自民党総裁選が9月14日に投開票され、菅義偉官房長官が全体の約7割の票を集めて圧勝した。菅氏は16日の臨時国会で新首相に選出される。秋田出身で初めて、無派閥としても初めて総理大臣の座に就く菅氏、総理大臣候補として異例の経歴を菅氏の政治はどんなものになるだろうか。
総理大臣候補としては異例の経歴
総裁選の結果は菅氏が377票(国会議員288、地方票89)、岸田氏が89票(国会議員79、地方票10)、石破氏(国会議員26、地方票42)が68票だった。菅氏の圧勝は予想通りだったが、注目の2位争いは岸田氏が制した。
「雪深い秋田の長男として生まれ、地元で高校まで卒業しました。卒業後、すぐに農家を継ぐことに抵抗を感じ、就職のために東京に出てきました」
自民党総裁選の所見表明演説でこう語ったように、菅氏の経歴は総理大臣候補としては極めて異例だ。1948年(昭和23年)秋田県生まれ。いちご農家の長男として生まれたが、高校卒業後、進学せずに上京。東京都板橋区の段ボール工場に就職したが、挫折して2カ月で退職。その後、法政大学に入学し、アルバイトを掛け持ちして生活費や学費を稼ぎながら卒業した。
大学卒業後はいったん就職したが、政治家を志して横浜を地盤とする自民党の小此木彦三郎衆院議員の秘書となる。約11年間秘書を務めた後、横浜市会議員に転身。2期務めた後、1996年の衆院選に神奈川2区から立候補して初当選した。
こうした経歴から菅氏はよく“たたき上げ”とか“庶民派”と称される。祖父は岸信介元首相、父親の安倍晋太郎も首相候補だったという華麗な経歴を持つ安倍晋三現首相とは対照的。菅氏は安倍首相が時折「庶民感覚に乏しい」と批判されたことを意識してか、所見表面演説ではこうも語った。
「50数年前に上京した際に、今日の自分の姿は全く想像することもできませんでした。私のような普通の人間でも、努力をすれば総理大臣を目指すことができる。まさにこれが日本の民主主義ではないでしょうか」
官僚との距離感、派閥との関係に注目
菅氏は国政転身後、すでに亡くなっていた小此木氏と交流の深かった梶山静六元官房長官を師と仰いだ。“武闘派”と称され、国会対策などで手腕を発揮した梶山氏の仕事ぶりを間近で見たことが現在の菅氏の政治手法につながったとされる。特に梶山氏から学んだのが官僚を使いこなすことの難しさと重要性。その教えを生かし、安倍政権では官房長官として官僚の人事権を握り、官僚を統制することで次々と重要政策を実現させた。
ただ、官僚支配を進めたことで安倍政権の負の側面であるモリカケ問題などの“忖度政治”、桜を見る会などの“私物化”が生まれたのも事実。菅政権ではどのような距離感で官僚と付き合っていくのかも注目される。
菅政権におけるもう一つの懸念は派閥との付き合い方である。“菅総理誕生”の流れを作ったのはたたき上げ同士で認め合う二階俊博幹事長。それを追うように党内最大派閥の細田派、第2派閥を争う麻生派、竹下派のトップが菅氏支持を打ち出した。第4派閥の二階派も含め、ほとんどの主要派閥が無派閥の菅氏を支持するという異例の構図だ。
個人人気で首相の座に返り咲いた安倍首相と異なり、主要派閥の後ろ盾で首相に就くだけに菅氏は今後、二階幹事長や麻生太郎財務相兼副総理らにも配慮する必要が出てくる。党役員人事や組閣をめぐって菅氏は「派閥の要望は受け付けない」と語っているが、その言葉がどこまで本当か見極める必要がある。
解散総選挙のタイミングはいつか
菅政権発足後、最大の注目は解散総選挙のタイミングだ。衆院議員の任期は2021年10月21日。つまり内閣発足後、1年強の間に必ず解散総選挙をしなければならない。自民党内では「内閣発足直後に支持率が上がったタイミングで解散するのが最も有利」との声が多く、官房長官の有力候補である河野太郎防衛相も「恐らく10月のどこかで行う」と述べている。永田町では9月18日解散、10月25日投開票という具体的なスケジュールも取り沙汰されている。
ただ、早期解散には連立を組む公明党が反対する可能性が高い。公明党の斉藤鉄夫幹事長は9月4日の記者会見で「感染拡大が収束しつつある状況ではない。国民の多くも感染拡大を心配している」と指摘。「そういうなかで、解散・総選挙は行うべきではない」とけん制した。菅氏はこれまでも公明党との友好関係を重視してきただけに、公明党に配慮して解散を先延ばしにするのではないかとの観測もある。
また、故中曽根康弘元首相の合同葬を10月17日に都内で開くとの発表も早期解散説を遠ざける一因となっている。10月25日投開票だとすれば、合同葬の日は衆院選の真っただ中。「衆院議員が参加できない日程を組むはずがない」(永田町関係者)というわけだ。
解散を先送りした場合、内閣発足直後に上がった支持率がじりじり下がっていく可能性がある。タイミングを誤れば短期政権で終わる可能性もある。自らの手に握った“解散権”をいつ行使するか。戦略家である菅氏は今も頭をフル回転させているに違いない。