45年ぶりに戦死者を出した中国・インド国境紛争は核戦争の危険をはらんだ“天空の争奪戦”

2020.7.21

政治

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45年ぶりに戦死者を出した中国・インド国境紛争は核戦争の危険をはらんだ“天空の争奪戦”

写真:AP/アフロ

戦死者を伴う核保有国同士の軍事衝突が半世紀ぶりに起きた。中印国境紛争だ。新型コロナウイルス対策で右往左往する日本ではそれどころではなかったようだが、世界の外交・軍事筋は核戦争の可能性を含むこの争いの行方を不安視している。

1950年代から続く中印の小競り合い

2020年6月15日、インド北端カシミール地方のラダック地区にあるカルヴァン渓谷に引かれた“国境”(正確にはLAC=実効支配線)で対峙するインド、中国両軍が衝突、前者に死者20人、負傷者76人以上(後者は死傷者不明だが一説に死者40人以上とも)の死傷者が出た。

“世界の屋根”と評されるヒマラヤ山脈の尾根伝いに西のカシミール高原まで東西にざっと4000kmに達する中印国境。その間ネパールやブータンが緩衝国として存在するが、富士山を優に超す標高4000m以上の急峻な山岳地帯で、酸素も住民も希薄な“不毛の地”だけに、国境線の大半はいまだに未確定。

そのため1950年代から両国の小競り合いは続けられ、1962年には「中印国境紛争」と呼ばれる大規模な軍事衝突が勃発、両軍合わせて戦死者は1000人超に及ぶ。その後も小規模な衝突は何度となく発生するが、1975年にインド東部アルナーチャル・プラデーシュ州の国境地帯で発生した紛争(インド側に4人の死者)を最後に戦死者は出ておらず、今回、45年ぶりの戦死者となった。

人口世界1・2位、総合軍事力3・4位が激突する意味

インドのモディ首相は制裁とばかりに2020年6月末、国家安全保障を理由に動画投稿アプリ「TikTok」など中国製アプリ59本の国内使用禁止を実施、中国製品の輸入規制や関税アップなどの報復措置も検討するなど強硬の構えを見せる。だが一方の中国・習近平政権は事態の拡大を望まない雰囲気で、冷静な対応に終始する。

今回の国境紛争は、“核兵器保有国同士の激突”という点、そしてともに10億人超の人口大国で兵力には事欠かないという点で、世界に数ある領土争いとはまるで次元が異なる。

中国

  • 人口:14億2800万人
  • GDP:13兆3700億ドル
  • 軍事費:2611億ドル
  • 総兵力:[正規軍]203万5000人、[準軍隊]70万人(うち陸軍97万5000人)/予備兵力51万人
  • 主力戦車:5800両
  • 潜水艦59隻
  • 空母1隻
  • 大型水上戦闘艦86隻
  • 戦闘機/攻撃機3550機
中国軍のDF-21A準中距離弾道ミサイル(MRBM)(中国国防部)

インド

  • 人口:13億5300万人
  • GDP:2兆7200億ドル
  • 軍事費:711億ドル
  • 総兵力:[正規軍]144万4500人、[準軍隊]158万9000人(うち陸軍123万7000人)/予備兵力:249万6000人
  • 主力戦車:3563両(他に予備1100両)
  • 潜水艦:16隻
  • 空母:1隻(他に1隻が間もなく就役)
  • 大型水上艦:27隻
  • 戦闘機/攻撃機:730機以上
インドの空母「ヴィクラマーディティヤ」(インド国防省)

(人口:国連2019年、GDP:IMF2019年、軍事費:SIPRI 2019年、兵力:ミリタリーバランス2019などを参考)

これまで核保有国同士の戦死者を伴う軍事衝突は歴史上1件だけ。1969年3月の中ソ国境紛争(ダマンスキー島/珍宝島事件)で、中国東北地方(旧満州)と旧ソ連・沿海州を隔てるウスリー河(アムール河/黒竜江の支流)の中州をめぐり激突、双方で戦死者60~70人を出した。

1950年代後半からの中ソ対立(社会主義の盟主をめぐる一種の権力闘争)が最高潮の時期に起きた共産圏同士の衝突。中国は1964年に独力で原爆実験を実施し核保有を達成、一時は中ソともに原水爆使用を真剣に検討したほど。これを考えると“戦死者が出た核保有国同士の軍事衝突”は半世紀ぶり。

翻って今回の紛争に関し、中印両国の経済的結びつきが非常に強く、国境を接しているとはいえ、“世界の屋根”と呼ばれる高山地域で陸軍の大部隊が展開できる物理的な場所がほとんどないことから、全面衝突へと今後発展する可能性は極めて低い、との見立てが大方。

だが、そもそも第1次大戦、第2次大戦は経済的つながりが非常に強かったドイツと英仏との間で勃発しており「極めて低い」との予断は禁物。総合的な軍事力はアメリカ、ロシアに次いで中国は世界第3位、インドは4位と目され、通常戦力による激突は前述のとおり難しいものの、反面一気に核戦争へとエスカレート、という悪夢を想像するのも無根拠とはいえない。

国内の保守派・国粋主義者による扇動で国論が開戦へと傾いて政権側も応じざるを得なくなったり、偶発的事件が引き金となったりして、ついに核のボタンを押してしまう――という可能性もゼロではないのだ。

悪夢を引き起こすに十分な核戦力

事実、両国の核戦力は悪夢を引き起こすのに十分なレベル。とりわけあまり目立たないインドのラインナップぶりに驚かされる。

中国

  • 地上発射型弾道ミサイル
    ICBM(大陸間弾道ミサイル:射程6400km以上)70基以上:東風4(DF-4)、東風5A(DF-5A)、東風31/31A(DF-31/‐31A)、東風41(DF-41)
    IRBM(中距離弾道ミサイル。射程2000~6000km)30基以上:DF-26
    MRBM(準中距離弾道ミサイル。射程800~1600km)158基(うち通常弾頭型78基):DF-21A/E(東風21A/E)
  • SLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)
    弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN):「晋」級4隻(JL-2/巨浪2SLBN12基搭載)

インド

  • 地上発射型弾道ミサイル
    ICBM:アグニⅤ(射程6000km以上)
    IRBM:アグニⅢ(同3200km)、アグニⅣ(同3500km)
    MRBM:アグニⅡ(同2000km)
    SRBM(短距離弾道ミサイル。射程800km以下):プリットヴィーⅡ(同250km)、アグニⅠ(同700km)
  • 超音速巡航ミサイル
    PJ-10ブラモス(ロシアと共同開発。マッハ2・8、射程300km)
  • SLBM
    SSBN:「アリハント」1隻。K-15(射程600km)またはK-4(同3500km)12基
ロシア・インドが共同開発した超音速巡航ミサイル「ブラモス」(インド国防省)

以上が両国の核戦力の概要で、このほか通常の爆撃機や戦闘機/攻撃機に搭載できる核爆弾も多数保有する。

インドは1974年に初の核実験に成功、このときはあくまでも平和利用を喧伝したが、1998年に兵器としての原爆実験を強行、「核兵器保有国」の仲間入りを果たす。何度も戦火を交える隣国パキスタンと、これを軍事支援する中国への対抗措置で、すでに弾道ミサイルで北京を直接狙えるほか、原子力推進の核ミサイル搭載型潜水艦(SSBN)「アリハント」も1隻保有、仮に相手側の先制攻撃で地上配備型の核戦力が全滅した場合は“最後の切り札”としてこれを使い報復するのが目的だ。

にわかにキナ臭くなった“天空の争奪戦”、第2幕が開かないことを祈るばかりだ。