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「100年後もお酒と社会がいい関係でいるために」アサヒビールの社会課題解決

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飲める人も、飲めない人も楽しめる飲み方、スマートドリンキング、通称「スマドリ」は、いまや社会に定着しつつある。そのスマドリを提唱したアサヒビールがスマドリと同時並行的に進めているのが「責任ある飲酒」を推進するレスポンシブルドリンキング、通称「レスドリ」で、2024年9月には推進する組織も立ち上げた。お酒の魅力を拡大し、販売につなげることが使命であるビール会社がなぜ、「責任ある飲酒」に力を入れるのか。レスポンシブルドリンキング部の泉崎敦信部長に話を聞いた。

レスドリが健康課題を解決

レスポンシブルドリンキング部の説明の前に、そもそも日本で今、どれくらいの人がお酒を飲んでいるのかご存じだろうか。

「ざっくりいうと、現在20歳以上の方が約9000万人いるのですが、そのうち習慣的に飲酒している方が2000万人。たまに飲む方たちが2000万人。まったく飲まない方が5000万人といった割合です」と泉崎氏はいう。

レスポンシブルドリンキング部 泉崎敦信部長

飲酒者が想像よりも少なく、想像以上に減っている。確かに、若年層があまりお酒を飲まなくなったとはよく聞くし、なかには「ソバキュリアン」と呼ばれる、あえてお酒をあえて飲まない人たちの存在も耳にする。しかもこの傾向は日本だけでなく世界的なものらしい。

お酒を飲む人が減っていく状況のなかで、飲酒に対してブレーキを踏むような施策を行う理由について聞くと、「もちろん、ビール会社として飲んでいただきたい思いはありますが、健康障害につながるリスクもあると言われていますので、メーカーとしては、適量で健康を損なうことなく、長くお酒とお付き合いいただくことが、結果的に企業の持続可能性につながり、何より、お酒に対するネガティブなイメージを持たれることもありません。スマドリがまさにそうですが、飲める人も、飲めない人も楽しめるような社会を実現していこうとしていますし、同時に、アルコールによる健康課題に取り組むこともまた、お酒と社会のいい関係を実現するためには不可欠と、我々の部が新たに組織されたのです」。

レスドリ部立ち上げの一つの理由となった健康問題とは、多量の飲酒が高血圧などの生活習慣病を引き起こす要因になっていることだ。多量飲酒者の定義は、1日に摂取する純アルコール量が平均男性で40g、女性で20gを超える量。その量を超える飲酒者は、厚生労働省の調査によれば成人人口の12%前後、約1000万人と言われている。その割合を国としては10%にしたいと考えており、数にして200~300万人減らそうとしている。また、WHO(世界保健機関)も、お酒を悪とはしていないものの、有害な使い方、つまり多量の飲酒に懸念を抱いており、アサヒビールをはじめとする酒類メーカーにとっては、この健康問題に向き合う必要があった。もちろん、これまでも飲酒の危険性など、お酒のリテラシーをあげるセミナーなどは開催してきたが、より本格的にと、わざわざ部署まで立ち上げたのだ。こうしたミッションを携え生まれたレスドリ部の活動は大きく2つある。

ひとつがこの多量飲酒者を減らす活動だ。そして、もう一つがお酒のリテラシーを上げるための啓発活動。主に企業や自治体、大学でセミナーや講演会を開催している。具体的にはどのような活動を行っているのか、泉崎氏に聞いてみると、「飲み過ぎの方に対して飲酒量をコントロールしていただく活動については、医療機関や企業と一緒に、例えば検診後の保健指導でノンアルコール飲料、『ドライゼロ』とか『アサヒゼロ』といった商品を配って、飲酒量をコントロールしようとしています。これまでは禁酒や減酒をしてください、休肝日をつくってください、と言ってきましたが、筑波大学との共同研究で、家にノンアルコールドリンクを置いておくと、それだけで減酒できる研究成果があるので、保健士の方にノンアルコールをうまく使って、飲み過ぎの方の飲酒量をコントロールしてもらう活動を行っています」。

そんなにうまくいくのかと思ってしまうが、筑波大学との共同研究の結果では、6割が置き換えに成功したという。その裏には、例えば、ノンアルコールビールの質の向上がある。昔は、ノンアルコールビールといえば美味しくないという意見が多かった。しかし今は、一度ビールをつくり、それからアルコールを抜いてノンアルコールビールをつくるなど、テイストは変わらず、正直、飲み応えも変わらない。さらにいえば、2020年にはじまったスマドリに合わせて「飲む選択肢を増やしていこうと、ノンアルコールのドリンク類も増やしましたし、ローアルコールの酎ハイやビールも出しています。こうした商品を使って、うまく消費者の皆さんに賢い選択をしていただこうとしています」。これも、アルコール量を調整するためだ。その結果、ノンアルコール飲料に対するネガティブな意見は減ったという。

先んじてやるのがトップメーカーの矜持

もう一つ人気なのが、「飲酒量レコーディング」のアプリ。減酒しようにもまずは自分の飲んでいる量を知らねばならない。当初はお酒を楽しむコンセプトでつくったが、今はどちらかといえば、お酒の量をコントロールするために活用している方が多いそうで、登録者数も43万人にまで増えているそうだ。

アサヒビールが開発した「飲酒量レコーディング」のアプリ

一方、セミナーや講演会などの啓発活動ではどのような話をされているのか聞いてみると、「例えば、適正飲酒やお酒のマナーの話が中心ですね。スマドリもそうですが、若い方には社会に出た時にアルコールハラスメントに直面することもありますよ、とかですね。この話は、大学生や新入社員によくするのですが、最近では逆に、若い人たちを迎える側の中高年の方にアルハラの話などをさせていただくことが増えてきました。いまは飲まない方が多い世の中なので、ダイバーシティ&インクルージョンじゃないですが、飲めない人たちのことをもっと考えましょうということを話しています。価値観をなかなか変えられない人たちも当然いますが、若い人たちと接して戸惑いを覚える方も多いようで、こういった話を聞いてよかったという反応をもらっています」。

セミナーなどでのリクエストの傾向も変わってきているようで、これまでは適正飲酒の話が多かったが、最近ではスマドリの話をして欲しいと言われることが増えたそうだ。いわゆるアルハラみたいなことのない社会を実現させていきましょうという流れで、スマドリはアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)のない世界を実現していく話であることから、ダイバーシティ&インクルージョンの考えに近く、そうしたテーマで扱われることも増えているのだという。レスドリだけでなく、スマドリもまた社会課題の解決につながっているというわけだ。その他には、子どもを対象としたセミナーも行っている。「お子さんについては、お酒についての基礎的な知識です。酔っ払うとはどういうことなどですね」。ちなみに、お酒の楽しみについても話されるのか聞いてみると、「いや、まだお酒の楽しさというのは、未成年の飲酒を助長することにもなるので、しっかりリスクを伝えることの方が大きいですね」と言われた。確かに、楽しさを知るにはまだ早すぎる。

最後に、ゴールはどこなのか泉崎氏に聞いてみると、「アルコールの社会問題を解決するということが私たちのミッションだと思うので、我々の部がなくなる時が社会問題もなくなっているということでしょうから、部がなくなるときが一つのゴールではないでしょうか。その時はリスクのない飲み方だとか、お酒にネガティブな印象を持っていない社会が実現しているはずです。アサヒグループがトップメーカーとして率先してやらなきゃいけないというのもありますし、将来を考えると、今からやっておかねば、お酒の文化がすたれてしまう可能性もあるので、将来に向けて、スマートドリンキングとレスポンシブルドリンキングの両輪をまわしながら、10年後、20年後、100年後も社会とお酒がいい関係でいられる社会を実現していきたいと思っています」。