改憲議論再燃へ 審議を進めた世論の変化と政権の色

国民投票法改正案が賛成多数で可決(衆院憲法審査会) 写真:つのだよしお/アフロ

政治

改憲議論再燃へ 審議を進めた世論の変化と政権の色

0コメント

憲法改正の手続きを定める国民投票法改正案が国会提出から3年の時を経て、今国会で成立する見通しとなった。自民党と立憲民主党が5月6日に幹事長会談を開き、一部修正して今国会で成立させることで合意。その後の衆院憲法審査会で採決が行われ、与党や立憲民主党などの賛成多数で可決された。国民投票の手続きが整備されることで、焦点は新型コロナウイルス対策で注目される緊急事態条項の創設など、具体的な改憲内容をめぐる議論に移る。

8国会にわたって継続審議してきた国民投票法改正案

国民投票法憲法改正の具体的な手続きを定めた法律。2007年の第1次安倍政権で成立し2010年に施行されたが、投票に関する規定を公職選挙法と合わせるため、与党などが2018年に改正案を提出していた。

改正内容は投票機会を増やすため、投票日当日に駅や商業施設でも投票できる「共通投票所」を導入することや、投票所に入場できる子どもの範囲を拡大するなど7項目。公選法の改正によりすでに国政選挙や地方選挙では導入されている制度で、改正内容については与野党で大きな対立はなかった。

ただ、立憲民主党などが「資金の豊富な組織がCMを大量に流せば公平性を欠く」と主張。CM規制の議論を先行すべきだとする野党と、改正案の採決を急ぐべきだとする与党との折り合いがつかず、これまで8国会にわたって継続審議となってきた。

5月6日の幹事長会談では与党が立民の主張を受け入れ、CMやインターネット広告、運動資金の規制について、施行後3年をめどに「検討を加え、必要な法制上の措置、その他の措置を講じる」との文言を付則に盛り込むことで合意。それを受けて立民側も今国会での成立を容認する姿勢を示した。11日に衆院を通過し、5月中旬に参院で審議入り。6月16日までの今国会会期中に成立する見通しだ。

審議を進めざるを得ない世論の変化と野党の都合

これまで一貫して採決を認めないとしてきた立民が採決容認に転じたのは、与党が修正に応じたこと以外に、3つの理由がある。

1つ目は新型コロナウイルスによる世論の変化だ。海外でロックダウン(都市封鎖)などの厳しい措置により新型コロナの封じ込めに成功した国がある一方、日本では「私権制限が難しいため措置が緩い」との指摘があり、緊急時に国がより強い措置をとれる「緊急事態条項」を憲法に盛り込むことへの理解が広がりつつある。

読売新聞が2021年3~4月に行った世論調査によると、憲法を「改正する方がよい」との回答は56%となり、前年の調査より7ポイント増加。「改正しない方がよい」は8ポイント減の40%となった。特に憲法に緊急事態における条文を明記することを支持するとの回答は59%にのぼり、「個別の法律で対応する」との回答を22ポイント上回った。

近年は改憲賛成派と反対派が拮抗していたが、新型コロナを機に賛成派が大きく増えた格好。改憲にアレルギーの強いリベラル系議員の多い立民とはいえ、こうした世論の変化は無視するわけにはいかなくなっている。

2つ目の理由は衆院選が迫っているということ。野党第一党の立民が採決に反対し続けてきた結果、国民投票法は約3年間、8国会にわたって継続審議、つまり“たなざらし”となってきた。今年は7月に東京都議選や東京オリンピック・パラリンピックを控え、通常国会の会期延長も困難な状況。今国会でも採決に反対し、次期衆院選までに成立しなければ慣例で廃案となるため、立民内でも「何でも反対という姿勢では世論の支持が得られない」「共産党と同一視される」との声が上がっていた。

次期衆院選で共闘を目論む国民民主党と足並みを揃える狙いもある。国民民主には野党内でも比較的保守的な議員が多く、玉木雄一郎代表は2020年11月にCM規制強化を条件に改正案に賛成する考えを示していた。国民民主は次期衆院選でも公約に改憲の具体的な内容を盛り込む可能性が高く、立民が国民投票法改正案を廃案に追い込めば野党共闘に亀裂が入るとの懸念があった。

菅政権への移行で保守色が希薄に

3つ目の理由は安倍政権から菅政権への交代だ。安倍晋三前首相は保守的な思想で知られ、集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法を制定したほか、憲法9条の改正にも強い意欲を見せていた。そのため、野党内では安倍首相による改憲は9条改正に直結するとの見方があり、立民は「安倍政権下での採決や改憲論議には反対」と主張し続けてきた。

しかし、安倍首相は昨年秋に退陣。保守色の薄い菅義偉首相が就任したことで立民内には「反対する理由がなくなった」との声が出ていた。
国民投票法改正で改憲に関する手続き面は整い、今後の焦点は具体的な改憲内容の議論に移る。自民党は安倍政権下の2018年に「自衛隊の明記」「緊急事態対応」「合区解消」「教育充実」の4項目について優先的に議論する考えをまとめたが、菅政権への移行により状況は変わりつつある。

菅首相は改憲を「党是」としつつも、積極的に発信しておらず、特に「自衛隊の明記」、つまり9条改正については積極的に進めないとみられる。菅首相が秋以降も続投するのであれば世論の動向を見つつ、緊急事態条項の議論を先行させる可能性が高い。

しかし、菅首相が交代する事態となれば話は別だ。改憲により消極的な首相が誕生すれば改憲議論が下火になる可能性があるし、もしも“安倍首相再登板”ということになれば改めて9条改正が注目を浴びることになるだろう。

いずれにせよ、改憲の土俵は整った。今秋の自民党総裁選、衆院総選挙で各候補や各党が改憲についてどのような公約を掲げるか。これまでのように絵空事ではなく、現実論として注目していく必要があるだろう。