水谷豊の監督2作目は初脚本にも挑んだスパイシーな人間ドラマ 映画『轢き逃げ -最高の最悪な日-』

2019.5.9

社会

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水谷豊の監督2作目は初脚本にも挑んだスパイシーな人間ドラマ 映画『轢き逃げ -最高の最悪な日-』

©2019映画「轢き逃げ」製作委員会

俳優・水谷豊が監督したオリジナル実写映画『轢き逃げ -最高の最悪な日-』 が5月10日(金)から公開。監督2作目は脚本を水谷自ら書き下ろし。轢き逃げ事件の犯人とその親友、婚約者、被害者遺族、刑事らが織りなすヒューマンドラマだ。加害者側と被害者側それぞれの苦悩や心の再生を掘り下げる感動の物語であり、かつ事件の真相を解き明かすサスペンス劇でもある。制作エピソードを交えて映画の見どころを紹介。

『轢き逃げ -最高の最悪な日-』

劇場公開:5月10日(金)/配給:東映

出演:中山麻聖、石田法嗣、小林涼子、毎熊克哉/水谷豊、檀ふみ、岸部一徳

監督・脚本:水谷豊 撮影監督:会田正裕 音楽:佐藤 準

大手ゼネコン社員の秀一(中山)は、結婚式の打ち合わせに向かう途中、自ら運転する車で若い女性をはねてしまう。助手席には式の司会を頼んだ親友の輝(石田)が同乗しており、秀一と輝は被害者をそのままにして逃げ去ってしまう。その日の夕方には被害者の死亡が報じられ、激しく動揺する2人。秀一は婚約者・早苗(小林)との結婚に突き進むが、ほどなく警察は秀一にたどり着く。刑事の柳(岸部)と前田(毎熊)は被害者の両親・時山(水谷)と千鶴子(檀)に犯人逮捕を報告。その際、現場の遺留品に携帯電話がなかったことが告げられ、時山は独自に調査を始める。

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分類できないエンタメ性

轢き逃げ事件で激変する加害者たちと被害者遺族らの人生……と聞くと重苦しいテイストを想像してしまうが、この映画の味わいはもっとずっと複雑だ。

本作は確かに重厚な人間ドラマの骨格を持っているが、さまざまな種類の娯楽性が一本の映画の中に共存している。例えば、映画前半にはブロマンス(BLとは違った男性同士の強い絆)風の描写も目立つ。秀一が独身最後の日に海や遊園地に出かけ、バチェラーパーティよろしく輝とはしゃぎまわるシーンは、いっそ面食らうほどキラキラしている。

秀一と輝は学生時代からの親友。事件後は罪の意識にさいなまれるが、結婚前日だけはすべてを忘れてはしゃぎまわることに

かと思えば、ベテランと若手、タイプの異なる2人の刑事の捜査風景が映し出され、映画の空気がまた変わる。まるで長く放送されてきた刑事ドラマのような見心地の良さ。若手刑事がこの映画のコメディ要素をほぼ一手に担っていることもあり、不思議な安心感さえ覚える。

演技巧者の岸部一徳と注目の新星・毎熊克哉
キレ者のベテラン刑事と肉体派の若手刑事。演技巧者の岸部一徳と注目の新星・毎熊克哉が好対照の2人を演じる

娘を失った夫婦のシーンは、男親と女親で悲しみの表れ方が違ってくるのがやけにリアルだ。やりきれなさをこらえて日常を取り戻そうとする母親。心模様も生活も荒れ果てる父親。酔っぱらって「お前ら(母娘)、俺をのけ者にして」と娘が存命の頃には言えなかった寂しさを口走る時山が悲しい。

亡くなった娘の誕生日を祝う夫婦のシーン
亡くなった娘の誕生日を祝う夫婦のシーン。撮影前に水谷監督が流れを説明しただけでスタッフ全員が涙したという

そんなやり場を失った家族愛の行きつく先が“謎解き”だ。時山は娘の日記を見つけ、友人を訪ね回って娘のスマートフォンの行方を探る。ぎこちない聞き込み、死にものぐるいの追走、格闘。真相に近づくスリル感と合わせて見応え十分だ。

時山を訪ねる刑事

捜査はずぶの素人だが、娘の足跡を懸命に追っていく時山
時山は海運会社を退職した身で、捜査はずぶの素人だが、娘の足跡を懸命に追っていく

最後は人間ドラマに立ち返り、美しいラストシーンでひとすじの光を見せ、感動のままにエンドロールへ突入する。水谷のオファーに応えた歌手・手嶌葵の透き通った歌声が映画の余韻を膨らませてくれる。

水谷が初めて書き上げた本作の脚本は、初稿が241ページものボリュームになったという。映画に対する水谷の有り余るアイデアと熱量は、こんなところからも感じられる。

監督は水谷豊
水谷は監督デビュー作『TAP -THE LAST SHOW-』の公開を控えた2017年5月、すでに本作の初稿を書き上げていた

水谷演出で引き出された若手キャストの熱演

秀一役と輝役はオーディションで約450人の中から中山麻聖、石田法嗣が選ばれた。「生活感というのか、若者特有の生っぽさが欲しかった」(水谷)との意図で開催したオーディション。水谷は応募者に直接会って判断に雑念が入る可能性を危惧し、オーディションの様子を撮った映像を確認するというストイックな審査法を選んだ。

演出法も独特だ。本番前の細かな演出の際には、必ず俳優の肩に手を置いて、耳元で優しく声をかけるという。「それが誰にも聞こえないぐらい小さな声なんです。それで肩の力が抜けて、リラックスした状態で本番に臨めました」と中山談。

俳優の生理を知り尽くした水谷監督ならではのやり方かもしれない。中山はシーンに合わせて絶食や徹夜も含めた役作りをするなど、体当たりの演技で監督の期待に応えている。

水谷は若い2人に「なるべく自分の価値観に固執しないで」「もっと自分の殻を破って」と伝えた
水谷は若い2人に「なるべく自分の価値観に固執しないで」「もっと自分の殻を破って」と伝えた

石田は取り調べシーンでの演出が印象的だったと語る。そのシーンで水谷は、石田の気持ちが追いついていないとみるや、すぐに当初の演出プランを撤回し、新たなプランを提示した。

「その場で生まれるリアルを重視して演出を変えてくださる監督がすごいと思いました。あのシーンでは段取りしていなかったことが起き、体が勝手に動いた。芝居の本質に触れられたようでうれしかったです」(石田)

どこか昭和の映画を思わせるような、良い意味で汗くさい怪演を見せた石田。本作で多くの映画ファンを惹きつけそうだ。

本作でも卓越した演技力を見せつけた岸部一徳は、盟友・水谷の映画作りに青春時代のにおいをかぎ取っている。

「水谷監督の映画は、彼が若かった頃の、映画の弾けるような良い時代のエネルギーを感じます。素直すぎる若い俳優たちへの演出の中にも『面白いことって思い切ってこうやるんだよ!』って、当時のやんちゃさを入れていたような気がします」(岸部)

これが若手キャストにもしっかり伝わっているのが面白い。前田刑事を演じた毎熊克哉も水谷に感銘を受けた一人だ。NHK連続テレビ小説「まんぷく」や映画『止められるか、俺たちを』などで脚光を浴びた注目株は、「『青春の殺人者』(長谷川和彦監督、1976年公開の水谷の主演映画)で映し出された芝居を超えたパワーが、今回の撮影中にも垣間見えました」と語った。

若手刑事役の毎熊が、石田演じる輝を追うアクションシーン。
若手刑事役の毎熊が、石田演じる輝を追うアクションシーン。

映像の迫真性や音響の臨場感もハイレベル

水谷たっての希望で、日本映画としては初めて「Dolby Cinema™(ドルビーシネマ)」に対応したことも本作の特徴だ。ドルビーシネマは劇場、映像、音響を映画向けに最適化した総合映写システムで、映画の世界への深い没入感が得られるという。

例えば、映像は色彩や影のディテールを明瞭に表現できる分、よりリアリティが感じられる。また、音響は多数のスピーカーを駆使して、音の位置や動きも表現するので臨場感が増す。劇場空間の暗さや壁・シートの素材にもそれらを最大限に生かすための仕様があり、日本の映画館では「T・ジョイ博多」が初対応した。今後、「MOVIXさいたま」や「丸の内ピカデリー」など、導入する劇場が増える見通しだ。

「平成から令和に変わって、邦画初のドルビーシネマだなんてワクワクするでしょ?」(水谷)
「平成から令和に変わって、邦画初のドルビーシネマだなんてワクワクするでしょ?」(水谷)

映写システムだけでなく、本作では映像や音の“生々しさ”を追求している。例えば、照明ワークでは、劇的に作り込みすぎず、ドキュメンタリー調を心がけた。時山家のシーンは神戸市灘区の空き家を改装したロケセットで撮影し、灯りはセットにある家庭の照明具をなるべくそのまま使っている。

音の面でも、劇伴音楽(BGM)の使用をなるべく控えて生活環境音を生かした。荒々しい運転で自動車のタイヤが立てる音、手紙を書くシーンで無骨に響くペンの音など、セリフのように雄弁な音もあって面白い。

俳優として半世紀にわたって人々を魅了してきた水谷豊が、隅々までこだわって届ける総合エンターテインメント、ぜひ劇場で体験してみてほしい。

ラストは女性2人のシーンに、母性を感じさせるような女性ボーカルの曲を流すと決めていたと水谷は語る。「悲しいことだけで終わるのは嫌なんですよ。最後は未来に向かっていきたい」
ラストは女性2人のシーンに、母性を感じさせるような女性ボーカルの曲を流すと決めていたと水谷は語る。