企業のESG(環境・社会・ガバナンス)が重視されるようになり、各社が具体的な取り組みについて公表するようになった。環境関連ではCO2削減目標や循環型経済の実現といった取り組みが見て取れる。だがこうした取り組みを企業がイメージアップによる宣伝効果を期待して実施したり、政府に求められる形で義務的に行ったりするものとしてとらえてはいないだろうか。実は近年、金融機関がサステナビリティを重視するようになり、環境・社会への取り組みは投資の対象となっている。つまり義務的なものから率先して行うものに変化しているのだ。
投資家が促す脱炭素
「投資銀行」と聞くと脱炭素とは無縁の存在のように思えるが、実は近年の脱炭素の流れは投資家からの要望によるものが大きい。例として米大手投資銀行のゴールドマン・サックスの投資方針を見てみると、CO2削減技術が導入されていない石炭火力発電の新設や、新たな石炭採掘場の開発に直接投資を行わないとしている。そして、2020年までに20億ドル投じたサステナブル分野への投資額を2030年までに7500億ドルまで引き上げる目標を立てている。
J.P.モルガンも同様に石炭分野への新規融資を停止したほか、投資銘柄を対象にESGのスコアリングを実施している。特に石炭分野へのファイナンス停止の動きはダイベストメントの一環と見られる。近年、長期スパンで石油・石炭に関連する金融商品の価格が下落しているが、これはダインベストメントによる影響が大きいだろう。
ダイベストメント(Divestment)
投資を意味するインベストメント(Investment)の反対語。好ましくない分野に融資している資金を引き揚げることを指す。投資家による持株・債券の売却や、金融機関による融資停止など。
それではなぜ環境を考慮した投資が進められているのだろうか。要因の一つとして挙げられるのが欧州を中心とした投資環境の変化だろう。EUではエネルギー地政学の観点から石油・石炭においてロシアへの依存度を下げたい思惑があり、エネルギー産業や製造業を対象に厳しい規制を強いてきた。足枷だらけのCO2排出産業に投資をしても利益が得られないため、機関投資家が撤退していると考えられる。
もう一つは環境関連の技術革新だ。かつての植林・太陽光発電に限らず、さらにCO2を削減できそうな技術が普及しつつある。自動車業界におけるEV競争や洋上風力発電の普及、環境対応素材の開発といった動きは将来的な収益化が見込める分野として期待されているのだ。
サステナビリティ指数の存在
サステナビリティ指数の存在は企業に対してESGへの取り組みを促し、その透明性も求める。S&Pダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックス(DJSI)は株式市場におけるサステナビリティ指数として1999年につくられた。他の株式指数のようにESGを重視する企業の株価の平均値を求めるものではなく、ESGのベンチマークを評価するものである。評価にはサステナビリティ分野を対象とした投資会社のRobecoSAM(ロベコ)社が携わっており、銘柄の入れ替えは毎年実施される。
DJSIの中でも最も算出基準の厳しい「DJSI World」に選出されることが企業に付加価値を与えることになる。2020年度は323社が選ばれたが、ホンダや伊藤忠商事など日本企業も名を連ねている。伊藤忠はESGにおける取り組みを詳細に公表している点が評価されたと考えられる。現在では不十分な感じも否めないが、企業のCO2削減率の上昇にともなって環境分野でのスコアリングはより競争が厳しくなるだろう。
証券会社による銘柄の選定も実施されており、環境関連の金融商品も数多く存在する。投資信託では三菱UFJが提供する「エコ・パートナーズ(みどりの翼)」や野村証券の「野村環境リーダーズ戦略ファンド」などがあり、環境対策を重視する企業や環境問題解決に役立つ企業を投資対象としている。より狭い分野ではEV関連をターゲットとした大和証券の「iFreeActive EV」もあるようだ。
世界的な金融緩和による金余りで行く先を失った資金がこうした商品に流れている動きもあるが、環境商品の誕生は投資家が環境分野への投資に積極的であることを示している。これまでは財務の透明性を求める声と共に企業の会計基準が変更されてきたが、今後は高まる環境対応への要望に答える形で企業の環境対策もより厳格になっていくことだろう。
国債に代わる投資先としての環境債(グリーンボンド)
環境投資は比較的安全な長期投資分野でも行われている。先進国の政府や自治体は再生可能エネルギーなど環境負荷の低い産業に資金を投じようとしているが、高齢化による社会保障費の圧迫が影響して財政に頼ることができないでいる。そこで「環境債(グリーンボンド)」を発行することで資金を確保しているのだ。
環境債(グリーンボンド)
国や自治体、企業等が、環境問題の解決に貢献する事業やプロジェクトに使途を限定して資金を調達するために発行する債券。例えば、温暖化対策事業、再生可能エネルギー事業、廃棄物の管理、生物多様性保全等が挙げられる。
ドイツは2020年9月に最大約7500億円におよぶ初の環境債を発行した。環境債の発行で得られた資金は、環境負荷の低い交通システムの整備や環境関連分野における研究開発費として使われると見られ、その効果が期待される。イギリスも個人向けとしては初の環境債を発行する予定であり、2兆円規模の資金がEVや再生可能エネルギーの開発に使われる見込みだ。
株や投資信託と比較して利子率は低いものの、国が発行しているため国債と同様に安全性は高い。企業や投資家がリスク分散を目的としてポートフォリオの中に環境債を組み込むだろう。機関投資家や企業にとっては環境債の購入がESGへのアピールにもなるため低い利子率でも好まれるようだ。日本では東京都がすでに300億円規模の環境債を発行している。
また、こうした環境債は企業も発行しており、投資家からは新たな長期投資先として人気を集めている。しかし企業が発行する環境債の多くは調達資金を環境関連に投じることを保証していない場合が多く、単なる債務返済などに使ってしまう「ジャンク環境債」も増えている。環境市場を公正なものにするためにも一定の規制は必要となってくるだろう。
企業の環境対策は必須となる
企業の環境対策はより必要なものとなっていくだろう。これまでのCSR活動はあくまでも企業のイメージアップとして実施しているものに過ぎず、植林や清掃活動など事業とは関係のない活動が多くみられる。また、活動の効果も問われるものではなかった。しかし投資家が環境を重視するようになれば企業は事業の環境対策を考慮しなければならず、成果も示さなければならない。結果、環境を考慮した財・サービスの開発は高付加価値として収益化が見込めるため投資が集まるようになる。
一方で、対応が遅れる企業は単に環境に興味が無いというレッテルを張られるだけでなく、環境分野に取り組む余裕がない、つまり財務の健全性が低いという判断をされダインベストメントの対象になる可能性がある。投資家離れを防ぐ目的としても企業は環境対策を避けては通れないのである。