恩赦は時代錯誤? ケースで異なる意味と意義

2019.10.31

社会

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恩赦は時代錯誤? ケースで異なる意味と意義

写真/Pool 2019年10月22日 即位礼正殿の儀

政府は10月22日の即位礼正殿の儀に合わせ、約55万人を対象に恩赦を実施した。恩赦といえば天皇陛下の即位や結婚など国家的な慶時に合わせ、受刑者の刑罰の軽減や釈放を認める制度というイメージ。国民からは「時代に合わない」と言った批判も出ているが……。

恩赦には種類がある

法務省によると、恩赦とは「行政権によって、国家刑罰権を消滅させ、裁判の内容を変更させ、又は裁判の効力を変更若しくは消滅させる行為」のこと。わかりやすく言うと政府がすでに確定した刑罰を無くしたり、軽減したりすることである。

恩赦というと普通は国の慶弔時に合わせた恩赦を思い浮かべるが、実はそれだけではない。恩赦には政令恩赦と個別恩赦の2種類があり、個別恩赦の中にも常日頃、個別に行っている常時恩赦と、政府が一定の基準を決めて大々的に行う特別基準恩赦がある。一般的にイメージする恩赦はこの中の政令恩赦と特別基準恩赦のことであり、それとは別に日常的に常時恩赦が行われている。

恩赦の内容にも刑の言い渡しの効力が失われる大赦や特赦、刑の内容が軽くなったり、刑期が短くなったりする減刑、刑罰を受ける必要が無くなる刑の執行の免除、刑が終わった後の公民権停止などが解除される復権の5種類がある。

今回の恩赦は刑が終わってから3年以上経過している人の復権と、病気などの理由で長期間にわたって刑の執行が停止されている人の刑の執行の免除、罰金刑の執行終了者の復権の3つ。死刑が免除されたり、刑の途中で釈放されたりする人がいるわけではない。

「『恩赦』は時代錯誤」の声多数、政治利用の批判も

政令恩赦や特別基準恩赦が行われるのは現行憲法下で10例目であり、1993年の皇太子(現天皇)の結婚以来、26年ぶり。1990年の天皇(現上皇)即位に合わせた恩赦では特赦や減刑も行われ、対象者も約250万人と多かったが、今回は内容も絞り、対象者も約5分の1にとどめた。

政府が恩赦の規模を縮小している背景には、国民からの批判がある。朝日新聞が10月に行った世論調査によると、政府が天皇陛下の即位にあわせて恩赦を行うことに「反対」が54%で、「賛成」の25%を大きく上回った。もともとは国の支配者が権力を誇示したり、求心力を高めたりするために用いた手段だけに、「時代錯誤」や「公平じゃない」などと言った声がある。

日本では奈良時代から実施されていたようだが、諸外国でも慶弔時の恩赦は古くから行われてきた。ただ、海外でも縮小傾向にあるようで、国立国会図書館によると英国では1930年代以降、エリザベス女王の即位やチャールズ皇太子の結婚、フォークランド紛争終結などの際にも恩赦は実施されなかった。フランスでは伝統的に大統領選の後に大規模な恩赦を行っていたが、2007年の大統領選以降、行わなくなったという。2008年には憲法改正で恩赦は限定的に行うことが定められた。

恩赦には“政治利用”という批判も付きまとう。最近の恩赦の例では多くの公職選挙法違反者が「復権」によって公民権を回復させた。公民権停止中は選挙に立候補できないが、恩赦によって再び立候補が可能になったのである。恩赦は天皇が行う国事行為の一つだが、実際には政治家が決めているため、自分たちの仲間を救うことが“政治利用”だというのである。

犯罪者の改善更生のための「常時恩赦」

批判も多い恩赦だが、国の慶弔時とは別に行われている常時恩赦だけは切り分けて考えなければならない。

法務省は恩赦の意義について「罪を犯した人たちの改善更生の状況などを見て、刑事政策的に裁判の内容や効力を変更する」ことと説明している。いったん判決が確定すると司法手続きで刑の内容を変更することは難しいため、更生が進んだ場合などには仮釈放や恩赦のような制度が必要だという訳だ。

常時恩赦は一定条件の下で一律に対象者を決めるのではなく、中央更生保護審査会というところで厳密に審査され、閣議決定と天皇の認証により決める制度。近年、常時恩赦が認められるのは年間20~40人程度だ。

また、判決確定後に捜査や裁判上のミスが明らかになるケースにも有効とされる。例えば冤罪の可能性が指摘されている「袴田事件」では、死刑判決が確定していた袴田巌さんが静岡地裁から死刑・拘置の執行停止と再審を命じる判決を受けて釈放された。しかし、東京高裁では再審開始が取り消された。今のままでは死刑囚であり続けるため、2019年3月、執行を停止するために恩赦を出願している。

さらには、法令が変化した場合にも恩赦は活用できる。例えばある罪の刑罰が軽減された場合に、以前の刑罰を受けている人に恩赦を適用し、新たな刑罰に揃えるケースがありうる。三権分立の中で行政が司法の決定を変えてしまうというのは極めて限定的であるべきだが、常時恩赦だけは“時代遅れ”でも何でもない。

国の慶弔時に合わせた一斉恩赦は確かに時代錯誤で、今回を最後の例とすべきだ。ただ、常時恩赦のようにこれからも必要な制度もある。今後、丁寧な議論が進むことを期待したい。

現憲法下で行われた恩赦(数字は対象者数)

1952年 平和条約発効 約100万人
1952年 皇太子(現上皇)立太子礼 約3500人
1956年 国連加盟 約7万2000人
1959年 皇太子(現上皇)結婚 約4万9000人
1968年 明治百年記念 約15万3000人
1972年 沖縄復帰 約3万5000人
1989年 昭和天皇大喪 約1017万人
1990年 天皇(現上皇)即位 約250万人
1993年 皇太子(現天皇)結婚 約1300人
※出典「国立国会図書館 調査と情報 恩赦制度の概要」