世界が二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出を“実質ゼロ”にする動きを加速しています。日本も、2050年の“実質ゼロ”をやっと掲げました。 “実質ゼロ”は、人為的なCO2排出分から森林吸収分を差し引いてゼロにするという意味で、それでも化石燃料を燃やすことには、変わりはありません。地球上に人類や生物が生存する限り、呼吸をしてCO2を吐き、大量のごみを焼却しているので、CO2排出を“完全ゼロ”にすることは不可能です。 しかし、少なくとも問題になっている化石燃料の燃焼に伴うCO2排出を“完全ゼロ”にする方策は、難しいとはいえ追求すべきです。そこで本稿では、CO2を排出しない革新的技術を追ってみましょう。
水から生まれて水に戻る「水素」の燃料電池
次世代のエネルギーとして脚光を浴びている「水素」。水素と酸素を反応させて、電気エネルギーを獲得する仕組みが「燃料電池」です。このとき、水が生成されCO2は全く生成されないため、水素はクリーンなエネルギーといわれています。
ご承知のように、水素で走る自家用燃料電池車(トヨタのMIRAIなど)がすでに開発・発売され、都バスでは2018年から燃料電池バス(一台約1億円)が導入され現在70台が走っています。しかし、燃料電池車の普及という意味ではまだまだです。
実は、燃料電池の原理は今から180年前に見つけられていたのですが、その開発が遅れたのは、水素を容易に安価に得る方法が確立されていなかったことと、気体であるがゆえにその運搬と貯蔵方法が困難だったからです。
いま現在も水素をどのように獲得するかが大きな問題ですが、水素の製造方法はいくつかあります。水の電気分解による水素製造、苛性ソーダ製造の副生水素(NaClの電気分解)、製鉄所コークス炉からの副生水素、化石燃料(石油のナフサ)の水蒸気改質による水素製造、光触媒による水素製造(後述する人工光合成)などがあります。これらのうち、化石燃料のナフサを使う製造方法が、現時点では大量に安価に水素を製造する方法かもしれません。この方法はCO2を排出するため意図と矛盾してしまいますが、熱効率を向上させた分解炉などの開発でCO2削減に努めてもいます。
開発が進む水素の運搬・貯蔵技術
水素の運搬・貯蔵についても開発が進んでいます。高圧ガス、液化水素、パイプライン、有機ハイドライド(有機水素化物)による輸送・貯蔵があります。
ここでは、有機ハイドライドを使う方法を紹介しましょう。製造された水素ガスを、触媒を使って液体の化合物(トルエンからメチルシクロヘキサンに還元)に変換、その後、運搬し、必要なときにその液体から触媒を使って水素を取り出す化学反応(メチルシクロヘキサンからトルエンに酸化)が開発され、このプラントは千代田化工建設で稼働しています。
将来的には、メチルシクロヘキサンを水素ステーションに運び、オンサイトで脱水素して燃料電池自動車に供給することも検討されています。このためには、脱水素装置の小型化に向けた技術開発が必要です。
水素社会の構築には水素インフラが不可欠です。これだけ構築された化石燃料のインフラを止めて、予算的制約もある水素インフラをスタートできるのか、問題もあります。水素ステーションの建設費が高いのは事実ですが、しかし、日本には水素ステーションが2020年12月時点で、137カ所で開業 しており、東京には21カ所 あります。
また、アンモニアは窒素と水素から製造されているので、水素のキャリアとしてアンモニアを活用することも検討されています。さらに、合金に水素原子を吸蔵させることで水素を輸送・貯蔵する「水素吸蔵合金」についても開発が行われています。
製鉄でも水素を利用
水素は意外なところにも利用されています。鉄鋼業界のCO2排出量は日本全体の14% と突出して多く、その理由は鉄の作り方にあります。鉄鉱石中の鉄は酸化された酸化鉄、コークス(炭素)を使って鉄鉱石から酸素を奪えば(還元)鉄ができ、CO2が発生します。したがってCO2削減のためには、製鉄技術の抜本的な変更が欠かせません。
コークスの代わりに、還元剤として水素を用いれば排出されるのはCO2ではなく水となります。これは、ガソリン車がCO2を排出するのに対し、燃料電池車が水を排出するのと同じことで、この実証実験がすでに日本製鉄君津製鉄所で進んでいます。
ごく最近、三菱重工も同じ試みとなる世界最大級の実証プラントをオーストリアの鉄鋼大手と開発 し、2021年にも欧州で稼働を始めると報道されています。
水素の利用に関しては、水素を二酸化炭素と反応させることでメタン(CH4)に変換、そのまま都市ガス導管に流し、燃料として用いる取組も検討されています。
水素をクリーンに得る技術、ヒントは自然界の「光合成」
水を水素と酸素に分解し、これらを燃料電池として使い、電気発生後に生成される水をまた分解するプロセスは、水が循環するだけですから究極の再生可能エネルギーとなるはずです。これは夢のような話ですが、これをどう達成するか、ヒントは自然界の光合成にあります。
小学校・中学校でも習う光合成は、太陽のエネルギーを使って、CO2と水から有機化合物の一種である糖質(デンプン、セルロースなど)と酸素を産生する反応として知られています。この反応は一つの反応ではなく、複雑な多くの反応が連続して進行する多段階反応です。
その反応は、太陽の光エネルギーを吸収して化学変化がおこる「明反応」と、その産生物を使ってCO2から糖質を合成する「暗反応」の2つの反応に大別されます。
明反応のステップでは、光エネルギーによって水が分解し、酸素と水素イオンと電子が生じます。この酸素が大気中に存在する酸素の源ですから、光合成がいかに優れた貴重な反応であるかがわかります。
しかし、光合成生物は、地球に到達する太陽光の0.1%しか使っていないと言われており、あり余る太陽エネルギーを人間が使えるエネルギーに変えることが求められています。
究極にクリーンな「人工光合成」と水素
前述のように、光合成では明反応の過程で電子が生じていますので、植物を使って、この電子を取り出すことができれば電気エネルギーとして使うことが可能です。そう簡単ではありませんが、このプロセスを人工的に再現し、水から電子を取り出すことができれば、正しく究極のクリーンな発電になります。
これが「人工光合成」ですが、これも極めて困難です。植物が光合成を行う過程で、水は酸素と、結果的に水素に分解されます。そこで、人工の光触媒と太陽光を使って、水を水素と酸素に分解する方法を開発するのが当面の「人工光合成」です。
日本の未来の電気エネルギーを真剣に考えなければなりません。原発の問題を議論すると、必ず再生可能エネルギーの利用が持ち上がります。無尽蔵の太陽光と無尽蔵の水を使って、ある種の光触媒を用いて、常温常圧で簡単に水を水素と酸素に分解する方法を至急に開発する必要があります。
現在、「人工光合成化学プロセス技術研究組合 (ARPChem)」という国家的プロジェクトも動き出しています。そのARPChemと新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、2020年5月29日、信州大学、山口大学、東京大学、産業技術総合研究所と共同で、紫外光領域ながら世界で初めて100%に近い効率で、水を水素と酸素に分解する粉末状の半導体光触媒を開発したと発表しました。紫外光ではなく太陽光を光触媒が吸収し、水を直接、水素と酸素に分解する「人工光合成」技術の実用化が現実的になってきたといえます。
上記の研究機関は、水から製造する水素と発電所や工場などから排出するCO2を原料として炭素数が2~4のエチレン、プロピレン、ブテンを合成する方法をすでに研究開発中です。効率の良い「人工光合成」の実現を期待したいところです。
新エネルギーの出現は人類史を塗り替える
水素によるエネルギー獲得手段は、現状ではコスト競争力はないかもしれませんが、今から投資しておくことは、中長期的に日本にとって大きな財産になるでしょう。政府は、2017年に策定した水素基本戦略 を前倒しして、2030年に水素利用量を30万トンから1000万トンに引き上げる調整に入ったとのこと、この計画をさらに進めるべきだと思います。
太陽光と光触媒により、水を水素と酸素に分解、それらを使って電気を発生、出てくる水をまた分解することで、CO2は未発生、水がリサイクルするだけ。究極の再生可能エネルギーがそこまで見え始めています。
いずれ、化石燃料で発展してきた人類の歴史が、新しいエネルギーの出現により塗り替えられるような時代が到来するでしょう。正しく、農業、産業、情報に次ぐ第4の革命の時代が到来しています。