米トランプ大統領がぶち上げた「ブラジルNATO加盟」の裏でうごめく虚々実々

2019.4.4

政治

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米トランプ大統領がぶち上げた「ブラジルNATO加盟」の裏でうごめく虚々実々

写真/NATO

トランプ大統領はNATOに加盟する欧州諸国に対して軍事費の負担増を求める一方、たびたび離脱に言及し周囲を動揺させている。設立から70年たった世界有数の軍事同盟は近年、加盟国の思惑が複雑に絡み合い、足並みを揃えるのが難しくなっているという。そんななか、トランプ大統領は南米・ブラジルのNATO加盟を示唆し、加盟国の反感を買っている。“ディール好き”なトランプ大統領の狙いとは?

南大西洋の国であるブラジルのNATO加盟はおかしい

アメリカのトランプ大統領がまたしても、世界の常識を覆す爆弾発言を放った。2019年1月にブラジルの新大統領に就任した、親米・右派のジャイール・ボルソナノ氏が同年3月ホワイトハウスを表敬訪問、このとき、ブラジルのNATO域外協力(グローバルパートナー:正式加盟ではなく防衛分野で協力するメンバー)入りの話に及ぶと、トランプ大統領はこれを支持し、さらに(将来)NATO加盟国になる可能性がある」ともぶち上げ、周囲を驚かせた。

NATO(North Atlantic Treaty Organization、北大西洋条約機構)

1949年に、北大西洋地域における集団安全保障を定めた北大西洋条約に基づいて設立された集団防衛機構。加盟国はアメリカを中心にカナダ、イギリス、フランス、ドイツなど、大西洋を挟んで北米と欧州諸国。ソ連崩壊に伴って東側諸国の軍事同盟であったワルシャワ条約機構が消滅し、東ヨーロッパ各国が1999年以降相次いで加盟。旧ソ連構成国のロシア、ベラルーシ、ウクライナ、モルドバなど一部の国以外はNATOに加盟した。日本もグローバルパートナーのうちの一国。ちなみに、新規加盟には既存加盟国すべての承認が必要。

だが、NATOはその名が示すとおり「北大西洋」、とりわけ欧州地域での運用を想定して結成された、集団的自衛権を柱とした軍事条約である。もともとは冷戦の激化に伴い、共産主義国家・ソ連の脅威に対抗するため、第2次大戦直後にアメリカの音頭取りで西欧の自由主義国家を結集したもの。

そして早速、NATO主要国のフランスが「地理的な適用範囲が決められている」と、トランプ大統領に釘を刺した。やはり南大西洋の国であるブラジルのNATO加盟はおかしい。

とは言うものの、冷戦終結でNATOの立ち位置も随分変化したのも事実で、現に2001年の「9.11」に対し初の集団的自衛権を発動し、アフガニスタンに攻撃を行うアメリカに加勢するためNATO軍が欧州域外のアフガニスタンに出撃している。

今回の暴言は、大げさな“社交辞令”に過ぎないのかもしれない。だが、国際情勢のタイミングを考えると、“ディール好き”の彼だけに何かメッセージが込められているとしても不思議ではない。

ちなみに世界の主要メディアは、「反米・親中露のベネズエラ・マドゥロ政権への揺さぶり」だと推測する。

ベネズエラの南に控える南米の大国・ブラジルが西側軍事同盟であるNATOに加盟か……とにおわし、加えて同じく西隣にある親米のコロンビア(すでにNATOグローバルパートナーに加盟)とも連携、マドゥロ政権を圧迫し、さらに同政権を支持する中露も牽制するという、まさに“新冷戦”を意識した陣地取り合戦、という見立てだ。

一方、トランプ大統領を支える米国内の保守勢力・軍産複合体の思惑が大きく働いており、二重底、三重底も隠されている、と深読みする向きもある。

「ブラジルの核保有」を押さえ込む

まずは、ブラジルの核保有を完全に断念させる狙いではという見方だ。実は同国は軍事政権時代だった1960年代~1980年代、対立する隣国アルゼンチンに対抗するため、密かに核兵器開発を推進していたという過去がある。その後、1980年代半ばに民政移管され、同時に「核兵器開発は停止」を宣言したが、北朝鮮と同様にあくまでも“停止”であって“全面廃棄”ではない。アメリカにとっては気になるところだ。

しかも2000年代に入るとブラジルは原子力潜水艦の開発に着手、原潜は長期間の潜航が可能なのが最大のウリで、核弾頭搭載のSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)を積載する方向へと発展することは、現在の核保有5カ国(米英仏露中)の例を見れば明らかだ。

ブラジルをNATOに加盟させれば、アメリカはチェックしやすくなり、「集団的自衛権」を担保に核開発を完全に断念させることができると考えているのでは、という“深読み”だ。

不協和音目立つNATOへのショック療法

また、昨今目立つNATO内の足並みの乱れに対する“ショック療法”の意味も込めているのかもしれない。

トランプ大統領は以前から「NATO加盟国がアメリカに“おんぶに抱っこ”は許されない」と叫び、欧州加盟国の国防費の少なさを批判、アメリカのNATO離脱さえちらつかせている。しかも近年は“仮想敵”の中露にNATO主要国が接近、トランプ政権をさらに逆撫している。

例えば、ドイツはロシアからの天然ガス供給強化のため、バルト海を縦断する海底パイプライン「ノルドストリーム2」の建設を推進。イタリアは2019年3月に中国の「一帯一路」構想に正式参画を表明。さらに、トルコ・エルドアン政権は人権問題やクルド人問題でアメリカと対立、当てつけとばかりにトルコ はロシアから最新型地対空ミサイル「S400」の導入を進めるなどロシアに急接近している。

ちなみにトランプ大統領の再三にわたるNATO離脱発言に対し、米国内でも国家安全保障上の危機との声が上がり、米下院が2019年1月、NATO離脱阻止を狙う法案 を圧倒的多数で可決した。これは前代未聞の珍事だ。

一方「『モンロー主義』の再来をトランプ大統領は画策しているのでは」と見る向きも。「モンロー主義」とは19世紀始めにアメリカがとった一種の孤立主義で、「アメリカは欧州に干渉しないから、欧州も南北アメリカ大陸に手を出すな」という内容だ。

つまり今回のケースに当てはめると、「『ブラジルのNATO加盟』を提案しても、西欧各国が反対するのは明らか。そこでアメリカは防衛努力を怠る欧州の面倒は見きれない、と開き直ってNATOと距離を置き、代わりにブラジルやコロンビア、他の親米の中南米諸国と新たな軍事同盟を構築する」という、壮大なシナリオを夢想しているのでは、との説だ。(ただし、中南米にはすでにアメリカ主導で設立された軍事同盟「米州相互援助条約」が存在し、ブラジルも加盟する)

日本にもNATO正式加盟を打診?

さらには、グローバルパートナーをNATOの正式加盟国に格上げし、「適用範囲を一気に世界に広げ親米諸国を結集し中露包囲網を構築、“新冷戦”に備える」「加盟国の国防費をアップさせ米製兵器を売り込む市場を固める」「2期目の大統領戦に向け米国内向けに外交的得点を上げる」という“一石三鳥“”も狙っているのでは……という憶測も。

だがこうなると、グローバルパートナーに加盟する日本にも“格上げ”要請がトランプ大統領から打診されるかもしれない。果たしてこのとき、日本はルビコン川を渡るのだろうか。