イギリスのウォルニー・エクステンション洋上風力発電所 写真:ロイター/アフロ

技術・科学

ポテンシャルは原発600基分、洋上風力発電の可能性を考える

0コメント

福島第一原子力発電所から排出された汚染水を処理して海洋放出することについて、国際的な物議を醸している。東日本大震災から10年を経ても日本にとっては依然として大きな問題だ。一方、震災での同原発の事故を機に、日本の電力エネルギー事情は変化し、環境負荷の大きい火力発電への依存体質がより強まった。現在は原子力の割合が一桁台にまで減るなか、火力や原子力に変わる発電方法が模索されている。日本の国土の特徴からすると、洋上風力が有力視されているが、果たして現実的だろうか。各国の例を参考にしながら日本での可能性を考えたいと思う。

国内における陸上風力発電の限界

日本の電力エネルギーについて電力量に占める割合をみると2010年は火力62%・原子力29%・その他9%であったが、福島第一原発の事故以降は脱原発が進み、2014年は火力88%・原子力0%・その他12%となった。2014年は原発稼働以降で初の原子力ゼロ年である。2019年には原子力が7%まで増え火力の割合は75%まで低下したが、それでも火力の占める割合は大きい。

脱炭素を考慮するなら太陽光・風力などの再生可能エネルギーに頼りたいところだが、狭い国土・電力の安定供給という面から主力とするのは難しいといわれている。だが、洋上風力発電はどうだろうか。陸上風力より供給の安定性に優れており、海岸線の長さが世界6位という日本において陸上のように設置場所を制限されることもない。

まずは風力発電の原理をおさらいしよう。風力発電は、文字通り風力によってタービンを回し発電する仕組みであり、風力エネルギーの3~4割を電気エネルギーに変換できる。理論上は風速の3乗に比例して発電量が増えるため風速が1.5倍になると3.4倍、2倍になると8.0倍の電力が得られる。もちろん燃料は不要で、風車の耐用年数は20年もある。

風力発電はCO2を排出しないクリーンな電力源であるが、陸上は原発同様に立地条件が限られてしまう。第一に風が安定的に吹く場所が必要であり、設置・保守点検コストからも山岳部ではなく平地が好まれる。次に騒音も考慮しなければならず、近くに集落があると容易に設置はできないだろう。音量自体は大きくないがシューというような音が聞こえ、煩わしさを感じることもある。人が認識できない超低周波音を発生させることがあり、場合によっては窓ガラスを振動させてしまうだろう。

日本ではこうした条件が足枷となって陸上風力発電が普及せず、現状は発電量全体の1%にも満たない。風力発電の目安といわれる年間平均7m/s(メートル毎秒)の地域は東北・北海道に集中しており、その上で周囲に集落が無い地域は限られているからだ。

洋上風力発電の仕組みと可能性

だが、洋上風力発電であれば上述の条件を克服できるだろう。洋上風力発電は既存の風力発電を洋上に設置するものであり、着床式の場合は設備全体が海底に固定され、電力は海底に埋められたケーブルを伝って陸に届けられる。メンテナンス用の着船設備や塩害対策の設備が取り付けられるほかは陸上のそれとほぼ変わらない。

実用性の問題から水深が最大で40mまでの水域に設置可能で、陸上のように周辺集落を考慮する必要はない。水深の浅い沿岸部かつ風速7m/s以上の海域で限定すると日本における設置可能箇所は東北・北海道のほか、関東・東海沿岸、福岡・鹿児島沿岸にまで広がる。現状の風力発電の規模は3900MW(メガワット)だが洋上風力発電のポテンシャルは4万MWと試算されており、これは原発40基分に相当する規模である。

発電量と時間あたり総発電量

[W][kW][MW]はその瞬間(1秒間)の発電量を表す。[Wh][kWh][MWh]は単純にそれらにh(時間)を足したもので、1時間当たりの総発電量を表す。イメージとして川に例えると、[W]が水流の勢いを表すのに対し、[Wh]が1時間で流れた水の容量となる。

そして“浮体式”が実現できればポテンシャルはさらに広がることになる。浮体式は設備全体が浮くように設計され、海底には複数のケーブルによって簡易的に固定されるため水深200mの範囲まで設置可能だ。現状は揺れによる故障やケーブルの摩耗といった問題を抱えており、福島県沖の実証機が故障するなど実用化には至っていないが、日本の洋上風力発電は浮体式の可否によって運命が決まるとされている。着床式と浮体式を合わせればポテンシャルは60万MWになると試算されており、それは実に原発600基分に相当する。

洋上風力先進国、イギリス

洋上風力に関して、残念ながら日本は海外に比べて大きく遅れをとっている。現状は試験的運用のみで0.002~0.003MW程度の発電量しかない。一方で洋上風力先進国のイギリスは1万MWを超え、2位に7700MWのドイツ、3位に7000MWの中国が続く。

そもそもイギリスは発電に適した強い風力が得られる地域であり、島国であることが洋上風力発電の導入を容易にしてきたが、それ以外にもEUの環境規制強化が政府の積極的な姿勢をもたらしたといえる。同国では洋上風力発電の設備が2003年から設置され、今では国内電力需要の10%を賄うようになった。ドイツも同様の理由で導入が進んできたことからEUのCO2削減に向けた動きは本気であることがわかるだろう。

そしてここに来たのが中国である。コスト競争おける優位性から同国は太陽光パネルの製造で圧倒的なシェアを握っているが、洋上風力発電でも補助金を駆使して導入を進めてきた。政府は買取制度を実施することで洋上風力発電のコストを下げ、設置を進めた。2019年からは補助金を縮小しているが、初期における補助は実用化への呼び水となり2020年単体でも4400MWの設備が新設されている。総発電量でイギリスを抜くのも時間の問題といえるだろう。

洋上風力設備のメーカーはシーメンスガメサ・リニューアブル・エナジー(40%、スペイン)やMHIヴェスタス(15%、デンマーク)がシェア上位を占め、中国勢各社はそれぞれ2~10%に過ぎないが国別では中国がトップである。日本の本格的な導入にあたっては中国製を使わざるを得ないかもしれない。

インセンティブをもたらす必要がある

現状では洋上風力発電のコストがネックであり、電力会社が自主的に整備することは考えられない。昨年末に「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(FIT法)」に基づく着床式洋上風力の入札が進められたが、上限価格34円/kWhを下回らず落札されなかった。つまり国が高額で買い取らなければ普及しないということだ。

1kWhあたりの発電コストは30円以上もあるとみられ、これは12~14円の石炭・天然ガス火力や11円の水力、10円の原子力よりも高い。経済産業省国土交通省、そして民間を交えた官民協議会では洋上風力のコストを10円弱にまで抑えることを目標としており、2030年までにイギリスと同様の1000万kW達成を目指している。

洋上風力発電の導入とともに供給網が整備され産業界で低コスト化が実現できるとの思惑だが簡単にはいかないだろう。本気で導入を目指すのであれば低コスト化が実現できない初期の段階で補助金を駆使すべきだ。企業が恐れているのは莫大な資金を投入したものの発電コストを回収できず発電設備が金食い虫になってしまうことである。発電コストと多少の利潤を国が保証することで、企業による投資へのインセンティブをもたらさなければならない。中国のように産業界が安心して参入できる買取価格を保証すれば一気に普及することになる。

資金調達は環境債の発行で

社会保障費が圧迫するなかで財源はどうすべきかと聞かれそうだが、資金調達手段として環境債の発行を提案したい。環境債は調達した資金の用途先を再生可能エネルギー事業など環境分野に限る債券のことで、海外ではポーランドやフランスが先行している。日本でも省エネルギー住宅への融資を目的とした政府保証の環境債が発行されており、実績はある。積極的に宣伝すれば内部留保を抱えた企業がイメージアップを目的に購入し、日本でのESG投資が活発になるだろう。

近年では家計による投資も増えていることから「個人向け環境国債」も発行すれば一定の需要は呼び込めるはずだ。環境債は資産運用・イメージアップの面で購入者・企業にインセンティブもたらし、それを基にした導入補助金は開発を進める企業に安定した利潤をもたらす。誰もやりたがらない政策を進めるにはインセンティブをもたらす仕組みをつくり、市場から風が吹くようにしなければならない。