橋下徹にとって三度目となる大勝負が始まった。大阪都構想を巡る事態のこう着を打開するための大阪市長出直し選。主要政党が候補の擁立を見送り、実質的な「一人舞台」となっても橋下はひるむそぶりをみせない。橋下にとって出直し選は民意を背景に都構想の実現に近づくための大きな”賭け”。目論み通りの展開となるか否か――。
公明党と交わした「密約」
3月9日に始まった大阪市長選。前市長の橋下徹が「大阪都構想」の推進に向けて仕掛けたが、主要政党が一斉に「黙殺」。選挙戦の外で舌戦を繰り広げる異例の展開となっている。大阪で今、何が起きているのか。出直し市長選の舞台裏に迫る。
1月30日の夕方。堂島川と土佐堀川に挟まれた大阪市役所の一室で、橋下は公明党の大阪市議と向き合っていた。都構想の制度設計を決める「法定協議会」を翌日に控え、大阪市を特別区に再編する区割り案を1つに絞り込むよう説得するためだ。公明党市議は「議論が不十分だ」として拒否。橋下は覚悟を決めた。
翌日の協議会で公明党は自民、民主、共産各党に同調し、区割り案の絞り込みに反対。2015年の春を想定していた大阪都への移行は事実上、暗礁に乗り上げた。橋下はすぐさま市長の辞職と出直し選への出馬を宣言。「宗教の前に人の道がある」と宗教団体が支持母体である公明党をこき下ろした。
橋下の怒りの背景には公明党との「密約」がある。2012年に国政政党「日本維新の会」を結成し、総選挙に打って出た橋下。維新の勢いに目を付けた公明党は選挙協力と引き換えに、都構想への協力を密かに確約した。実際に公明党が候補を擁立した近畿圏の6選挙区に維新は候補を立てず、橋下は繰り返し選挙応援に入った。全国の維新候補から舞い込む選挙応援依頼を断ってまで、公明党への協力を優先した。
豹変した公明党と決別
6選挙区を無事に制した公明党は当初、都構想への協力姿勢をみせたが、橋下の「慰安婦発言」で維新の勢いが陰ると態度を豹変。安倍内閣の支持率が高止まりしていることもあり、徐々に維新から自民に軸足を移していった。昨年12月に泉北高速鉄道を巡って維新が分裂し、府議会で過半数割れすると公明党の強気は倍加。都構想そのものに反対する自民に同調し、慎重審議を求め始めた。そして区割り案絞り込みの拒否。橋下は「裏切り」と受け止めた。
橋下をはじめとする大阪維新の会が想定していたのは、今秋に大阪市民による住民投票を実施し、来春には大阪都に移行するというスケジュール。それには早期に法定協議会で区割り案を確定しなければならないが、協議会における維新のメンバーは過半数に満たない。公明党の”変心”は協議のストップ、そして全体スケジュールの先送りを意味していた。
行き詰った橋下が選択したのが出直し市長選だ。市長選で圧勝し、「民意を得られた」として法定協議会のメンバーを入れ替える考え。これを断行すれば少なくとも最初のハードルは越えることができる。しかし、あくまでも最初のハードルだ。
勝っても高いハードル
都構想の実現までにはあと2つのハードルが待ち構える。「大阪府議会と大阪市議会での議決」と「大阪市民による住民投票」だ。維新の会は府議会で105議席中51議席、市議会で86議席中32議席を占めるに過ぎない。仮に無所属議員などの協力を得て府議会を突破できたとしても、市議会においては困難な情勢。19議席を抱える公明党にもう一度、協力を頼むか、それとも来春の市議会議員選挙で過半数を獲得するしか議会を突破する手はない。
つまり橋下にとって「公明党との決別」は大きな賭けだったのだ。それでも協議の継続ではなく、出直し選という博打を選んだのは都構想が維新の「原点」だから。原点が揺らげば党の重心が揺らぎかねないし、大阪府民の支持も失う可能性がある。自公民に加えて共産まで「黙殺」するなか、橋下は選挙という舞台を利用して都構想の浸透を図る。
公示日の前日。大勢の市民や観光客でにぎわう大阪の繁華街に、アンケートボードを抱えたスーツ姿の男たちがいた。通りすがりの市民に「大阪都構想に賛成ですか、反対ですか」と声をかけ、ボードにシールを貼っていく。テレビのロケのように見えるが、テレビカメラはない。その正体は大阪維新の会を支持する「サポーター」たちだ。
「わからない」と答えた市民には都構想の意義を説明し、翻意を促す。公選法の網目を潜り抜け、徹底的に市民を説得しようというのだ。橋下や松井一郎大阪府知事も連日、市民集会に出席。維新所属の府議や市議も総動員で街中に散らばり、市民への説得を試みている。
一方の既成政党組も黙ってはいない。出直し選には候補者を立てないものの、街頭演説会やビラ配りを通じて「都構想反対」や「出直し選のムダ」を訴えている。
双方の視線の先にあるのは今回の市長選だけではない。来春の統一地方選、そしてその先の住民投票も視野にある。橋下の賭けが成功するか、それとも既成政党が笑うか。この結末は国政や野党再編にも大きな影響を与える。(文中敬称略)