米中の新冷戦に英独仏も参戦?アジア太平洋に軍艦を送る理由とは

フランスの原子力空母「シャルル・ド・ゴール」 写真:ロイター/アフロ

政治

米中の新冷戦に英独仏も参戦?アジア太平洋に軍艦を送る理由とは

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日米豪印が“中国対抗軸”として「4」を意味する「Quad(クアッド)」で結束、アジア太平洋地域で巨大化する中国を牽制する構えだが、これにイギリス、フランス、ドイツの3カ国が共闘を表明。「共通の価値観である自由民主主義を守るため」を掲げるが、狡猾外交に長けたかつての欧州列強が地球の裏側に軍艦を差し向ける損得勘定とはどういうものだろうか。

フランス:実は有数のアジア太平洋諸国

2019年3月に同国海軍唯一の虎の子、原子力空母「シャルル・ド・ゴール」を太平洋地域に派遣、南シナ海で米海軍と合流したり海上自衛隊と初の共同訓練に臨んだりと活発に動く。2021年2月には攻撃型原子力潜水艦1隻も南シナ海に投入、隠密行動が鉄則の潜水艦の動向をあえて公表して中国に無言の圧力をかけている。

また、フランスには“EEZ(排他的経済水域)防衛”と“武器輸出”の思惑も見え隠れ。意外だが同国はれっきとしたアジア太平洋諸国。南太平洋にニューカレドニアや仏領ポリネシア、インド洋にマヨット、レユニオンなど領土を抱え、これら島々のお陰でEEZの面積はアメリカに次ぎ世界2位、1100万平方キロメートル以上を誇る。もちろん海底に眠る資源も極めて有望で、こうした権益を守り、太平洋への進出を試みる中国を警戒するため軍艦を派遣したとしても不思議ではない。

だが一方でソロバンを弾く音も。アジア太平洋地域への武器輸出で、米中対立・新冷戦を追い風に、広告塔よろしく軍艦を派遣して周辺諸国の購買意欲をかき立てる作戦だ。

特に同国は潜水艦、フリゲート、艦艇用C4ISR(指揮・統制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察)用のITシステムの輸出に熱心で、事実、南沙諸島の領有権で中国と争うフィリピンは初の潜水艦保有を決意、フランス製が最有力視されている。また大陸側と対立する台湾も2020年に初の国産潜水艦の建造をスタート、フランスの技術が盛り込まれているとの観測もある。

ドイツ:在独米軍撤収を思いとどまらせる

ドイツはフランスと同じ武器輸出に加え、“在独米軍のつなぎ止め”という意図が見える。EU内の親中派で、中国が推す一帯一路戦略の肝、大陸横断の定期コンテナ貨物鉄道「中欧班列」の整備にも前向きだったが、2020年頃から中国への警戒感を強め、同じNATO加盟国の英仏と歩調を合わせてフリゲート「ハンブルク」1隻の太平洋派遣を決意。

ドイツは伝統的に陸軍重視で、英仏やイタリア、スペインなど他の西欧主要国に比べ海軍はかなり小ぶり。このため軍艦がアジア太平洋まで遠征するのは非常に珍しい。

実はフランスと同様、アジア太平洋諸国に自国の軍艦や潜水艦を売り込む絶好のチャンスと見て、あえて軍艦派遣に踏み切ったのでは、と見る向きも。特に優秀なドイツ製の通常型潜水艦「Uボート」は世界的に人気が高く、インドや韓国、インドネシア(韓国でライセンス生産)など十数カ国が採用する。今のところUボートをアジア太平洋に派遣、との報道はないが、文字どおりの“水面下”で今ごろ南シナ海周辺国の軍港を回っているかもしれない。

また、“在独米軍のつなぎ止め”については少し複雑だ。

冷戦終結後、西欧諸国は軒並み大軍縮を敢行、その先頭を走っていたドイツだが、2014年に勃発したロシアのクリミア軍事併合で事態が急変、近隣で陸続きのロシアが、西欧にとっての最大の脅威として復活する。

大半のNATO加盟国は国防費の大幅増額に舵を切ったものの、ドイツの動きは鈍く、 逆にロシア産天然ガス輸送用の大規模海底パイプライン計画「ノルドストリーム2」を推進する。危機感の欠如か、国防より経済に重点を置こうとした結果か、ドイツの真意は定かではないが、こうした動きにNATOの盟主・アメリカのトランプ前大統領は激怒、在独米軍の撤収やNATO脱退をちらつかせたほどだ。

アメリカではバイデン新政権が発足したものの、ドイツとしては米側の留飲を下げ、安全保障上極めて重要な在独米軍の撤収を思いとどまらせるために前述の「とりあえず軍艦1隻」を差し出すことで誠意を見せた、との観測もある。

イギリス:空母2隻体制が奇しくも温存

イギリスはクイーン・エリザベス級空母を中核とする艦隊を2021年に西太平洋地域へ派遣、長期間展開すると宣言したが、これには“海軍の新たな仕事”と“過去の紛争の教訓”というこの国ならではの事情が隠れている。

慢性的な財政難の老大国・イギリスは冷戦終結後、国防費にも大ナタを振り続け、2010年代後半に建造された最新鋭のクイーン・エリザベス級空母すらも一時は維持費圧縮のためにインドへの売却をまじめに検討したほど。

それもそのはず、冷戦終結で英海軍が展開する大西洋は平和この上なく、ロシア海軍の勢力も弱体化したまま。「巨大空母が2隻も必要なのか」との声が挙がるのも当然だった。

こうしたなか、例の香港問題が勃発、強権国家・中国の台頭に対抗という大義名分も相まって、イギリスの威信と国益を具現化する英海軍の出番となるわけでまさに「干天の慈雨」といったところ。

一方、高度な自治と民主主義の50年間保証を確約に中国へ香港を返還したものの、民主派を弾圧して中国はこれを反故、“大英帝国”の威信は大きく傷つく。これを甘受すれば「イギリスに反撃する能力などない」というメッセージを発信する結果となり、世界中のユニオンジャックを掲げた海外領土や権益、さらにはイギリスの勢力圏ともいうべき緩やかな連合体・英連邦に新たな脅威が及ぶ可能性すらある。

実際、1970年代後半に財政難の同国は正規空母も手放すが、これをチャンスとしてとらえ「占領しても奪回しに来ないだろう」と判断したアルゼンチンは、以前から領有権を主張する南大西洋の英領フォークランド/マスビナス諸島に侵攻。最終的にイギリスは大艦隊を投入し激闘の末、島を奪還したものの、その損害は大きかった。これを教訓に「同じ轍を踏まない」とばかりに躊躇せず空母派遣を決意、と考えてもおかしくはないだろう。

政治的思惑と軍需産業は別?

なお余談だが、対中包囲網に参画しようとする仏独が、実は一方で中国に対し積極的に軍事技術を提供、とりわけ中国海軍の増強に協力している事実を指摘するメディアは少ない。

もちろん、1989年の天安門事件以降、旧EC(現EU)は対中武器禁輸を続けるが、この適用外の軍事技術についてはむしろ積極的に売却。フランスは艦載用ヘリコプターや、同じくクロタール艦載用対空ミサイル(SAM)のライセンス生産を中国に許可、2012年には日本の反対をよそに最新のヘリ着艦装置を対中輸出。ドイツも艦艇用ディーゼル・エンジンを供与、中国海軍の駆逐艦やフリゲート、通常型潜水艦の多くに採用されている。