8月28日午後、安倍晋三首相辞任の第一報が流れると、金融市場は激しく動揺した。「安倍首相に近いとされる議員や閣僚が辞任観測の火消しに回っていたので続投と見ていた。サプライズだ」(市場関係者)と受け止められたためだ。想定外の辞任劇に日経平均株価は一時、600円強も下落、円相場も円高に振れた。
後任人事で異次元緩和がどうなるか
市場の注目は、アベノミクスの中核をなす大規模な金融緩和が安倍首相辞任でどう変化するかに集中している。後任人事がすべてを握っているが、「アベノミクスに否定的な石破茂氏が首相に就けば、株価の調整は避けられない」(同)というのが市場の共通した見方だ。当面の焦点は、総裁選が「両院議員総会」か「党大会」か、いずれの方式で行われるのかに注がれる。
実は辞任発表の2日前、筆者は、某経済官僚から次のような連絡を受けた。「安倍首相の体力は限界のようだ。いま辞任すれば国会議員の投票でほぼ決められる両院議員総会となるが、続投して大量の地方票が加わる党大会になれば、地方で人気の高い石破氏の芽が出てきて安倍さんは嫌だろう。辞任は近いかもしれない」と。後任人事の流れも考慮した入念に練られた辞任劇とみていい。
市場が期待するのは、安倍氏の経済路線を継承するような後任選びとなる。第2次安倍政権は発足して以降、デフレ脱却をスローガンに掲げたアベノミクス効果から、株価は3倍に跳ね上がり、企業業績は過去最高を更新し、雇用所得環境も大きく改善した。とくに安倍政権とともに日銀総裁に就いた黒田東彦氏の下、展開された異次元緩和策は劇的な効果を生んだ。
「アベノミクスは大胆な金融緩和、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の3本の矢で進められたが、牽引役は大胆な金融緩和だった」(市場関係者)と言える。後任総裁が誰になるかにもよるが、「新政権と日銀は改めて政策協調(アコード)を結ぶ可能性もある」(同)と見られている。
中長期的には財政・金融政策の軌道修正も
足下の日本経済は、コロナ禍により、2020年4~6月期の実質GDP(国内総生産)は年率マイナス27.8%と戦後最悪に落ち込み、第2次安倍政権前の水準に逆戻りした。上場企業の約3割が赤字に陥り、10兆円規模の税収減も想定されている。「財政と金融による継続した下支えが不可欠」(市場関係者)というように、日銀もコロナ禍に対応する企業の資金繰り支援や、経済・物価の安定に向けた現在の金融緩和策を継続する意向だ。
ただし、中長期的には財政・金融政策の軌道修正が行われることは避けられないだろう。「アベノミクスはよく効いたが、それだけに副作用も大きく、いずれその修正局面はくる」(同)というわけだ。GDPの2倍を超す財政赤字はコロナ禍でさらに加速する。また、大規模な異次元緩和は「出口戦略」は先送りされたままだ。マイナス金利の副作用も深刻化している。
国際通貨基金(IMF)は、日米の株価上昇に対し、「実体経済と乖離し、割高感がある」と警告を鳴らしている。総裁選の結果いかんでは、過度な株価の調整も懸念される。