リミットは2021年9月 安倍首相“任期中の改憲”への険しい道のり

2019.8.22

政治

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リミットは2021年9月 安倍首相“任期中の改憲”への険しい道のり

自衛隊記念日観閲式(2018年10月14日) 写真/Tomohiro Ohsumi

7月の参院選で、自民党や公明党日本維新の会などの“改憲勢力”は憲法改正の発議に必要な参議院全体の3分の2議席を割り込み、改憲へのハードルは高まった。しかし、安倍晋三首相はなおも改憲に意欲を見せ、野党第2党の国民民主党も議論に前向きな姿勢を見せている。改憲論議は今後、どのように進むのだろうか。改憲への道のりを探る。

参院選で3分の2を割り、強引に進める手段は閉ざされた

「自民党立党以来の最大の課題だ。国会で憲法の議論をいよいよ本格的に進めていくべき時を迎えている」。安倍晋三首相は8月13日、山口県長門市で父・晋太郎氏の墓前にこう報告した。

晋太郎氏の義理の父で、安倍首相の祖父であり、自民党の初代幹事長でもある岸信介元首相の持論は「自主憲法の制定」。思いを受け継いだ安倍首相は、2006年に初めて首相の座に就いたときから「戦後レジームからの脱却」をキャッチフレーズに掲げ、憲法改正への意欲を燃やしてきた。

改憲を実現するには国民投票の前に、衆参両院で3分の2以上の議員の賛同を得なければならない。永田町で「実質的に不可能」と言われ続けてきたこのハードルを安倍首相は戦後、初めて乗り越えた。

安倍総裁率いる自民党は民主党から政権の座を奪い返した2012年の衆院選で圧勝。2014年、2017年も立て続けに圧勝し、常に全議席の3分の2を上回ってきた。それに加えて2013年と2016年の参院選で与党は続けて圧勝。改憲勢力どころか、与党だけで3分の2議席を上回った。これにより、いよいよ改憲に向けた環境が整ったと見られた。

だが、憲法9条への自衛隊の明記を目指す自民党と、9条改正に慎重な公明党との温度差が大きいことなどから、具体的な議論は停滞。ほとんど前進しないまま、今年7月の参院選で改憲勢力が3分の2を割り込んだ。これにより、与党や日本維新の会、改憲に前向きな無所属議員だけで強引に改憲の手続きを進めていく道は閉ざされた。

それでも安倍首相は「(2021年9月までの)総裁任期の中で改憲に挑みたい」と明言。参院選中には「国民民主党には(改憲に)前向きな方々もいる。そういう中で合意を形成したい」と語り、名指しで協力を呼び掛けた。秋波を送られた国民民主党の玉木雄一郎代表は参院選後、改憲について「議論は進める」と明言。ただ、議論には前向きな姿勢は示しているものの、安倍首相の目指す9条改正などには反対の立場を示している。

安倍首相には時間が無い

実際に改憲を実現するためにはまず、衆参どちらかの院で改憲原案を発議する必要がある。衆院なら100人、参院なら50人の議員の賛同が必要だ。最初に発議された方の院の憲法審査会で審議し、過半数の賛成を経て可決。その後、本会議で全議員の3分の2以上の賛成を得てもう一方の院に送られる。もう一方の院でも同様に憲法審査会での審査、可決を経て、本会議で3分の2以上の賛成で可決されると、国会として改憲案を発議、つまり国民に提案したこととなる。

国民に改憲案への賛否を聞く国民投票は発議から60~180日後に行われる。その間に賛成派、反対派による運動が展開され、国民投票で投票総数の過半数が賛成すれば改憲案が承認される。その後、30日以内に天皇陛下が公布。そこから一定期間を経て新憲法が施行される。非常に険しい道のりだ。

安倍首相はこれまで「2020年までの新憲法施行」を目標に掲げてきたが、今夏の参院選後、テレビ番組で国会での発議と国民投票について「期限ありきではないが私の任期中に何とか実現したい」と述べた。安倍首相の自民党総裁としての任期は2021年9月で、約1年後ろ倒しした格好。ただ、仮に2021年9月までに国民投票を実施するとなれば、遅くとも2021年の3月までには国会で成案を得なければならないこととなる。

あちらを立てればこちらが立たず。いかにして野党を巻き込むか

自民党は9条改正と緊急事態条項の創設、参院の合区解消、教育の充実という4項目に絞った改憲案をまとめており、今秋の臨時国会に提示する方針。ただ、自民党の9条改正案には与党の公明党も否定的で、日本維新の会を含むすべての野党が反対の姿勢を見せている。

自民党の下村博文憲法改正推進本部長は最近のインタビューで、4項目について「これ以外でも与野党が合意すれば深堀りして議論したい」と述べており、柔軟な姿勢を示した。改憲の実現を優先するのであれば異論の多い項目を避け、環境権の創設など野党も乗りそうな項目に絞る手もある。

改憲議論をめぐっては9月に実施予定の内閣改造・自民党役員人事にも注目だ。具体的に改憲案を議論する衆参の憲法審査会会長や与党筆頭理事に、首相に近い改憲積極派が就けば自民党案に沿った議論が展開される可能性が高いが、野党が議論にすんなり応じない可能性が高まる。逆に協調重視派が就けば野党は議論に乗りやすくなるが、9条改正などは遠ざかる。

9条改正などについては自民党内にも温度差があるが、党内で“1強”の座を揺るぎないものとしている安倍首相の判断が大きく影響することとなる。安倍首相は持論を突き通して9条改正に突き進むのか、それとも憲法改正を実現した初めての首相として歴史に名を刻むのか、難しい判断を迫られる。