日本が香港人の移住先になりにくい理由

2020.10.12

社会

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日本が香港人の移住先になりにくい理由

香港市民の受け入れ拡充について話すボリス・ジョンソン英首相 写真:Eyevine/アフロ

香港は今、中国とアメリカの間に挟まれて窮地に陥っている。香港国家安全維持法によって1国2制度は崩れ、民主化への道は閉ざされようとしている。また、中国に対抗するアメリカが香港に対する優遇措置を停止ことによって、経済的な特別扱いはされなくなり、香港に進出する企業のメリットはどんどんなくなっている。日本が彼らの受け入れ先になれないかと考えてもみるが、それは難しいかもしれない……。日本が香港人の移住先になりにくい理由とは。

旧宗主国イギリスに香港人を受け入れることはできるか

香港の旧宗主国イギリスのボリス・ジョンソン首相は7月1日、香港国家安全維持法が施行されたことを受けて、「イギリス海外市民旅券(BNOパスポート)」を持つ香港市民に対して、2021年1月からイギリスでの市民権取得 を促す方針を表明した。

BNOパスポートとは1997年の香港返還以前に生まれた香港市民を対象にした旅券で、イギリスにビザなしで最長6カ月間滞在でき、約35万人が保有している。

ジョンソン首相が表明した新しい方針では、イギリスに5年間住むことができ、5年間たてば永住権が与えられ、その1年後に市民権も得られる仕組みだ。扶養親族も対象となる予定で、300万人が対象になることから香港の人口の約4割が適用されることになる。

一見、イギリスから香港に対する、慈愛に満ちた破格の受け入れ態勢に見える。優秀な金融人材であれば、ロンドンのシティで働けるだろう。しかし、そうではない人はそうは甘くないのではないか。

まず、外国で働き口を見つけるのは容易ではない。もし香港で医師をしていたとしても、国が違えば資格も違うため香港人がイギリスの病院で働けるという保証もない。そうなると彼らは、ウエイター、建設作業員等の職業につく可能性が高まる(日本に住む外国人もこういった現場にたくさんいる)。そしてイギリスでは、出稼ぎの東欧の人たちがすでにそういった仕事に就いている。そこに割りこんでいかなければならない。

イギリス人はヨーロッパとのつながりをある意味絶ちたくてブレグジットを決断した。そんな彼らが文化的にも、距離的にも遠い香港の人たちを受け入れる心の準備ができているだろうか? 筆者は甚だ疑問だ。

現実的な移住先はシンガポール&台湾だが…

よく香港のライバルとして比較されるのがシンガポールだ。東南アジアの金融の中心、ハブ空港を持つなど都市機能が似ているからだ。そして英語が使え、中華系の人々が多く住む。

筆者の知り合いで日本人の妻を持つ日本在住香港人がキャリアアップでシンガポールに仕事を見つけ数カ月前に移住している。ライバルといっても香港とシンガポールの経済の結びつきは強いので、香港人にとってシンガポールへの移住は現実的な選択肢だといえる。

また、現時点での香港人にとってベストの選択が台湾だ。台湾の内政部移民署によると、2019年に台湾への居留許可を得た香港人 は前年比4割増の5800件。2020年はさらなる増加が見込まれている。

蔡英文政権も民主主義を重要視する観点から香港の人々を助けるという方針を打ち出しているほか、地理的に近い。香港‐台北間は約1時間半程度。羽田‐新千歳と変わらない。政治体制が民主主義で、どちらも繁体字と呼ばれる旧字を使う。香港人は普通話(北京語)を話すことができ、旧正月を祝うなど“中華”という文化を共有できる。

台湾は医者、弁護士などの高度人材であれば長期滞在を認める制度も整備されている。また、7月1日から台北市内に、台湾移住や修学などの支援、香港からの高度人材の受け入れや投資の窓口となる「台港服務交流弁公室」という事務所を設置し、香港受け入れの意思を示した。

ただし、台湾は地政学的には米中冷戦の総本山ともいえる場所。リアルな話をすれば、アメリカは香港に関しては経済的な制裁を加えるだろうが、軍事行動はありえない。しかし、台湾に関してはゼロとはいえない。香港人がどれだけ楽観しようが、未来は神のみぞ知る。

優秀で親日家の香港人は日本が求める人材ではないか

日系金融機関の香港支店で働いている日本人の知人は、「香港でビジネスを続けられることが一番です。シンガポールから香港の案件をこなすことはできますが、やりにくい。とはいえ、リスクヘッジとして一部の機能の移転を考えないといけないでしょう」と話す。

彼はニューヨークのウォール街、ロンドンのシティでも働いたことのある金融のプロ中のプロだ。その言葉は、今の香港が置かれた状況の厳しさを表している。働く場所に海外を選ぶ香港人は今後増えていくだろう。

そんななか、人口減に拍車のかかる日本は労働人口の獲得に課題を抱えており、根本的な解決策は今のところ見つかっていない。2019年4月の入管法改正で、製造業を中心とした14業種の単純労働に対して外国人労働者の受け入れ条件は緩和されたが、業種の限定は、単純に日本で働きたい優秀な外国人人材に広く門戸を開いているとは言い難い。

香港人はとても優秀だ。中国、韓国並みの超がつく受験競争社会を生き抜いてきており、各種世界大学ランキングを見ると香港大学は東大より上位に、香港中文大学は京大より上位に位置する。もちろん、英オクスフォード、英ケンブリッジ、米ハーバードといった世界の名門に入る人もたくさんいる。また、高学歴の上に広東語、北京語、英語と最低3つの言語を話せる(広東語と北京語はほぼ別言語と思っていい)人も少なくない。

そして香港人は年間200万人以上が日本に訪れる親日家だ。であるならば、日本は香港を脱出したいと考えている香港市民を積極的に受け入れるべきではないだろうか。日本の国際的競争力向上にもつながる話だ。

しかし、大きな問題が一つある。香港人が日本に引っ越そうと思っても言葉の壁にぶつかるのだ。

日本で働きたいと思っても雇い入れる環境がない

香港在住のフランス人アニメーターというのが知り合いにいる。彼は日本文化好きのフランス人の典型で、日本のアニメの影響を受け日本で働きたいと思ったのだが、日本語が話せない(勉強中ではある)。香港で働いているのは、「香港にはアニメの仕事があり、英語が通じるので……」と。

また、香港人男性と結婚した日本人女性の友人は、「夫婦で日本に行きたいと思うけど、夫の就職の問題がどうしても壁になる」とため息をつく。

楽天やファーストリテイリング、ホンダなど日本にも英語を公用語化する大手企業はあるが、まだ多くはない。中小企業でも英語が使えるところはあるだろうが、企業の規模によっては入国管理局が定める在留資格の審査が厳しいカテゴリーに区分されることが多く、就労ビザの申請にかかるコストも無視できない。

要は日本には、日本語が話せない高学歴の外国人人材の働き口が根本的に少なく、情熱のある人でも企業側が雇い入れる環境にないということだ。

「金融機関は米中どちらを選ぶ? 究極の選択で揺れる香港」 でも書いたが、忘れてならないのは世界の基軸通貨は米ドルであるということだ。前述の日本人は「何だかんだで、金融の世界は英語なんですよ」と話す。この言葉が示すところは大きい。

そんな日本の状況を筆者は悲しく思う。サラリーも長年のデフレですっかり外国に抜かれてしまい、安月給の国なってしまった。加えて「横社会」の外国人には慣れない「縦社会」という社会構造もある。

テレワークの浸透で、仕事を労働時間ではなく、欧米のように成果で評価されるようになり、ワークライフバランスが向上すれば、香港上海匯豊銀行(HSBC)が発表した、外国の駐在員が働きたいランキングのワースト2位(2019年)からも脱出できると思うのだが……。

外国人がなじめる社会環境を

そもそも移民にはたくさんのお金がいる。生活水準が高い香港の中流家庭でも大変だろう。

本来、移民というのはより良い生活を求めてするもので、明るい未来が待っていると希望を持てるもののはずだ。しかし、今回の香港の問題はやむを得ず移民するという後ろ向きな考えによるものだ。そんな心構えで海外の水になじめるのだろうか? 香港人にとってはまずはそこが大きな壁だろう。

一方、日本は出生率が上がらず人口が減少している。これは働き手の減少だけではなく市場の減少という問題も抱えている。優秀な人材を受け入れるだけでも、少しは右肩下がりを緩やかにできるはずだ。

日本側にも香港側にも課題はあるが、まずは「外国人が来ると犯罪が増える」というステレオタイプがはびこる内向きな日本社会に対して、親日の香港人がなじめるような環境にする努力が必要だろう。