コロナ禍の食糧難、停滞する米朝交渉…窮地で高まる北朝鮮のストレス

2020.07.21

社会

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写真:Lee Jae-Wonアフロ

6月16日、北朝鮮は南北友好の象徴だった南北共同連絡事務所を爆破し、そのシーンを世界に公開した。南北関係の改善に力を注いできた韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権にとっては顔に泥を塗られた格好となり、朝鮮半島の緊張はさらに拡大。さらに7月上旬、アメリカのミドルベリー国際大学院の研究チームが、衛星写真からの分析で北朝鮮が平壌近郊の施設で核弾頭を製造している可能性があると明らかにした。北朝鮮がここまでの強硬姿勢を続ける理由と、次に打ち出すであろう一手について考えてみたい。

南北関係悪化の3つの原因

北朝鮮が南北友好の象徴を爆破したきっかけは、韓国の脱北者団体が5月31日、金正恩氏を批判する内容のビラを気球に乗せて飛ばしたことにある。ビラには、「金正恩は偽善者だ」、「2017年にクアラルンプール国際空港で殺害された金正男氏は、弟である金正恩によって暗殺された」、「長男である金正男氏こそが本物の血統一族であり、そうでない金正恩はコンプレックスを持っている」などの内容が書かれていたという。

このようなビラの散布は、何も今始まったものではなく、少なくとも2003年あたりから繰り返し脱北者団体が行ってきた。では、なぜ今回のビラ散布にここまで過激な反応を見せるのか。これには少なくとも3つの理由が考えられる。

一つ目は、停滞する米朝交渉だ。トランプ米大統領は就任当初から金正恩氏を「ロケットマン」などと非難し、米朝の政治的緊張が非常に高まったが、それ以降両者は3回も顔を合わせ、朝鮮半島の雪解けが期待された。しかし、核の完全廃棄を譲らないトランプ政権の姿勢が変わることはなく、今日まで米朝関係でそれ以上の進展は見られない。

それに不満を強める北朝鮮は、「太陽政策」を堅持して融和路線を進める文在寅政権に仲裁役を期待したが、思うように進展が見られないことから韓国への不満も強めていた。要は、北朝鮮は文在寅政権が強硬姿勢に転換することはないと判断し、文在寅政権は北朝鮮に足下を見透かされているといえる。

2つ目は、新型コロナウイルス感染拡大による中朝国境の閉鎖だ。中国で新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、北朝鮮は1月から中国との国境を封鎖しているが、それによって中国との貿易が9割も減少し、国内で食糧難や失業者の増大が深刻化している。昨年、北朝鮮の対中貿易依存度は過去最大の95.2%に上ったが、今日ではほとんど物資が北朝鮮国内に入っていないことになる。北朝鮮では、国民の4割以上が“不安定な食糧供給”という厳しい状況にあるのだ。

そして、3つ目が国内からの反発・抵抗である。これは2つ目の食糧難問題にも関連するが、国民や兵士が生きていく上で必要な食糧やカネにたどり着けなくなると、その不満や怒りは必然と政府に向かう。これまで9割を依存してきた中国からの輸入が9割も減るということは、金正恩政権にとって、また歴代政権も経験したことがない危機なはずだ。

そのようななか、韓国の脱北者団体が現体制を批判する内容のビラを巻き、それが国民や兵士に知られるとなると、金正恩氏が国内からの反発・抵抗を恐れることは想像に難くない。今回のビラ散布によって、北朝鮮メディアからは市民が強く憤るシーンが流されるが、金正恩氏としては怒りの矛先を外に向け、現体制の威信を守りたいはずだ。

鍵は11月の米大統領選

今後の北朝鮮の行方では、やはり11月の米大統領選が大きなポイントだ。現在、同大統領選ではバイデン氏が支持率でトランプ大統領をリードする展開となっているが、金正恩氏はトランプ大統領の再選を望んでいることだろう。

米朝交渉は停滞しているが、金正恩氏にとってトランプ大統領は“3回も会ってくれた米国大統領”である。当時のブッシュ大統領(2002年)は、北朝鮮をイラク、イランとともに“悪の枢軸”と名指しして非難し、オバマ前大統領は北朝鮮が核開発を放棄するまで無視し続けるという“戦略的忍耐”政策を採り、北朝鮮のリーダーと会うことはなかった。そして現在、大統領選の支持率でリードしているバイデン氏は、オバマ政権の元副大統領であり、同氏が勝利すれば、米国は再び戦略的忍耐に回帰する可能性がある。

今日、北朝鮮はトランプ再選後のシナリオ、もしくはバイデン勝利後のシナリオなどいろいろと考えているはずだ。例えば、大統領選が近づくにつれバイデン氏有利な状況が鮮明になると、自らが望む状況ではないとして、日本海に向けてミサイルを発射したり、韓国を軍事的に威嚇するなど、再び緊張を高める行動に出てくる可能性も排除できない。

6万人の在韓邦人を保護できるか

一方、北朝鮮情勢の件でもう一つ大事な問題がある。それは在韓邦人の保護だ。韓国には現地に住んでいる人と旅行者を加えると約6万人の日本人がいるといわれる。大規模な衝突に発生する可能性は低くても、偶発的な衝突や攻撃が起こる危険性は十分にある。

2010年のヨンピョン島砲撃事件 (市民や兵士4人死亡)のように、北朝鮮からの複数の砲撃によって在韓邦人が被害に遭うリスクもある。そして、在韓邦人の多くが軍事境界線に近いソウル周辺にいることを意識しないといけない。

また、韓国の国土面積や地形上、国内には空港が少なく、有事の際には各国とも航空機での避難を優先させることから、邦人を航空機で安全に日本へ退避させられない可能性も高い。韓国に駐在員を置くある企業は、大邱(テグ)や釜山(プサン)などに南下できるように前もって自転車を用意しておくとの話も聞いたことがある。

2017年の北朝鮮危機の際には、日本政府内でも在韓邦人をとりあえずはプサンから南50キロほどの長崎・対馬に移動させる議論があったらしい。現在、北朝鮮情勢は再び悪い方向へ走り出している。何かあってからでは遅い、今のうちから朝鮮半島有事の際の邦人保護を官民一体となっていっそう進めたい。