世界の金融の中心地であるウォール街で米国が仕掛ける新たな「金融戦争」が話題をさらっている。米司法当局がフランス金融最大手のBNPパリバに課そうとしている100億ドル(約1兆円)ともいわれる罰金の行方だ。フランスのオランド大統領もその額の大きさに「過剰で不公平な措置」と反発するなど、政府間の国際問題に発展しそうな様相を呈している。
ついに、罰金が1兆円に
問題となっているのは2002~2009年にかけてBNPパリバが米国の法律に違反してイランやスーダン、キューバといった金融制裁対象国との間で行ったとされる約300億ドル相当のドル建て取引。国際緊急事態経済権限法(IEEPA)に違反する行為で、米国が「敵国」と認定している国でドルを使えば、外銀といえども米国法で処罰の対象になる。商品やエネルギー取引に強みを持つBNPパリバは、ジュネーブの拠点を介して、これら敵国の石油関連企業と取引していたとされる。すでにこの問題でBNPパリバの最高執行責任者が引責辞任しているほか、30人を超える行員が退職に追い込まれる見通しとなっている。
こうした米司法当局の罰金攻勢について、6月上旬にロンドンで開かれた国際金融協会(IIF)の理事会に出席した英国の金融グループ・HSBC幹部は、「米国が金融戦争を敵国に仕掛けている」と警告を発した。HSBC自身も1年半前にマネーロンダリング(資金洗浄)に絡み、米司法当局と19億ドル(約1,940億円)の支払いで和解した手痛い過去がある。
実際、米司法当局の制裁対象は、欧州など世界の大手金融グループに向かっている。今年5月には、スイス第2位の規模を持つ銀行のクレディ・スイス・グループは米国人顧客の脱税をほう助した共謀罪に絡み、罰金26億ドルを支払うことで合意している。BNPパリバへの罰金はこれに次ぐ制裁措置となる。
だが、米司法当局による制裁はこれだけにとどまらない。伏線は09年2月のスイス金融最大手のUBSに対する7億ドルの制裁金から始まる。この時も米富裕層の脱税ほう助が問題となった。その後、12年12月にHSBCがマネーロンダリングで19億ドルの制裁金を課され、同時に英国の銀行・スタンダードチャータードが米制裁対象国との不正取引で3億ドルの罰金支払いを命じられている。
さらに制裁対象は日本のメガバンクにも及んだ。12年12月に三菱東京UFJ銀行が同じく米国が指定する制裁対象国に送金取引を行ったとして860万ドルの罰金を課された。
そして、13年11月には、その矛先は自国のメガバンクにも向かい、米金融JPモルガン・チェースが脱税幇助で過去最大の130億ドルもの制裁金を課された。なりふり構わない米司法当局の強硬姿勢は、まさに新たな「金融戦争」を彷彿とさせる。
罰金巨額化が外交問題に発展も
米司法当局が外銀に巨額な罰金を課す裏には、「リーマンショック時の金融危機で投入された巨額な税金を取り戻そうという思惑も働いている」(市場関係者)との見方がある。JPモルガン・チェースへの制裁金はその手始めにすぎない。ウォール街では、すでに米大手銀行シティグループに対し司法省が100億ドル規模の支払いを要求していることが伝わっているほか、米銀行バンク・オブ・アメリカも100億ドル相当の和解金で当局と駆け引きを続けている。
これらは08年の金融危機を招いた住宅ローン担保証券の不正販売に対する制裁で、「サブプライムローン問題の亡霊がウォール街を跋扈(ばっこ)している」(大手米銀幹部)とささやかれている。強欲が支配したウォール街に司法が鉄槌をくらわせるようなものである。11月に中間選挙を控えるオバマ政権にとっても、「1%の富裕層が99%の国民の所得を収奪している」と批判される格差問題の矛先をウォール街に向かわせる格好の材料となっている。
一方、焦点となるBNPパリバの罰金がどの程度になるかは予断を許さないが、フランス中央銀行のノワイエ総裁は「BNPパリバはフランスや欧州連合(EU)の規則に違反していない」と擁護している。また、フランスのファビウス外相は、BNPパリバに巨額な制裁金を課せば、交渉中の米国とEUの自由貿易協定(FTA)に「悪影響をもたらすリスクがある」とけん制している。市場では幕引き条件としてBNPパリバが80億~90億ドルの罰金を支払うことで大筋合意したとの情報もある。
いずれにしても、BNPパリバは支払い金を捻出するために資産の売却に動かざるを得ないが、買い手は資本に余力のある日本のメガバンクが最有力との見方がもっぱらだ。三井住友フィナンシャルグループの奥正之会長は、世界の経済・金融情報を配信するブルームバーグのインタビュー(6月6日)で「仮にBNPパリバから(米国部門買収の)打診があれば検討するが、まだ、来ていない」と答えている。当然、米国部門の強化を進める三菱UFJフィナンシャル・グループも虎視眈々だろう。米国が仕掛ける「金融戦争」で日本のメガバンクが漁夫の利を得るかもしれない。
米司法当局はマネーロンダリング、金融制裁国との取引、住宅ローン担保証券の不正販売に続く制裁ターゲットとして、外国為替取引に標準を合わせ始めている。1日の取引高が5兆3,000億ドル(約540兆円)に及ぶ外為市場での不正取引疑惑にメスを入れるというものだ。制裁金はさらに巨額になることが予想される。米司法が仕掛ける「金融戦争」に世界の金融界は戦々恐々としている。
アメリカはオバマ政権になって、ウォール街(アメリカの金融街)を半ば狙い撃ちにしている。格差を象徴するのが、儲け過ぎる金融会社はやり玉に挙がる。世界的な金融緩和で余ったマネーが投資に回り、さらに利益が上がる構造の金融界。外資に限らず、“強欲ウォール街”というイメージの金融界にかなり厳しい規制が掛かっている。
BIS規制(国際業務を営む銀行に対して、自己資本比率8%以上を求める国際統一基準)、ボルカールール(銀行の自己勘定取引や利益追求を目的とする投機的取引を禁止)といった金融規制は欧米主導で進み、邦銀はいつも後手に回り対応に追われてきた。日本の発言権の弱さが見て取れる。
今回は米国が金融戦争を仕掛けて、経済の世界で再び優位に立とうという思惑も透けて見える。強欲ウォール街に楔を打ち(国内の格差社会への警鐘)、世界での金融戦争にも勝つという一石二鳥を狙った巨額の罰金に見える。