人の動きをコントロールする行動経済学を政策へ
経済

人の動きをコントロールする行動経済学を政策へ

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行動経済学とは、心理学や脳科学などを取り入れた経済学の一分野であり、2002年にダニエル・カーネマン教授が、2019年にリチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞して脚光を浴びた。しかし、まだまだビジネスや政策に活用されていないのが現状であり、現在のコロナ禍の混乱のなかでは、行動経済学の可能性は非常に大きい。

人は負けているときほど博打に出てしまう

一般的な経済学は、効用(満足度)最大化を達成する消費者や、利潤最大化を達成する生産者など常に合理的な行動を前提とする合理的経済人の仮定のもとモデルを作り理論構築していますが、行動経済学では非合理な人間を前提として、人間はどのような選択をして経済行動を行うのかというのを考察しています。

代表的な「プロスペクト理論」はダニエル・カーネマン教授が提唱した理論で、利得よりも損失を2~3倍強く感じるため合理的な意思決定が歪められるという理論です。

次の問いで[1]か[2]のどちらかを直観で選んでみてください。

問1

  1. 確実に2万円もらえる。
  2. 50%の確率で4万円もらえ、50%の確率で何ももらえない。

問2

  1. 確実に2万円払わなければいけない。
  2. 50%の確率で4万円払わなければならず、50%の確率で払わなくてよい。

多くの方が、問1は[1]を問2は[2]を選択したのではないでしょうか、実際にさまざまな実験でそのような結果が出ています。

問1、問2ともに数学的な期待値を計算すると、

[1]の期待値=1(100%)×2万円=2万円
[2]の期待値=0.5(50%)×4万円+0.5(50%)×0万円=2万円

と両者は同じ期待値です。

すべての人に当てはまるわけではないですが、このように人は利得に対してはリスク回避型に、損失に関してはリスク愛好的(大きなリスクを受け入れる)に行動してしまいます。ギャンブルや投資でも、勝っているときは余裕があるので勝負に出て、負けているときほど慎重にいったほうがいいのに、実際には、勝っているときに慎重になり、負けているときほど大博打に出てしまうことが多いのはこのためです。

プロスペクト理論の活用例として、ビジネスの世界では、よく損失を強調したコピーを目にすることがあると思います。例えば、金融商品でも「この商品を購入すれば老後も安心」より「老後の生活資金に2000万円必要ですが、このままでは不足するかも」の方が話を聞いてみようかと興味を持ちます。この恐怖を煽るやり方を「フィア・アピール」といいます。

行政でも、「今年○○検診を受信した方には、○○検診キットを送ります」から「今年○○検診を受信されなかった方には、○○検診キットは送れません」と表示を変えただけで受診率が上がった例もあります。

見られていると感じることで人の行動は変化する

「ナッジ理論」はリチャード・セイラー教授が提唱した理論で選択の自由を残した上で、より望ましい選択に気づかせる誘導のことを指します。ナッジ(nudge)とは「ヒジで軽く突く」という意味で、隣の人を軽く突き注意喚起するという意味合いです。

ナッジ理論の活用例として、オランダ・アムステルダムのスキポール空港では、男性のトイレの便器にハエを描くことにより便器外への飛散率を80%減少させることに成功しました。最近は日本でも見かけるようになりましたが、男性は無意識に狙ってしまいます。

ほかでは、米オーバリン大学の学生寮で、水と電気代の削減のため地球温暖化政策の強硬派の国会議員の写真をシャワー室の天井に張ったところ、非常に効果があったといいます。さらにオーバリン大学ではシャワーのタイムレースをするという仕掛けを加え、より大きな効果を出しました。見られていると感じることで人間の行動は変化します。“目”のデザインのポスターで自転車の盗難が62%減少したという研究もあり、これは警視庁の目のステッカーにも応用されています。

行政では、アメリカの401k(確定拠出年金)が当初任意の加入だったため、加入率がそれほど高くなかったのですが、それまでの“希望すれば加入する、何もしなければ加入しない”というオプトイン方式から、“何もしなければ自動的に加入に、加入したくない意思表示をしたら加入しなくてもよい”オプトアウト方式に変更したことで劇的に加入率が向上しました。同様に日本でも予防接種を一定期間に自分で申し込む方式から、日時を決め伝達し、都合の悪い場合に変更する方式に改めたところ接種率が10%程度上がったという報告もあります。

政策への導入を推進せよ

日本の行政機関も政策の施策効果の向上を図るため、行動経済学を取り入れる動きがあります。経済産業省が「METIナッジユニット」を、環境省が「日本版ナッジ・ユニット(BEST)」、自治体でも横浜市が「YBiT」等を組成しています。また、新型コロナウイルス対策の専門委員会である「基本的対処方針等諮問委員会」のメンバーに、日本の行動経済学の権威である大阪大学の大竹文雄教授が任命されています。とはいえ、まだ行動経済学を政策に取り入れる動きが始まっただけで、実際に政策に反映されるところまではいっていないのが実情です。

日本の政策推進を見てみると、マイナポイントやGoToキャンペーンなどお金をばらまくオプトイン方式が目立ちます。マイナンバーカードが普及せず問題になっていますが、現行のマイナポイントを付与するオプトイン方式からオプトアウト方式へ変更することで結果が大きく変わる可能性があります。例えばコロナ禍における特別定額給付金の給付条件としてマイナンバーカードを活用していたら普及率は上がったはずですし、また、多くの国民が対象となるワクチン接種にもマイナンバーカードを活用すれば混乱を防ぎつつ、効率的な接種ができたでしょう。実際、コロナ対策で成功している台湾では、医療用ではありますが、日本のマイナンバーカードに相当する医療情報クラウドシステムが普及しており、それを活用して感染対策をして成功を収めています。

まあ、デジタル庁長官にデジタルの天才で30代のオードリー・タン氏を任命し、2~3日でマスクのアプリを作ってマスク問題を解決した国に対して、お年を召したデジタルを知らないデジタル庁長官が任命され、数カ月かけて不具合のある誰も使わないようなアプリを作る国の体質が本当の問題なかもしれませんけど。