後から振り返れば2020年は歴史の分岐点だったと記録されるかも知れない。世界の覇権がアメリカから中国に移る、「パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)」から「パクス・チャイナ(中国による平和)」への転換である。引き金を引くのはいうまでもなく新型コロナウイルスの世界的な感染拡大である。
世界がコロナ第3波のなか、際立つ中国の回復
中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は11月20日、日米中など21カ国・地域によるアジア太平洋経済協力会議(APEC)にオンラインで出席し、環太平洋経済連携協定(TPP11)への参加を「積極的に考える」と表明した。
また、習氏は「中国は地域経済の一体化を進め、アジア太平洋の自由貿易圏を一日も早く完成させる」と述べ、「アジア太平洋地域は断固として多国間主義を守り、自由開放的な貿易と投資を促進すべきだ」と強調した。「アメリカ・ファースト」を掲げ、保護主義的な傾向を強めるトランプ政権へのあてつけとも取れる言動だ。習主席の念頭にあるのは、“偉大な中華経済圏”をアジアそして世界へと普遍させることであろう。
習氏の強気の背景には、いち早くコロナ禍を克服し、経済がV字回復したとの自負がある。中国の国内総生産(GDP)は、2020年第1四半期(1~3月)は前年比6.8%減だったが、第2四半期(4~6月)では3.3%増、第3四半期(7~9月)4.9%増と短期間でプラス成長に転じた。
いまなお欧米ではコロナ感染拡大が止まらず、第3波の襲来もあり、大きくマイナス成長となるなか、中国経済の回復は際立っている。「今年の世界の成長率はマイナス4%に落ち込むと見られる一方、中国はプラス2%になる見込み」(エコノミスト)とされる。
2021年の早い時期に新型コロナウイルスのワクチン接種が開始されるとみられていることから、「来年の世界経済は6%成長に復帰できると見込まれているが、中国の成長率は2ケタに乗せる可能性もある」(同)とさえ見られている。
中国の巨大消費が近隣諸国の経済を救う
そうした中国のV字回復を象徴するのが、11月上旬の「独身の日」に展開されたアリババグループをはじめとしたインターネット通販(EC)の驚異的な売上高だ。
中国では、独身を意味する「1」が並ぶことから、11月11日を「独身の日」と称し、ネット通販による大規模な値引きセールが行われる。中国EC最大手のアリババグループは一日に注文が集中するのを避けるため、2020年は前倒しでセールを行ったが、11月1日~11日までの取引総額は7兆9000億円に達した。
2019年は「独身の日」一日での取引で4兆円余りを売り上げており、単純比較はできないが、個人消費は“巣ごもり消費”を追い風に急拡大していることは確かだ。業界2位の「京東」(JD.com)も同じ11日間で約4兆3000億円を売り上げている。「コロナ禍を経ても中国が消費大国であることに変わりはないことが立証された」(エコノミスト)と見ていい。
こうした中国経済のV字回復は、近隣諸国の経済にも好影響を及ぼしつつある。「中国の9月の輸入は前年比で13.2%も増えた。特に半導体の輸入は28%もの高い伸びを記録、中国の輸入拡大により韓国、台湾の経済は救われた」(エコノミスト)とされる。
中国経済の急回復は日本経済にとっても福音となっている。日本の輸出に占める中国向けの比率は22%強と、アメリカ向けの19%を上回っている。すでに日本経済の大黒柱は中国との貿易が担っているのだ。実際、日本の1~9月期の中国向け輸出は前年同期比14%増と急増している。この傾向は直近の10月も継続しており、同月の中国向け輸出は半導体の製造装置や自動車などが10.2%の高い伸びを記録した。
10月のEU向け輸出が自動車や航空機エンジンなどを中心に2.6%減少したのとは対照的だ。アメリカ向け輸出も自動車や同部品を中心に伸びたが、2.5%増にとどまっている。結果、10月の日本の貿易収支は8729億円の黒字と、輸入が減少していることもあり4カ月連続で黒字を維持している。
手放しで喜ぶのはNG。中国国有企業の社債問題
だが、中国経済のV字回復を額面通り、手放しで喜んでいるわけにはいかない。最も注意を要するのは社債の債務不履行の増加だ。ここにきて国有企業の不履行が急増していることが危惧される。
中国企業の2020年の社債の元利支払い遅れは11月20日までに1570億元(約2兆5000億円)も発生している。このうち国有企業の比率は4割強と2019年を大きく上回り、中には最上級の格付け(トリプルA)を取得した企業も含まれている。「新型コロナウイルス感染拡大で資金繰りに窮した企業を財政で支援してきたが、景気回復を受け支援措置を縮小した途端に過剰債務企業の債務不履行が急増した」(エコノミスト)というわけだ。
中国企業の社債不履行は2015年から増えはじめ、構造的に過剰債務が解消されない国有企業へと波及し始めている。これまで中国政府はその封じ込めに成功してきているようにみえるが、今後、社債市場に何らかの強いショックが生じた場合、それが金融システム危機に発展しないとは保証できない。国有企業が抱える過剰債務は引き続き中国経済のアキレス腱としてくすぶり続けよう。
アメリカの中国包囲網に日本はどう臨むのか
また、中国経済にとってもう一つの、いや、最大のアキレス腱はいうまでもなくアメリカとの関係にある。大統領がトランプ氏からバイデン氏へと交代することはほぼ確実だが、バイデン政権になっても対中政策が一挙に雪解けすることはないだろう。
アメリカの対中政策は共和党、民主党ともに厳しい。ただ、その手法は、貿易戦争や関税引上げ合戦と称される「ボクシングの殴り合い」(エコノミスト)から、同盟国と連携した包囲網で中国を追い詰める洗練された形に移行する可能性が高い。そのとき、日本はどういう姿勢で臨むのか。“政治と経済は別の顔”といった虫のいい立場をとることは難しいだろう。
試金石はTPPとRCEP(地域的な包括的経済連携)になるだろう。両経済圏に加盟する国は一部で重なっている。トランプ氏は一方的にTPPから離脱したが、バイデン氏はTPPを推進したオバマ政権の副大統領である。アメリカのTPP再加入はすぐには実現しないだろうが、距離が縮むことは間違いない。
バイデン氏は「TPPがなければ、中国がアジアでルールを確立して、米企業は締め出される」と語っている。一方、人口23億人、世界のGDPの約3割を占める巨大な経済圏となるRCEPの主導権は中国が握ろうとしている。バイデン氏はRCEPを念頭に「中国に対抗する必要がある」と述べている。
「パクス・アメリカーナ」と「パクス・チャイナ」のはざまで揺れ動く、日本はハムレットのような心境にならなければよいのだが……。