PM2.5で汚染された大気、工業排水で汚染された河川……中国の環境と聞けばそんなイメージがあるだろう。現状、火力発電の中でもCO2の排出比率の高い石炭発電は中国において60%近くを占め、約38%の世界平均と比べても高い比率だ。だが近年は自然エネルギー発電に注力しており、10年前にわずか1%程度だった風力・太陽光発電の比率はそれぞれ5%・3%にまで伸びている。電力を消費する産業でも環境対策に力を入れており、補助金に支えられた中国の電気自動車(EV)産業は日本よりも盛んだ。内需が成長すれば積極的な海外展開を目指すだろう。そうこうしている内に中国が次世代の環境インフラをすべて握ってしまうかもしれない。
環境インフラ輸出大国としての中国
かつて日本は太陽光パネルのシェアを握っていた。2007年には12%を占めるシャープが業界トップを走り、4位には京セラ(7%)、7位には三洋電機(5%)と日本企業が存在感を示していた。しかし現在は中国企業が市場の6割を占め、上位10社のうち9社は中国企業である。残り1社はカナダに本社を置くが製造は中国だ。
液晶パネルと同じようにコスト競争に負け、日本企業はシェアを奪われたわけだが、中国がシェアを伸ばしてきた背景には政府による支援がある。環境負荷の少ない発電システムの開発を目的とした再生可能エネルギー補助金の予算は、2019年に約1兆2600億円、2020年に約1兆3700億円が割り当てられた。こうした支援は技術革新をもたらし、補助金が不要なレベルまでコストが低下したといわれている。
中国のシェアは風力発電でも目立つ。風力発電メーカーのシェアはデンマーク企業ヴェスタスがトップの18%を握り、15%を占める2位はスペイン企業だが、国別では30%を占める中国が最も多い。中国は今後も風力発電の普及を進める方針を掲げており、内需に支えられた国内企業が太陽光発電と同水準までシェアを伸ばすのも時間の問題といえる。
近年、原発の代わりとして注目を浴びる洋上風力発電も発電量では中国が最も多く、高シェアを握る欧州勢も将来的には存在感が薄れていくだろう。何より中国政府は関税・補助金の不適応という形で海外勢の製品を排除しているのだ。
EV大国を目指す中国
中国政府の積極的な支援は電力を消費する産業でも目立つ。習近平政権は製造業の技術力向上を目指す政策として「中国製造2025」を掲げているが、10の重点分野の一つに「省エネ・新エネ自動車」がある。主に国内のEVメーカーを積極的に支援し、成長を促す方針だ。
メーカーへの支援は多面的に実施されており、例えば地方政府による誘致のほか、排ガス規制などがある。また、最近では削減しつつあるもののEV購入の補助金もある。
中国政府がEVに力を入れる背景には、EVを輸出基幹産業にしたいという思惑がある。確かに中国は世界生産の3割弱を占める自動車生産大国だ。しかし国内向けがほとんどで、輸出先もバングラデシュなどの新興国が多い。外国の自動車メーカーが生産拠点を置いているにすぎず、純粋な“中国車”とは言えないのが現実だ。
過去にガソリン車の開発に努めたが、日・米・欧に技術力で勝てなかった痛い歴史がある。対してEVは比較的簡単に製造でき、ガソリン車ほどのノウハウを必要としない。開発の当事者には怒られるかもしれないが、電池とモーターと車両さえあれば簡単に造れる。自国の技術力を顧みた結果、EVなら勝てると中国は判断したのだ。
そして中国は今、EVで日本のはるか上を走っている。メーカー別でみると2020年の販売台数トップは米テスラ、2位は独フォルクスワーゲンだが、3位に中国のBYD(比亜迪自動車販売)が位置する。BYDは国内向けにセダンなどの高級モデルを販売しており、2020年7月に発売した新型セダン「漢(han)」の価格帯は補助金を適応しても330~430万円台と高価だ。海外向けはバスなどの大型車が多く、すでにニューヨークやロサンゼルスの公共交通機関で採用されている。日本市場も対象であり、数は少ないものの京都や富士山周辺で走行している。
これまでのEVはハイクラス向けが多く、価格が普及へのネックとなっていた。しかし2020年、中国で手の届く価格帯のEVが発売された。SGMW(上汽通用五菱汽車)の「宏光MINI EV」である。2人乗りのクルマで全幅は軽自動車並み、全長はやや短くした大きさで価格はなんと45~60万円だ。航続距離は100km程度しかないがスピードは時速100km程度まで出るため、街中で用事を済ませる程度であれば十分だろう。
2020年7月の発売以来、中国では月間2万台ペースで生産され、2020年度の販売台数ランキングでは「Tesla Model 3」に次いで2位を記録した。同タイプのクルマはトヨタが「C+pod(シーポッド)」として販売しており、航続距離は宏光MINI EVと同じ100km前後だが価格は最低165万円となっている。
中国製品への信頼感が薄い日本の消費者ならトヨタを選ぶかもしれないが、同じ性能で2.7倍も高いC+podが世界シェアを握れるわけがない。より技術革新が進み、航続距離500kmの中国製EVがガソリン車と同じ価格で販売されたら日本製EVの出る幕はないだろう。
中国の技術力を侮ってはいけない
中国製ガソリン車が普及しなかった要因の一つとして、エンジンなどの主要部品開発に失敗したことが挙げられる。自動車のエンジンはEVのバッテリーに相当するわけだが、バッテリーに関して中国は海外に依存しているわけではない。
2020年1月~11月における車載用電池のシェアは電力量ベースで中国のCATLが1位となっており、24.2%を占める。2位はテスラ向けで躍進したLG化学が22.6%を占め、3位は19.2%のパナソニックである。そして驚くことに日産はEV用としてCATL製のバッテリーを採用したのだ。そしてトヨタも新技術開発を目的としてCATLとパートナーシップ協定を結んだ。日本の自動車メーカーがEV開発においてCATLを欠かせない存在として位置づけていることがわかるだろう。
なお、CATLは今後のEV普及を見据えて世界中で生産拠点を増設しており、さらにシェアを伸ばしていく見込みだ。中国の製造業=模倣品産業という認識は時代遅れといえる。
他国はブランド力で勝負
中国製の太陽光パネルで発電した電気を使って中国製のEVに充電する……電池はもちろん中国製だ。
脱炭素化が進み、火力発電やガソリン車が禁止されればこのような風景が繰り広げられるだろう。ドナルド・トランプ前米大統領が仕掛けたような貿易紛争を再度展開したとしても、中国政府は脱炭素化・EV化を推進し、内需を創出して国内メーカーの競争力を維持し続けるに違いない。価格では勝てず、技術力もさほど変わらないのであれば日・米・欧のメーカーが世界でシェアを握る可能性は低い。市場の原理に淘汰され、国内市場も中国製に侵されていくのではないだろうか。
だが先進国の企業には圧倒的なブランド力がある。動力源はすべて中国製かもしれないが、内装やデザイン、そして何よりロゴがトヨタであれば一定の需要があるだろう。発電設備の機材はすべて中国製でも整備・保守点検がシーメンスなら顧客は安心するはずだ。メーカーは自分たちで作る必要が無いため従来よりも付加価値を上げられるかもしれない。CATLと提携したトヨタはそういった未来を予想しているのではないか。