岸田文雄首相が年明けの記者会見で表明した「異次元の少子化対策」の議論が熱を帯びてきた。与野党はこぞって児童手当の所得制限撤廃を主張。対象年齢の引き上げや第2子以降への増額案なども取り沙汰されている。ただ、4月の統一地方選に向けた“有権者受け”狙いの側面も強く、財源をどうするかなどの課題は置き去りにされたままだ。
出生率は80万人を割り込む
「次元が異なる子ども、子育て政策を進め、日本の少子化トレンドを何とか反転させたい」。岸田首相は2月20日に開いた「子ども政策の強化に関する関係府相会議」でこう意気込んだ。
背景にあるのはコロナ禍でさらに加速した出生率の低下だ。人口に対して生まれた子どもの数を表す合計特殊出生率はここ十数年、1.3~1.4%台で推移してきたが、2021年は1.30%に低下。1年間の出生者数は81.1万人で過去最低を更新し、2022年はさらに80万人を割り込み77万人台になる見通し。出生率は同じく少子化に悩む韓国やシンガポールを上回るものの、フランス(1.83%)、アメリカ(1.71%)、イギリス(1.68%)など欧米各国と比べると大きく見劣りする。
少子化は経済成長率を引き下げるほか、年金や医療などの社会保障制度の根幹を揺るがす大きな問題。新型コロナウイルス対策などの陰に隠れてここ数年はあまり注目されていなかったが、岸田首相が唐突に「異次元の少子化対策」を打ち出して一気に政界の注目の的となった。その中核となるのが児童手当の拡充である。
所得制限に議論 児童手当制度の変遷
そもそもさかのぼると子育て資金の支援を打ち出したのは民主党政権だ。政権を奪取した2009年の衆院選マニフェスト(政権公約)に所得制限のない月額2万6000円の「子ども手当」支給を明記。しかし、野党だった自民党から「バラマキ」との批判を受け、財源も確保できなかったことから満額支給を断念。いったんは月1万3000円に縮小して支給したが、東日本大震災が起きると子ども手当の継続を断念して元の児童手当に戻した。その際、自民党などの主張に沿って所得制限が盛り込まれた。
現在の児童手当は3歳未満が一律で月1万5000円、3歳以上で小学生までは第1子・第2子が1万円、第3子以降が1万5000円、中学生が一律1万円。所得制限は家族構成によって異なるが、夫婦と子ども2人の場合、世帯主年収が960万円で月5000円に減額し、2022年10月からは1200万円を超えると5000円の特例給付すら不支給となった。欧米諸国などではすべての子に支給している例が多く「親の年収で子どもを差別すべきではない」との批判が根強くあった。
元は自民党が主張して導入された所得制限だったが、自民党の茂木敏充幹事長は「反省する」と謝罪。「時代の変化に応じて必要の政策の見直しを躊躇なく行う」と弁明し、所得制限の撤廃を打ち出した。自民党内には多子世帯への支援強化に向けて第2子は3万円、第3子以降は6万円に増額すべきだとの声もある。
自民党と連立を組む公明党も統一地方選の重点政策に「所得制限の撤廃」と「18歳までの対象拡大」を明記。国民民主党は1月31日に子どもに関する公的給付の所得宣言撤廃を盛り込んだ法案を参院に提出し、立憲民主党と日本維新の会も2月20日に所得制限の撤廃を盛り込んだ児童手当法改正案を衆院に共同提出した。まるで手柄の争奪戦といった様相だ。
実際に所得制限を撤廃すると追加の経費は年1500億円程度とみられ、財源のねん出は難しくない。しかし、18歳まで引き上げると4000億円程度、第2子以降の支給額を増額すると数兆円規模の財源が必要になるというが、政府・与党内から財源をどう確保するかといった具体策は聞こえない。
政府の中でも「規模ありき」
岸田首相は2月15日の衆院予算委員会で「家族関係社会支出は2020年度でGDP比2%を実現した。さらに倍増しよう」と明言。宣言通りだと新たに数兆円の財源が必要になるが、松野博一官房長官は17日の予算員会で「どこをベースとして倍増するかはまだ検討中」と軌道修正した。政府の中でも「規模ありき」の議論が先行していることの証拠だ。財源の裏付けがないまま支給規模の議論ばかりが先行すれば民主党政権のように掛け声倒れになりかねない。防衛費増額なども取り沙汰されるなか、どういう予算を削ったり、国民の負担を増やしたりして、その税源を何に充てるのか。丁寧な議論と国民への説明が必要だ。
少子化対策の中身として経済的支援の強化ばかりに議論が集中していることにも懸念の声がある。岸田首相が打ち出している少子化対策の柱は、
- 児童手当などの経済的支援強化
- 保育士の処遇改善や産前・産後のケアなど、幼児教育や保育のサービス拡充
- 働き方改革の推進
――の3つだが、経済的支援強化以外の具体論は見えてこない。ほかにも未婚化の問題にもっと取り組むべきだとの声もある。
少子化対策の強化自体に異論はない。ただ、選挙を前に有権者受けを狙った“バラマキ”ばかりが政治家によって流布され、裏づけとなる財源の議論がおろそかになったり、費用対効果の算定が甘くなったりすれば、結局は少子化は解消せず、国民負担が増すだけの結果になりかねない。