ダイレクトリスティングは“出口”を設けるという恩返しの行動であるとも受け止められる。

では、この手法は日本でも流行しそうなのか? 近年はベンチャーキャピタルなどが将来有望なスタートアップへの資本参加を積極化しているものの、日本にはユニコーンがほとんど存在していないのが実情である。

結局のところ、「特に資金調達は求めていない」という上場案件は激レアと表現しても過言ではないわけだ。過去には日本の株式市場でも杏林製薬(現キョーリン製薬ホールディングス)のようにダイレクトリスティングを実施したケースは存在しているものの、「創業家による保有株の市場放出」だけがその理由で資金調達の必要性はなく、かなりの異例だったと言えよう。

上場後は強烈な売り圧力に晒されるが、割安で仕込む好機にも!?

さらに言えば、いくら恩返しだったとしても、ダイレクトリスティングを選んだ企業は上場後に強烈な株価の下落圧力と対峙することになる。既存の株主から大量の売りが飛び交うなかで、それを上回る買い手が出てこなければ株価の上昇は見込めない。

現にスラック・テクノロジーズの株価は下落の一途を辿っており、一時は最高値の半値以下まで売り込まれていた。「少なくとも、上場直後に手を出すのは控えておこう」と考える買い手(新たに株主となることを検討している投資家)が大勢を占めたとしても、まったく不思議はないだろう。

ただ、真の有望企業であれば、このような需給関係のなかで不当に割安な水準まで株価が低下していたとしたら、そこは絶好の仕込み時であるとも受け止められる。売りの嵐が過ぎ去り、その企業の利益成長が顕在化してくれば、株価が上昇に転じる可能性はある。