食品の機能性表示問題に見る日本の病巣

2014.7.10

経済

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「目の健康にブルーベリー」「ウコンが肝臓の働きを助ける」「コラーゲンで肌がプルプルに」――。こうした食品の働きは、テレビや雑誌、ネットでよく見聞きする話でもあろう。しかし、食品や飲料でこうした広告を行うことは禁止されている。消費者が薬と間違えるというのがその理由。行政に注意されるだけでなく、ニセ薬を販売した罪で警察に逮捕される可能性もある。話は穏やかではない。

広告で体の部位を示すと警察に逮捕も

「薬事法」という言葉を聞いたことがあるだろうか。薬事法は、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療器具の原料や製造方法、有効性などの表示・表現方法を規定する法律。この中では、医薬品以外が身体の部位を示した広告等を行うことを禁じている。ヒト試験など高いレベルの科学的根拠があってもダメだ。そのため、メーカーとしては効果効能を謳わず、膝をグルグル回す体操でグルコサミンの健康食品をテレビCMで流すしか方法がない。

このルールが明確されたのは1971年のこと。以来、食品のメーカーなどは、繰り返し改善を求めてきた。91年には特定保健用食品制度ができて「骨」「歯」「腹」とごく一部のみ部位が言えるようにはなったが、政官学が一体となった医薬品のネットワークは堅牢で、岩盤規制はそれ以上揺るがない。

さらに規制緩和どころか、2007年には「さらさら」「ふしぶし」などのあいまいな表現も製品名や広告で使用することが禁止され、むしろ規制は強化されてきた。その一方で、ネットでは誰も簡単に健康情報を入手でき、怪しげなサプリメントの広告も氾濫している。消費者は、何が正しいのか見極めがつかなくなってきている。

状況の収拾に安倍首相が登場も…骨抜きに

この混沌とした状況を収拾すべく、なんと安倍晋三首相が登場する。2013年6月、アベノミクスの成長戦略の講演で「機能性表示を解禁します」と明言し、食品に関して、消費者がわかりやすく新しい表示制度をつくることを発表したのだ。その後、2014年3月までに新制度を創設することが正式に決まり、行政的にも動き出す。これにより、科学的根拠があれば、機能性表示例などが認められる見通しとなった。

食品産業は30兆円を超える規模で、これが活性化すれば、経済効果は大きい。日本の食材やサプリメントはアジアへの輸出品として、高いポテンシャルを秘めており、これを強化することは国益にもつながる。混乱した状況にルールを設けることで、消費者保護も進む。「一石三鳥」ともいえ、成長戦略でここに着目したのは官邸の慧眼だろう。

トップダウンで明確な方向性が出たことで制度化は順調に進展するかに見えた。しかし、制度の骨格を議論する消費者庁の検討会で、当初の話はトーンダウン。報告書は7月にまとまる予定だが、どのような機能性表示ができるかは、いまだ不透明。「制度化の目的である機能性表示(=部位の表示)だけは何とか死守したい」と検討会委員を務める大手食品メーカーの関係者は嘆息する。

検討と運用の段階で骨抜きにするという、官僚機構のお家芸がいかんなく発揮されたといえる。この国を停滞させ、重苦しい空気の原因である「病巣」が垣間見えるともいえよう。

前例主義・専門主義・超安全主義

では、具体的に何が障害となっているのか。まずは「前例主義」だ。機能性表示の解禁というのは、いわば新しい取り組みだ。さらに今回の場合は、国際的にも先進的な制度である「米国の制度を参考に」と条件付きにされている。ところが、消費者庁は、すでに国内で運用されている「特定保健用食品制度」(トクホ)をベースとした制度設計を提案。表示も「トクホ並み」と担当課長が述べ、業界にはしらけムードが漂った。

そもそも、トクホは許可に1億円近い費用と平均で4年という時間がかかり、あまりに使いづらく広がりに欠けるため、新制度の創設が決まった経緯がある。ところが新制度でもトクホと同じ基準を持ち出してきたわけで、これでは同じものが2つできるだけで、時間と労力のムダであろう。

加えて「専門主義」だ。検討会には、成分や安全性の専門家がずらりと並び、それぞれが自身の研究を踏まえて、ピンポイントの議論を展開する。このため、全体の方向性が定まらない。今回の検討会でいえば、食品に含まれる複数の成分について、個々の製品レベルで安全性と有効性を実証しろと主張する委員がいた。科学的には正しいのかもしれないが、仮にこれを行うと、無限のパターンが創出され、実際に販売できる製品は極端に少なくなる。

最大の問題は「超安全主義」だ。今回の議論は新たな表示を認めるものであり、その根拠と具体的な表示例を検討すべきだろう。しかし、議論は安全性からスタート、機能性を発揮する成分の定量が義務付けられ、これにより制度の対象製品が大幅に限定された。そもそも、すでに市場で販売されている製品は安全が担保されているはずであり、改めて議論すべきことではない。

ただ、行政は自らが責任を問われないように「できない理由、やらない理由」を探し、これが改革を阻害している面は否めない。

果てしなく根深い病巣

「ブルーベリーが目の健康にいい」。このことを広告したら、最悪の場合、”お縄”になるというのは尋常ではあるまい。むしろ、消費者は食品の正しい健康情報を欲しており、積極的に情報発信すべきである。それを国のトップが変えろと指示すると、運用段階で骨抜きに。こうした堂々めぐりが続くうちに、日本はガラパゴス化している。

実は、食品の機能性研究は、およそ30年前に日本が世界に向けて提唱したものだ。我が国の世界トップクラスの長寿は食の機能性の賜物といえる。これは、日本が世界をリードできる強力な武器となる。しかし、世界レベルで研究が進むなかで日本は波に乗り遅れ、いまや中国や韓国にさえ法制化で遅れをとっている。

周回遅れを挽回する最後のチャンスが、総理肝いりの新制度なのだが、安全を隠れ蓑にした岩盤規制は崩れそうもない。それにより、一体誰が得をするのか。病巣は果てしなく根深い。

民間企業で、社長が「これをやるから!」と宣言したものを、社員が骨抜きにしてまったく違うものに仕上げた、などは有り得ないだろう。でも、この奇っ怪な霞ヶ関(国の役所)というところは、よく骨抜きにしてしまうことがある。ある大物政治家は「財務省は総理大臣の言うことも聞かないことがある」と言っていたが、正面から反対するわけではなく、論理のすり替えを起こして結果を自らの都合のいいようにしてしまう場合が多々ある。

今回の機能性表示解禁も、総理が宣言したのに、上手く理屈をつけて規制強化に持っていってしまうという典型だ。主導している消費者庁は、できてからまだ年月が浅く、各省庁からの出向者がそれぞれの省益を考えることもあるので、方向性がまとまりにくい。とにかく、消費者庁、というのだから本当に消費者のためになるという規制改革をしなければならない。企業いじめになるのでは本末転倒だ。