デモが日常となった世界 香港デモ サイドストーリー その2

2020.1.17

社会

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デモが日常となった世界 香港デモ サイドストーリー その2

香港。警察の侵入を防ぐため、道路にレンガが敷かれている

2019年6月以降、香港においてデモは日常となってしまったようだ。「逃亡犯条例」改正案に端を発した反体制デモは、2020年になっても100万人規模のデモが発生し、収束の気配は一向にない。デモが日常になった世界とはどんなものだろうか? 抗議活動の裏でどんなことが発生しているのか、普段はあまり報道されないところを備忘録的にまとめてみた。

催涙弾でキャッチボールも可能?

警察がデモ隊を散らばせるために使うのが催涙弾だ。香港警察が12月9日に発表したところによると合計で1万6000発もの催涙弾が使われたことが明らかになっている。催涙弾はデモを鎮圧させる目的だけではなく、半分、武器として使用しているのではないかという場面が何度も見られている。

抗議活動の現場に行くと、デモ隊が警察と一定の距離を置いて対峙することがある。警察は「催涙弾を発射するぞ」という警告を発し、しばらくしてから催涙弾を発射してくるわけだが、それは野球のライナーのように見えるはずだ。発射時に火花や煙が出るので、催涙弾自体は小さいが日中であれば催涙弾を見失うことはない。もしグローブを持っていれば、催涙弾をキャッチして“レーザービーム”をすることもできなくはないだろう。

ただ、香港ではサッカーが人気で、野球は不人気どころかキャッチボールすらしたことない香港人がほとんど。抗議活動の現場で催涙弾や火炎瓶が飛び交うときがあるのだが、手首の使い方が上手ではないので目標のところまで届かないというケースもある。

走り続けるか否か、それが運命の分かれ道

映像でフルギアの警察がデモ隊を追っかけている場面を見た方はたくさんいるだろう。いくら鍛えられている警官でもフル装備で走るのは厳しいので逃げ切るデモ隊が多い。逃げ切れられず逮捕されるのは、足が遅いか、スタミナがないケースといえる。疲れても心を折らずに走り続けられるかがデモ隊にとってのポイントだ。

コンビニで買ったビール瓶が火炎瓶に変身

デモ隊が催涙弾や放水車に対抗するべく作っているのが火炎瓶だ。火炎瓶は即席で製造できるためデモの最前線では、歩道でも作られている。

近くのコンビニやスーパーでビール瓶を買い、瓶は誰かが用意した段ボールの箱に入れられ、誰かが用意した台車に載せて、最前線のちょっと後ろに到着。作り方は簡単。

  1. 栓を開け中身をマンホールに捨てる
  2. ペットボトルの水で中を軽く洗う
  3. 液体を入れる(ガソリンや灯油)

即席火炎瓶を作るのは大体女性の役割で、完成したら最前線にいるデモ隊に渡される。製造中は大抵、傘で隠さして中で何をしているのかは外にいる人にはわからないようにしている。そういうことで、催涙弾が放たれる前のデモ現場は、時によってはビール臭い。

デモの前線で戦う「勇武派」が去ったあと。何らかの液体が入っていた容器、ミネラルウォーターのペットボトル、傘、手袋、ガムテープなどが散乱

流しっぱなしの動画配信

デモ現場の様子を、ライブ中継をするという手法も、今回のデモで日常的に使われるようになった。これは雨傘運動(2014年)のころから使われ出したやり方だが、今ではすっかり定着している。

香港はスマホの動画を上手に使いこなすメディアが多い。撮影機材を持たない紙媒体は速報性ではテレビに負けるのがこれまでだった。しかし、スマホが進化して通信速度や画質が上がった今、スマホは動画を撮影して即時配信できるツールになった。デモの様子をただ流しっぱなしにするというスタイルが多く、ときには3脚にスマホを付け、交差点等に設置して、そこに誰も人がいなくなるまで、またはスマホの電池が切れるまで、デモ隊と警官隊の衝突がなくても流し続ける。

衝突していない場合は、単なる交差点の様子を映しているだけなので面白みに欠けるが、それでもメディアとしてはライブ中継を続ける。もちろん、記者がスマホを持ってデモの様子を撮影している場合もある。

そうなるとテレビも負けていられない。デジタル放送により1局でも複数のチャンネルを持っていることから、何もなくてもデモの様子を放送することが多い。生中継であるため、「暴力的な場面や汚い言葉が流れる場合があります」という但し書きが画面の隅に書かれている。

こうした競争原理が働いた結果、香港に滞在していようが、日本にいようが、アメリカにいようが、デジタルデバイスを持っていればデモ現場の中継を見られるようになった。

寝る前のスマホが鬱を誘発する?

現代人は寝る前にスマホを触ってから寝る人が多い。それは香港人も同じだが、香港人の場合はデモの最新情報をゲットしてから寝るということになる。寝る前のスマホ操作が睡眠に及ぼす悪影響が叫ばれているが、デモに関する情報は睡眠不足、睡眠障害、ストレス、体内時計が狂う、怒りで興奮する、ショックで鬱になる……といった影響を人体に及ぼす。

以前から香港は社会的ストレスが強く、鬱になる人が少なくないが、デモが発生してからそれが加速した感がある。中国に詳しい知り合いのジャーナリストが「こういったのは数年後に精神の病として出てくる可能性がある。今、幼い子どもが凄惨なデモ現場を見ていたとしたら心配」と話していた。

イデオロギーの対立は家族すら分断

最近の香港は、人の分断が進んでいる。デモ現場だけでなく普段の生活の中でも分断の事例が嫌というほど出てきた。

例えば、香港の男性に嫁いだ日本人女性はSNSで親族のグループチャットがあったそうで、「週末の家族での飲茶はここでやる」といった伝言板的な機能などを果たしていたそう。しかし、デモが発生すると、民主派支持者の香港人夫と日本人嫁と、中国支持の親族との間で、グループチャット内で激しい議論が起こったという。家族の感情的な分断を避けた夫婦は家族のグループチャットからそっと抜けたそうだ。

ほかにもこんな例がある。私の友人の親族に、香港生まれだがイギリス育ちの人がいる。イギリスで勉強したのならデモ側を応援しそうなものだが、実際は親中派を支持し、デモ隊の破壊行為はやりすぎだと主張したそうだ。一方の友人は破壊行為をさせる原因を作ったのは香港政府が民意を聞かないからだと反論し意見は平行線に。結局、私の友人は毎年、イギリス仕込みのクリスマスパーティーに呼ばれて楽しんでいたが、今年は参加しなかったそうだ。

イデオロギーの対立は、相手の意見に耳を傾けないことが多く、例え家族や友人であっても絶交につながるケースが多い。

過去のデモの経験が生きない

筆者は香港の出来事を取材するようになって約20年で、2003年の「国家安全条例」50万人デモ、2014年の雨傘運動を含め香港のさまざまな動きをずっと見てきた。それに基づいて「今度はこうなるのではないか?」という経験則が今回はあまり通用しない。

実際、筆者が5月に書いた「逃亡犯条例」改正案に関する記事では、強行採決で逃亡犯条例が成立するのではないかと書いている……。言い訳になってしまうが、そのときは条例案に香港人でさえほとんど関心を持っておらずこんな展開になるとは予想できなかった。香港の専門家と話しても、筆者と似たようなことを言っていた。

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民主派が区議会選挙で圧勝する予想した人も誰1人いなかった。きっと経験則が、世論調査の分析を邪魔したのだろう。

世界では、社会の分断、格差社会、右傾化、少子化、テクノロジーの発達など、いろんなことが起こっているが、香港におけるデモの事例はそれらが組み合わさった時代の最先端の事象なのかもしれない。今後も、一つひとつの出来事を丁寧にとらえていかないといけないと思っている。