大学で開設され始めている「サステナビリティ学」の意義

2021.8.21

社会

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大学で開設され始めている「サステナビリティ学」の意義

環境・社会の持続可能性は「サステナビリティ(Sustainability)」と呼ばれ、近年その重要性が高まっている。企業は利益を追求するだけでなくサステナビリティを考慮するよう迫られ、環境負荷の低い製品・プロセスの開発が進む。また、原料の調達先が劣悪な労働環境となっていないか等も積極的に確認するようになった。だが、本質的にサステナビリティを考えるには産業・環境・社会を俯瞰する必要があり、決して簡単なことではない。そういった社会的なニーズを踏まえ、近年、大学では「サステナビリティ学」が開設され、専門性の高い分野として認識されている。

改めて「サステナビリティ」とは?

エコや地球温暖化対策という間違った意味で使われることもあるが「サステナビリティ」は、環境の持続性だけを表す言葉ではない。事業にかかわる社会や人間を含めた上での持続可能性を表す。

例えば、ごく僅かな賃金で貧困層を雇う工場は従業員を搾取しており、離職率が高いため持続可能性(=サステナビリティ)は無いといえる。また、植林をせずに周辺の木々を切り倒し続ける事業者も木が枯渇すれば周辺の環境とその事業自体も終わってしまうため持続可能なビジネスではない。理想的には再生可能エネルギーを使用し、周辺の環境を保全しながら従業員を経済的に支える事業がサステナビリティなビジネスといえる。

なぜ学問として成立するのか?

近年、サステナビリティが学問として認識され、大学ではサステナビリティ専攻が開設されるようになった。日本では2007年に東京大学がサステナビリティ学の修士課程を開設し、現在では「サステイナビリティ学グローバルリーダー養成大学院プログラム(GPSS-GLI)」として運営されている。法政大学も2016年に同様のプログラムを開設したほか、2019年には東京外国語大学、東京農工大学、電気通信大学の3大学が共同で「共同サステイナビリティ研究専攻」を開設したようだ。数々の名門大学が開設しているが、なぜサステナビリティは学問として成り立つのだろうか。

仮に食品メーカーがサステナビリティの実現に向けた取り組みを始めたとしよう。環境面では一例としてエネルギーの持続可能性を考える必要がある。石油依存度を下げるために自社で風力・太陽光発電が可能か検討することになるだろう。電力にかかわる知識が必要となる。

環境面で考えられる課題例

  • 電力源はどれを選択すべきか?
  • 製品のリサイクル性能は低くないか?
  • 取引先が環境破壊をしていないか?

また、商品の包装に使われるプラスチックも植物由来のバイオマスプラスチックを使うことでどの程度CO2を削減できるか試算するかもしれない。具体的な計算はプラスチックメーカーに頼ることになるが、化学・環境工学の知見も求められる。

社会面のサステナビリティとして、原料調達先である海外の農家が貧困ビジネスを展開していないか監視することになるかもしれない。その場合は現地の政治・法規にまつわる知識も必要となる。

社会面で考えられる課題例

  • 事業を通じて社員が喜べるか?
  • 地域経済の発展に貢献できるか?
  • 事業が政治的な問題にならないか?
  • 海外従業員の生活実態はどうか?

例を挙げればきりがないが、サステナビリティは文系・理系両方の知識が必要であり、なおかつ産業界全体を俯瞰する目を持たなければならない。前述した法政大学のカリキュラムを見てみると行政学や環境経済論、経済学基礎など幅広い分野の講義が実施されていることがわかる。なお大学院であるため、これらの講座を受けた上で自分の研究を進めなければならない。

求められるサステナビリティ人材

EUを中心に消費者や投資家の目が厳しくなるなか、企業はサステナビリティへの取り組みを避けては通れなくなるだろう。持続可能性向上に貢献する“サステナビリティ人材”は今後ますます需要が伸びていくはずだ。上場企業を中心に「サステナビリティ部(署)」が一般的となるかもしれない。そして実際、専門人材の募集や専門部署の設置が始まっている。

ユニクロのファーストリテイリングは「サステナビリティ領域のリーダー」を募集している。職務内容を見ると社会面では店舗周辺・生産拠点周辺における課題の特定から解決まで担当するようだ。社外の利害関係者を含め労働や人権に関する問題を解決する。環境面では持続可能性を考慮した原料調達や製品の開発を担当し、具体的にはリサイクルプロジェクトの実施やプラスチック使用量削減に取り組むとしている。新疆綿の使用をめぐる同社の対応を疑問視する声もあるが、こうした取り組みからはサプライチェーンへの配慮があることがうかがえる。

また、住友化学は2018年に「サステナビリティ推進委員会」を設置し、活動の強化を進めている。人事部や購買部、研究所や工場など各企業部門に対して委員会が指示するような立場となっており、各部署は指示に基づいて報告をする。このような体制をとることで企業が直面するサステナビリティの課題を把握することができるようになるのだろう。大手他社でも同様の取り組みを行っており、サステナビリティ人材の需要は高まっていくはずだ。

メーカー以外ではイギリスの会計・経営コンサル企業KPMGの国内関連会社が企業のサステナビリティレポート作成を支援する人材を求めている。企業は取り組むだけでなく持続可能性を公表する必要があり、「非財務情報」(環境・社会・知的資産等)の知識を有する人材はより求められていくだろう。

また、転職サイトでは企業名を非公開としながらも商社の専門人材が募集されており、必須条件として10年以上の職務経験、TOEIC800点以上が設定されている。サステナビリティ人材を目指すには英語力は必須のようだ。

専門人材が必要なのは企業だけではない。企業の持続可能性のコンサル・評価を行う認定機関も専門人材の雇用先となるだろう。著名なものでは情報開示システムを運営するイギリスのNGOのCDPやフランスの格付けプラットフォームEcoVadisがあり、両社は日本にも拠点を置いている。企業がサステナビリティの取り組みを本格化させるなかで認定機関の需要も高まっていくはずだ。

社会に出てから学ぶMBAのような存在に

企業が実際に専門人材を求めていることから、今後、「サステナビリティ学」は産業界で重要なものとして位置づけられていくだろう。だが、専攻した学生が新卒でサステナビリティ分野に採用されるかは疑問だ。

化学メーカーで持続可能性を考慮しながら研究を進めるには化学分野の専門性が必要であり、非財務情報の担当者であれば会計士としての専門性が求められる。各々の専門性を補完、強化する学問としてサステナビリティが学ばれていくのではないだろうか。そういった意味で社会人学生の多いMBAのような存在になると考えられる。