経済安全保障と台湾問題の狭間で 新たな時代の日中首脳会談

写真:新華社/アフロ

政治

経済安全保障と台湾問題の狭間で 新たな時代の日中首脳会談

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2022年11月中旬、岸田文雄首相は訪問先のタイで中国の習近平国家主席と対面ではおよそ3年ぶりとなる日中首脳会談を行った。岸田首相は中国船による尖閣諸島への領海侵入に加え、今年8月のペロシ米下院議長の台湾訪問の際に中国が日本の排他的経済水域(EEZ)を含む日本近海に弾道ミサイルを発射したことなど、中国の日本周辺での軍事活動について強い懸念を伝えた。

一方、両者は建設的で安定的な日中関係の発展に向け、首脳レベルから事務レベルに至るまで緊密に意思疎通を取っていくことで一致し、偶発的衝突を回避するために防衛当局者が連絡を取り合うホットラインの早期設置、外務・防衛当局の高官による日中安保対話などを進めていくことを確認した。

日中会談では、習国家主席も日中関係が今も昔も重要であることは変わりがなく、新しい時代の要求にあった日中関係を構築したいと言及した。また、岸田首相は中国で実施されるゼロコロナ政策の緩和も呼び掛けたとされる。今回の日中会談から、どのようなことが言えるのだろうか。ここでは2つを挙げてみたい。

双方にとって重要な貿易相手

まず、米中対立の狭間で難しい舵取りを余儀なくされ、台湾有事では日中関係の悪化が想定されるなか、今の時点で日中双方の指導者が会談し、しかも日中関係の重要性を共有し、未来志向的な方向性で一致できた政治的意義は大きい。

近年、日中関係の冷え込みが指摘されるが、現在でも日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、日本企業の脱中国化は脱ロシア化とは比較できないほど難しいのが現状だ。また、中国に進出する日本企業関係者の間でもチャイナリスクへの懸念が拡大しているが、関係悪化のエスカレートを和らげる意味でも今回の会談には少なからず意義があろう。

米中対立が深まり、国内経済の成長率も鈍化するなか、習政権としては日本との経済関係を維持するだけでなく、サプライチェーンなど経済安全保障の視点からも日米をデカップリングさせたい狙いもあろう。その観点では、日本にとってだけでなく、中国にとっても日本は重要な貿易相手である。

台湾問題次第で日中関係の悪化も

一方、今回の会談では台湾問題で大きな亀裂があることが改めて浮き彫りとなった。習国家主席は会談で台湾問題は中国の政治的基盤にかかわるものであり、いかなる者もいかなる理由であっても中国の内政に干渉することは許されないと岸田首相に伝えたという。

蔡英文政権になって以降、中台関係は悪化の一途を辿るだけでなく、同政権がアメリカやオーストラリア、フランスやエストニアなど欧米各国と関係を密にすることで、中国の台湾への不信感はこれまでになく強まっている。今年8月はじめには、米ナンバー3とも言われるペロシ米下院議長が台湾を訪問して蔡英文総統と結束を誓ったことで、中国は報復として台湾を包囲するような軍事演習を活発化させ、複数のミサイルを発射するなどした。中国軍機による中台中間線超えや台湾離島へのドローン飛来なども激増し、台湾を取り巻く緊張はこれまでになく高まっている。

10月の共産党大会で習国家主席は台湾統一は必ずできると自信を露わにした。そして武力行使も辞さない構えを示し、“台湾独立に断固として反対し、抑え込む”ことが党規約に盛り込まれた。ゼロコロナ政策で中国市民の北京への不満が高まるなか、習政権3期目は台湾問題でこれまで以上に強気の姿勢を貫く必要性に迫られている。

台湾問題で蔡英文政権やバイデン政権に強気の姿勢を示すことで習政権への不満や批判をそらし、ナショナリズムを高揚させる戦略を取る可能性もあろう。仮に有事となれば、アメリカの軍事同盟国である以上、日本は中国と対立軸で接することになり、日中関係の悪化は避けられそうにない。しかも今まさに台湾問題が米中、日本台湾の間で最も大きな問題になっており、この問題が日中関係全体を雷雲で覆う潜在的リスクがある。

台湾問題で日中関係が悪化すれば、偶発的衝突を回避するために防衛当局者が連絡を取り合うホットラインの早期設置、外務・防衛当局の高官による日中安保対話などの動きが一気に停滞することになろう。今後の日中関係において、双方とも関係悪化を最大限避ける道を基本的には歩むことだろう。しかし、台湾など片方がもう一方の地雷を踏むことになれば、関係悪化を回避するための努力は一気に水の泡になる恐れがある。われわれはその潜在的リスクを常に把握する必要がある。