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中印国境紛争ちゅういんこっきょうふんそう Sino-Indian Border Conflict(1962)

ヒマラヤで繰り広げられる世界一高所の国境紛争

一般的に1962年10~11月に中国とインドが戦った大規模な国境紛争を指す。インド最北部のカシミール地方で標高は4000m超、急峻かつ人口希薄な不毛の国境未画定地帯が舞台のため、“世界一高所の紛争”“天空の戦い”とも呼ばれる。

その東部アクサイチン地域の帰属をめぐり、両者がそれぞれ兵力1万名規模を投入し約1カ月激突。結果は中国の圧勝で同地域を実効支配、戦死者は中国側約700人、インド側約1400人に上った。

チベット地区で訓練を行う中国陸軍西部戦区の歩兵部隊(中国国防部)

約4000kmと長大な中印国境は「世界の屋根」ヒマラヤ山脈からカシミールにまで及び、大半が高山地帯のため境界線は長年曖昧のまま。20世紀に入り辛亥革命(1911~12年)による清王朝滅亡と中華民国成立、そして中国からの完全独立を画策するチベットなど中国側は混乱の極みに達する。

一方19世紀半ばにインドの植民地化を固めたイギリスは、混乱に乗じて中印東部国境地帯に「マクマホン・ライン」と称し国境線を勝手に確定。その後、1949年に成立した毛沢東率いる中華人民共和国もこれを認めず、同時に中国軍を進撃させ1950年代前半までに中国はチベット全土の併合を達成する。

その後1959年、中国共産党支配に対するチベット人の大規模暴動が発生するが間もなく武力鎮圧。このときチベット人の最高指導者ダライ・ラマ14世は隣国インドに難を逃れ亡命政府を設立したため、中印関係は一気に険悪化、1959年にインド東部アルナーチャル・プラデシュ州での小規模な国境紛争に続き1962年の大規模衝突へと発展した。

その後も国境地帯の随所で何度となく両軍の衝突が繰り返されるが、戦死者を伴う小競り合いは1975年を最後に出ていなかった。そんななか、2020年6月に再び中印両軍が衝突し死傷者が出た。実に45年ぶりに起きた戦死者を伴う衝突は、ともに核保有国ということもあって核戦争を懸念させるとして各国に不安視されている。

ちなみに高級セーターの「カシミア」は「カシミール」と同意で、同地方特産のカシミアヤギの毛で作ったもの。

 2020.07.22更新

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