平将明の『言いたい放題』

日本が取るべき「データ覇権主義」への戦略的対抗策

2019.3.27

政治

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日本が取るべき「データ覇権主義」への戦略的対抗策

IT技術の向上やAIの進化によって急速にデジタル化が加速している世界経済。アメリカ・中国発の企業による「データ覇権主義」が台頭するなか、個人情報を含むデータの保護と活用は喫緊の課題だ。健全なデータ社会に向けて日本が講じるべき策とは何か。平将明議員のアイデアを聞く。

健全なデータ社会に向けて、日本からの提唱

今年1月に開催された世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議に安倍総理が5年ぶりに出席しました。そこで安倍総理は、「いまや世界の経済はデータとAIを中心に動く。データは『21世紀の石油』である」という演説をしました。

世界で流通するデータ量は急増していて、国境を越えるデータ移転も2005年から2014年の間で約50倍となっており今後も増加すると考えられています。

そういった状況のなかでGoogle、Apple、Facebook、Amazon[通称GAFA(ガーファ)]といった巨大なプラットフォーマーを擁するアメリカや、国内14億人弱の個人情報をほぼ自由に扱える中国などがあり、このままいくと大国や巨大なプラットフォーマーの「データ覇権主義」によるデータの独占や流通の国際ルールが事実上構築されかねません。

これでは健全なData Driven Economy(データ駆動型経済)が実現できないのではないのかという問題意識の下で、安倍総理が提唱したのが「Data Free Flow with Trust(DFFT)」です。これは日本主導による「『信頼(Trust)』が確保された、自由なデータ流通」の構築ということです。これを6月に大阪で開催されるG20で「大阪トラック」として主要な議題とすることを宣言し、ドイツのメルケル首相からも評価されました。

世界におけるデータ流通の潮流は、先述したアメリカや中国、これに加えてEUの大きく3つあり、国際ルールを構築するためには、それらにどう対処していくかが課題となります。

データ社会における世界の3つの大きな潮流

まずアメリカ。安全保障などに関する部分は厳格に管理・保護されていますが、世界を席巻しているGAFAなどの利用者、消費者の利便性が増すなら個人情報は比較的自由に使おうという考えです。

次に中国。国家資本主義の下、デジタルにおいてはアメリカのGAFAなどのノウハウを真似したビジネスモデルを国内巨大市場に投入し、通称BATと呼ばれる百度(バイドゥ)、アリババ、テンセントなどの巨大なプラットフォーマーが誕生しています。

国内の14億人弱から得られたデータは国外に出さないという「デジタル保護政策」をとっており、しかも個人情報はほぼ使いたい放題ですから、イノベーションも起きやすい。集めた個人情報はまさにビッグデータであり、AIを活用して、異次元の効率のいい社会を作ろうとしています。

キャッシュレス化や監視カメラによる顔認証なども進み、中国版GPSの運用も始まりました。共産党独裁、国家資本主義の下、個人情報を含むビッグデータとAIをフル活用した、歴史上見たことのない強力なIT実装国家が出現するでしょう。

最後にヨーロッパ。EUには2018年に施行された「General Data Protection Regulation(一般データ保護規則、通称GDPR)」という法律があり、個人データやプライバシーの保護に関して厳格に規定されています。違反すれば途方もない罰金も科せられます。

個人の権利を重視しているので、そもそも個人のものである個人情報を事業者が勝手に集めて自由に使ってはいけないという考え方です。歴史的なフィロソフィ(哲学)に基づいています。

一方でEUというせっかく統合されたデジタルマーケットがありながら、EUを席巻するEU発のプラットフォーマーは生まれていません。現状はGAFAに席巻されています。現在EUはGAFAのような巨大プラットフォーマーに新たな規制をかけたり、課税をしたりすることを検討しています。もしかしたら追い出したいと思っているかもしれません。

APEC、TPP11などの枠組みを活用して「データ覇権主義」に対抗

これらの大きな世界的潮流の中で、日本はどういう立ち位置を取るのかが迫られています。地政学的には中国が隣にあり、アメリカとは同盟関係にあります。

EUとは、日本にも「個人情報保護法」がありますので親和性は高い。先述のEUのGDPRにおいても日本は十分性認定を受けており、お互いのデータの流通、個人情報のやり取りがしやすい関係にあります。

一方で日本国内のプラットフォーマーの皆さんの意見を伺うと、EUのGDPRは規制が厳しすぎる、課徴金も高すぎるという話もよく聞きます。EUに世界的なプラットフォーマーが育っていない現実もあります。EU的な、厳格な個人情報管理・流通のルールを世界に広めていくことが本当に日本の国益につながるのか、よく考えなければいけません。

私の考えは次の通りです。GDPRのEU、「データ覇権主義」の中国、GAFAを擁するアメリカのいずれかの立場に寄るのではなく、日本が新たなデータ流通のビジョンとルールを提唱し、実現していく。具体的にはAPECやTPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)の枠組みを活用していきます。

まずはAPEC。「CBPR (Cross Border Privacy Rules)システム」という仕組みがあります。APEC参加国・地域において事業者の適合性を認証する仕組みで、認証を得た事業者はAPEC内の相手国の第三者へ個人データの提供が可能になります。

このCBPRの仕組みにプラスアルファして進化させ、広く域内、域外に浸透させていくことが考えられます。日本の個人情報保護委員会もこの考えに沿って国際的に行動しています。私もこの取り組みをしっかり応援していきます。

APEC参加国・地域

アジア太平洋地域の21の国と地域[アメリカ、インドネシア、オーストラリア、カナダ、韓国、シンガポール、タイ、中国、中国香港、チャイニーズ・タイペイ(台湾)、チリ、ニュージーランド、マレーシア、メキシコ、パプアニューギニア、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、ペルー、ロシア、日本]

次にTPP11です。カナダ、メキシコ、ペルー、チリ、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール、ブルネイ、マレーシア、ベトナム、そして日本による経済連携協定です。この経済圏においては、相当の理由がない限り、データの過度な流通規制やデータ保守の根幹であるソースコードの開示などの理不尽な要求はしないという取り決めになっています。

私は今なお、TPPに大変大きなポテンシャルを感じています。今、イギリスがブレグジット(Brexit)で大もめにもめていますが、EU離脱後のイギリスがTPPに加盟する可能性もあります。日本としては大歓迎です。イギリスが加入したらもはや“トランスパシフィック(環太平洋)”ではないのですが、名前を変えればいいだけです。

もしイギリスが加入し、アメリカも戻ってきたら(トランプ大統領後?)大変強力な経済圏ができます。そこでデータ流通のあるべき姿、それは正に「Data Free Flow with Trust(DFFT)」であると思いますが、そのビジョンをまとめ、世界のルールへと昇華させていくことも夢ではありません。

それは、中国の「データ覇権主義」や「デジタル保護主義」に対するけん制にもなります。同時に、データを国家が管理し、体制維持に利用しようとする専制・王制の国家に対して、中国スタイルが染み出してくることに対する抑制にもなります。

インドとのデジタル連携でWin-Winに

そして、インドと日本の連携です。

中国のデジタル化社会が急速に進化するのは、やはり人口の多さと関係しています。ディープラーニングによるAIの進化はビッグデータの量に左右されるからです。ひるがえって日本には1億2千万人しかいません。そこでパートナーとして最適なのが、基本的な価値観を共有し、13億強の人口を抱えるインドだと思います。

実際に、日本発の給与計算のソフト開発ベンチャーが、フィンテックで給与を従業員のスマホのウォレット(お財布)に入金する事業をインドで展開する予定です。

フィンテック(FinTech)

金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語。

このベンチャー企業が、日本ではなく、まずインドでこの事業を展開するのには、人口以外の理由があります。それは規制です。日本では、給与は現金で支払うか銀行口座に振り込まなければいけないという規制があるのです。銀行口座ではないスマホのウォレットに給与を入金することはできません。この課題は規制改革の観点から、現在私も取り組み中です。

一方、インドでは戸籍の整備がなかなか進まず、戸籍を持っている人は人口の半分以下ともいわれています。そのため「私が私であることの証明(ID)」することが難しく、結果として銀行口座を待つことのできない人たちも多くいるのです。このように、銀行などの金融サービスを受けられなかった人たちに急速に普及しているのがフィンテックです。

このベンチャー企業のサービスの実装は、インドの労働生産性を高めると同時に、インドの労働者の給与のビッグデータを手に入れることができます。スマホの家計簿ソフトアプリなどのデータ等と連携すれば、個人向けの質の高いローンのサービスを提供することも可能になるでしょう。この取り組みがインドで定着すれば、巨大なプラットフォーマーになる可能性もあります。また、後追いで規制緩和された日本でのサービスも逆輸入の形で始まるかもしれません。

ここで重要なのは、日印間のデータ流通をスムーズにできるようにすることです。APECやTPP11の枠組みを活用するパターンの際にも、常にインドを意識するのと同時に、日本・インドの二国間交渉も積極的に進めていくべきです。

日本がData Driven Economy(データ駆動型経済)の先頭を走るためにも、インドは戦略的に特別なパートナーであるという意識を待つべきです。先般、昼食会で隣り合わせた河野太郎外務大臣にもこの件についてお話させていただいたところです。

「信頼」に基づく自由主義・民主主義の価値観が試される

基本的に個人情報使いたい放題の中国の「データ覇権主義」に対抗する方策として、テクノロジー観点から有効なのが、日本の企業が持つ秘密計算技術です。

現行の日本の法律では、個人情報は匿名化しない限り第三者に渡すことができません。それを規制のサンドボックス制度を使って秘密計算技術のプラットフォームまでなら匿名化しなくてもデータを渡すことができるようにすれば、個人情報の秘密を維持したまま必要なアウトプット、アウトカムを得ることができます。

秘密計算技術

個人情報などの生データを暗号化したまま計算できる技術。データの計算過程も保護できるので、データの中身を見ないまま分析などの運用が可能になる。

サンドボックス制度

事業として行うと現行法に抵触する革新的技術やサービスについて、地域や期間、参加者を限定して実証を行い、規制改革につなげる制度。

最後に、「スーパーシティ構想」です。これは地域を限定してキャッシュレスやシェアリングエコノミー、自動走行、ドローンなどの新技術をまとめて実装する特区を作るという構想です。同様のものは中国やカナダ、中東の国にもありますが、民主主義国家よりも、専制・王制の国家と相性がいいようです。カナダの取り組みは、地元の住民との軋轢などが生じ停滞気味です。

AI、IoT、ビッグデータの時代になり、これらのテクノロジーと国家資本主義との相性の良さをみるにつけ、今まさに、自由主義や民主主義の真価が問われているのだと思います。だからこそ、今までにない大胆な発想でイノベーションを進める「スーパーシティ構想」などを強力に進めていかなければなりません。「信頼(Trust)」に基づく自由主義、民主主義といった価値観の上に、健全なData Driven Economy(データ駆動型経済)を実現していかなければならないのです。