2020年1月はじめ、イラクで米軍がイラン革命防衛のソレイマニ司令官を殺害したことで、軍事衝突への緊張が一気に高まったことは記憶に新しい。トランプ大統領はイランへの敵視政策を進め、イラン核合意から一方的に離脱するだけでなく、イランへの経済制裁を強化してきた。トランプ時代の中東リスクといえばまさにこれだったが、バイデン政権下ではアメリカ・イラン間の関係性は改善に向かいそうである。一方で中東の相関図が大きく変化し、今度は新たな中東リスクが高まる恐れがあるのだ。
トランプ時代のイランリスクはなくなりそうだが…
バイデン氏はイラン核合意への復帰を公約に挙げており、同政権下ではトランプ時代に高まった軍事的緊張は緩和するだろう。だが、米国がイラン核合意に戻ったとしても、イラン核問題がその後どう進むかはイランの行動次第でもある。
また、米国がイラン核合意に復帰することをイスラエルやサウジアラビアは良く思っていない。トランプ政権はイスラエルを重視する政策を露骨なまでに4年間取り続けてきたことから、イスラエルにとってはトランプ氏再選の方が都合良く、武器供与などでトランプ政権と蜜月関係にあったサウジアラビアもそう思っていることだろう。
緊張高まるイラン・イスラエル
イスラエルとイランは長年の犬猿の仲であり、バイデン政権がイランへ対話路線に戻れば、イスラエルは独自でイランへのけん制を強化する恐れがある。イランはイスラエルの隣国であるシリアやレバノン、イラクなどで影響力を高めており、代理戦争的な空爆や衝突がさらに増える可能性もある。最近でも、イスラエルはシリアで活動する親イラン勢力へ空爆を立て続けに実施するなど、バイデン政権のイラン接近をけん制するかのような動きを見せている。
また、2020年11月27日、著名なイラン人の核科学者であるモフセン・ファクリザデ氏が首都テヘラン郊外で暗殺された。現地のメディアは、同氏が「遠隔操作できる自動小銃」か「人工衛星から操作された」武器で殺害されたと報じたが、イラン当局は使用された武器がイスラエル製で、背後にイスラエルや同国の対外工作機関モサドが関与していることは間違いないとの見方を示した。イランは適切な時期にイスラエルへ報復すると明言している。
その後、イランの国会は2020年12月2日、国連による核関連施設への査察停止や核開発の拡大を求める法案を可決した。今回の可決はイラン強硬派が推し進めたもので、穏健派とされるロウハニ大統領は可決前から強く反対していたが、これによってバイデン政権の核合意復帰にも影響が出てくる可能性もある。
一方、それを警戒してか、イスラエルの国家安全保障当局は12月に入って外国にいるイスラエル人やイスラエル権益がイランによって攻撃される恐れがあると警告し、中東各国やアフリカにあるイスラエル大使館、イスラエル企業、またユダヤ教の礼拝所シナゴークなどに近づいたり長居したりしないよう国民に呼び掛けた。
イランは、中東地域を覆う「シーア派の弧」を作るべくイエメンのフーシ派やレバノンのヒズボラ、バーレーンのアル・アシュタール旅団(Al Ashtar brigades)、イラクのハラカット・アル・ヌジャバ(Harakat al nujaba)やバドル旅団(Badr Organization)、カタイブ・ヒズボラ(Kataib Hizballah)、シリアのリファ・ファテミユン(Liwa Fatemiyoun)などの親イランのシーア勢力を軍事的・財政的に支援し、アフガニスタンやパキスタン出身のシーア派民兵をシリアやイラクに送り込むなどしている。
イランの支援額の規模は数百万ドルから数十億ドルとも言われ、フーシ派には約10万人、ヒズボラには2万5000人~3万人、イラク・シリアのシーア派民兵には10万人~20万人がそれぞれ構成員として参加しているとの情報もある。各地に点在するシーア派組織は、ロウハニ大統領や最高指導者ハメネイ氏らテヘラン指導部からの指示に従って行動しているわけではなく、基本的には独自の判断で活動している。
しかし、イスラエルはイランがそうやってアラビア半島全体で影響力を高めることを脅威と捉えている。イスラエル周辺でイランが影響力を高めれば高めるほど、イスラエルによる空爆などは増えることだろう。
イスラエルともイランも直接的な軍事衝突のリスクは熟知している。よって軍事衝突ほどリスクが高くない暗殺やテロ、代理戦争などの手段を使って相互にけん制し合っているが、バイデン政権時ではこういった状況がトランプ政権時より増えるかもしれない。
さらに、最近になってイスラエルのネタニヤフ首相が極秘にサウジアラビアを訪問し、ムハンマド皇太子と会談したという。詳しい会談内容は分かっていないが、経済関係強化や国交正常化、また対イランでの協力などが議論された可能性がある。仮に、イスラエルとサウジアラビアが国交正常化すれば間違いなくイランを政治的に刺激することとなり、同3か国間の緊張が中東全体で高まる可能性もある。2021年はこのリスクを注視していく必要があるだろう。