参院選で“改憲勢力”が3分の2を割り込んだ後も、憲法改正への強い意欲を見せる安倍晋三首相。具体的に日本国憲法のどの項目をどう変えようとしているのか。最もヒントになるのは自民党が秋の臨時国会で提示しようとしている、4項目の改憲案だ。
「自衛隊違憲論」を解決できない折衷案
自民党は10月4日に召集予定の臨時国会で、昨年まとめた4項目の改憲案を衆参両院の憲法審査会に提示したい考え。4項目は自民党が2018年3月にまとめた「憲法改正に関する議論の状況について」の中に盛り込まれた、具体的な条文案である。
4項目の1つ目は与野党で最も議論になるであろう、第9条について。
※緑地白地の個所が追加・修正項目
●自民党改憲案 第9条
〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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第9条の2 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
自民党案は「戦争の放棄」と「戦力の不保持」、「交戦権の否認」を定めた現行の第9条1項と2項を維持した上で、第9条の2として自衛隊の保持を明記するとともに、自衛隊の行動を国会等の統制に服させるとの項目を追加するというものである。
自民党が2012年にまとめた改憲案では9条の2として「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」との項目を明記した。内容的には今回の改憲案と近いが、「国防軍」という新たな名称への反発が多かったため、表現を後退させた格好。第9条1項と2項をそのまま残したのも現行憲法を支持するリベラル層への配慮だろう。
ただ、この折衷案では自衛隊の存在が第9条2項にある「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という条文と矛盾するという「自衛隊違憲論」の解決にはつながらない。国防のための軍隊の存在を明記すべきだという保守層と、現行第9条をそのまま残すべきだというリベラル層の両方から批判される可能性もある。
内閣の権限強化に懸念も【緊急事態条項】
2つ目は国内で巨大地震や津波などの大災害が起こるたびに議論される、いわゆる緊急事態条項についてだ。今後、想定される首都直下型地震や南海トラフ地震に備え、緊急時に行政の権限を一時的に強化することや、選挙が実施できない場合に国会議員の任期を延長することなどを条文案として盛り込んだ。
●自民党改憲案 緊急事態条項
第73条 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
1 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
2 外交関係を処理すること。
3 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。
4 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。
5 予算を作成して国会に提出すること。
6 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。
7 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。
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第73条の2 大地震その他の異常かる大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
2 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、すみやかに国会の承認を求めなければならない。
(※内閣の事務を定める第73条の次に追加)
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第4章 国会
〔国会の地位〕
第41条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
(…中略…)
第63条 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。
2 弾劾に関する事項は、法律でこれを定める。
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第64条の2 大地震その他の異常かつ大規模な最大により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議員の出席議員の3分の2以上の多数で、その人気の特例を定めることができる。
(※国会の章の末尾に特例規定として追加)
自民党改憲案では内閣の事務について定める第73条に、大規模災害時に本来、国会が定めるべき法律に代わって内閣が政令を定めることで国民の生命や財産を保護するとの項目を追加。また、国会に関する第64条に、衆参両院の選挙が困難な際に、各院の出席議員の3分の2以上の賛成により任期の特例を定めることができるとの項目を追加した。
緊急事態条項は比較的合意が得やすい項目ではあるが、災害時だけではなく、大規模テロなどの場合にも適用すべきだとの声がある。また、逆に内閣の権限強化や国会議員の任期延長は必要ないとの声も根強く、国会で合意を得るのは簡単ではない。
見方によっては自民党の利に【合区解消】
3つ目は2016年から参院の通常選挙で導入されている「合区」の解消について。参院選では従来、選挙区については都道府県を単位としていたが、人口流入の続く東京などの都市部と、過疎化の進む地方との人口格差が拡大。「1票の格差」も拡大し、最高裁で違憲判決が出されたことからやむを得ず隣県を1つの選挙区とする合区が導入された。
ただ、合区となった【鳥取と島根】、【徳島と高知】では参院議員の空白県が生じる可能性が生じた。過疎地域選出の議員の数が今後も減っていく見通しであることから「地方の声が届きにくくなる」として、自民党を中心に憲法改正によって合区を解消すべきだとの声が出ていた。
●自民党改憲案 合区解消
〔議員の選挙〕
第47条 両議院の議員の選挙について、選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して、選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるものとする。参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選挙すべきものとすることができる。
前項に定めるもののほか、選挙区、投票の方法とその他両議院の議員の選挙に関する事項は法律でこれを定める。
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〔地方自治の本旨の確保〕
第92条 地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域の地方公共団体とすることを基本とし、その種類並びに組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。
自民党改憲案では、国政選挙で選挙区を設けるときには「人口を基本とし」つつ、参院選では改選ごとに各都道府県から1人を選出すべきとして、合区解消を盛り込んだ。
ただ、すでに合区の対象となっていたり、将来的に対象となりそうな地域は自民党の地盤が強い地域であり、合区を解消すれば自民党にとって有利との見方がある。そのため政党間の議論では地方の声がどうかということではなく、党利党略で議論が進む可能性が心配される。
自民党のアピールに過ぎない?【教育の充実】
最後の4つ目は教育の充実だ。
●自民党改憲案 教育充実について
〔教育を受ける権利と受けさせる義務〕
第26条 すべて国民は、法律の定めるところqqにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
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3 国は、教育が国一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものだることに鑑み、各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない。
自民党改憲案では教育を受ける権利や義務教育の無償を定めた第26条に「各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない」との項目を付け加える。ただ、現行の第26条でも十分との声や、「自民党のアピールに過ぎない」との批判もある。
自民党案では現行憲法の問題点の一つと指摘される「私学助成の禁止」を解消するため、第89条の一部を改正する案もここに盛り込んだ。
〔公の財産の用途制限〕
第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
野党の反応次第では提示すら危うくなる可能性も
自民党は4項目の改憲案を今秋の臨時国会で提示し、具体的な議論に入りたい考え。ただ、野党第1党の立憲民主党などは国民投票の手続きについて定める国民投票法改正案の審議を優先すべきだと主張していて、改憲案の提示が実現するかどうかは不透明。野党第2党の国民民主党は改憲の議論に前向きだが、立憲民主党などと統一会派を組むことを決めたため、国民民主の意向が可能性は低い。
自民党は野党が議論に乗りやすいよう、経験豊富で野党との交渉経験も多い憲法改正推進本部長に細田博之元幹事長、衆院憲法審査会長に佐藤勉元国会対策委員長を充てる人事を決めた。野党の統一会派がどのように対応するかが注目となる。