東京オリンピックが炙り出した大相撲が直面している問題

2021.8.20

社会

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東京オリンピックが炙り出した大相撲が直面している問題

スケートボード女子パークで金メダルを獲得した19歳の四十住さくら選手と銀メダルを獲得した12歳の開心那選手 写真:AP/アフロ

開催に向けて物議を醸した東京オリンピックではあったが、始まってみると日本選手の活躍もあり大きな盛り上がりを見せた。金メダル27個を含む58ものメダルを獲得したことは自国開催のアドバンテージの次元を超えるもので、技術レベルの向上とプレッシャーに潰されないメンタルコントロールがこの好結果を招いた一因と言えるだろう。 私は大相撲が専門なので言うのだが、それとは対照的な競技が大相撲で、土俵内外で同じ問題をこの10年あまり繰り返している。オリンピックが炙り出した大相撲が直面している問題と、近い将来迎えることが予想される危機について考えたい。

時代に対する変化を感じさせた日本人選手の活躍

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、開催中止の意見も多く見られ終了まで議論の絶えなかった東京オリンピックではあったが、期間中は選手やチームへの影響が限られたものだったことも作用し、連日白熱した試合を展開し続けた。開催中止を叫んでいた政治家でさえメダルを獲得したアスリートに祝福のメッセージを送っていたことからも、スポーツの力が多くの人々を楽しませ、熱狂させるものだったことがわかると思う。

熱狂の中心にあったのは、日本選手の活躍だ。

事前の予想では30個もの金メダル獲得予想があり、さすがに楽観的過ぎはしないかと思ったものだが、蓋を開けてみると金メダル27個を含む58ものメダルを獲得。2週間のニュース速報の大半が日本選手のメダル獲得だったような気さえするほど競技を問わず活躍し続けていた。

特に印象的だったのが、日本選手の多くが自分の技術を高い水準で見せつけたことだ。つまり技術が飛躍的に向上し、それを阻害しないメンタルを持っていたからこその快挙なのである。

近年進歩が著しい卓球やフェンシングのような競技もあれば、柔道やボクシング、レスリングのように過去に隆盛を極めながらも低迷した時期を経て再度浮上してきた競技もある。さらにはスケートボードのような新しい競技でも好成績を残している。

これは過去のバックグラウンドに左右されず最新のトレンドを研究し、技術の向上を目指した成果と言えるだろう。低迷する競技にありがちなのが、指導者含めて過去の成功体験や積み重ねにこだわり試行錯誤を怠るというものだが、上記のような競技の柔軟な姿勢は賞賛されるべきものだと思う。

そして、もう一つのポイントとして選手たちがのびのびとプレイしていた点だ。メダルを獲得した選手の多くが「自分らしく」「笑顔で」といったポジティブなフレーズを口にしていた。それを支えるように指導者の姿勢も変わってきているようで、柔道の監督である井上康生も、かつては上の立場から指導してきたのだが選手に寄り添う形にスタイルを変えたという談話が出てきた。怖い顔をしながら腕を組むような指導者が総じて減っていることも印象的だった。

ポジティブなフレーズを口にする選手自体はこの20年くらいで増えてきたように感じていたが、指導者が彼らのそうした姿勢に理解を示し前向きにサポートするようになったということを意味しているのではないか。

東京オリンピックにおける日本選手の活躍は、技術的にもメンタル的にも2021年という時代に適合する形で選手・指導者が共に変わる姿勢を見せるだけでなく、腹落ちする形で体現できたということが大きかったのではないかと思う。

誰か一人が変わろうとしても、それだけでは足りないのだ。一つの方向を見て、同じ価値観を共有し、体現する。競技として変わろうとする努力が実を結んだ大会だったと言える。

大相撲が変わろうとしていないとは思わないが

一方で気になるのは、大相撲のことである。オリンピックがまばゆい光を放つなか、大相撲に未来はあるのかと考えされられた。

10年前から不祥事が絶えず、よく言えばおおらか、悪く言えば時代遅れな価値観を引きずっている。暴力行為は力士や関係者の中ではびこっているし、薬物の使用も発生している。無免許運転による処罰が行われたこともあったし、コロナが蔓延するなかでガイドラインを破る力士・関係者も後を絶たない。

大相撲が変わろうとしていないとは私は思わない。力士や親方、関係者の話を聞く限りでは多くの方が今の状況を打開するためにそれぞれ努力している。むしろ私が出会った関係者というくくりでいえば、全員が志を持ち改善に向けて動いていると言い切っていい。

しかし、報道されるのは不祥事が起きたときであり、物議を醸す何かが起きたときだ。残念ながら相撲の結果や昇進といったスポーツとしてのニュースはそれほど注目を集めない。Yahoo!ニュース公式コメンテーターという立場で解説を入れてもコメントに対する反応の数がまるで違う。5倍から10倍といったところだろう。

大相撲の不祥事はとにかく悪目立ちするのだ。他の競技だって選手が逮捕されたり世間を騒がせたりということ自体はよくある。ただ、相撲だけが力士や相撲部屋という単位ではなく競技として批判を受ける。相撲側の目線で言えば理不尽にも感じるが、10年前にあれだけ多くの不祥事が集中的に発生し、2017年の日馬富士の暴行事件以降も散発的に起きてしまっていることからも、相撲という競技の体質に起因していると結び付けられても反論の余地がない。

関係者の大半が努力をしても誰かがやらかしてしまえば語られるのは不祥事の方だ。だからこそ相撲にかかわる全員が、自分の行動が悪い意味で大相撲と結び付けられるということを肝に銘じなければならない。

新弟子の入門数は全盛期の3分の1

白鵬の後継者もなかなか誕生しないと言われ続けていたが、ついに現れた新横綱は平成3年生まれで今年30歳を迎える照ノ富士だ。大関に昇進しながら大きなケガを負い、序二段まで落ちて引退を相談するところまで追い詰められた中堅力士が復活したという物語は美しいが、白鵬をはじめとする上位陣の休場や不調が目立つなか、この5年で抜け出した若手が誰も居なかったとも言い換えられる。大相撲という競技全体で見ると、次代を担う若手にとって大きなチャンスが到来しているのに結局、照ノ富士にごぼう抜きされたということは大問題である。

ここ10年、若貴全盛期の頃の3分の1しか新弟子が入門しない状況が続いており、あの不祥事を経て横ばいを維持できているという見方もできるが、体格が良く運動能力の高い子どもたちは今や大相撲など志していないのが現状だ。

世界を目指せる競技が数多く存在し、しかも東京オリンピックでは日本人でもやれるということが証明されている。かつてのように指導者の顔色をうかがいながら嫌々続ける訳でもなく、指導者と競技者がのびのびと技を磨くことができるのが今のスポーツ界である。大相撲も変わってはきているが、世間が抱く「不祥事ばかり起している危ない世界」というイメージを覆すには至っていない。

果たして自分が親だとしたら、子どもに相撲を始めさせたいだろうか? 大相撲の世界に進みたいと言われたときに、背中を押すことができるだろうか? 理不尽な暴力を振るわれることはないだろうか? 逆に相撲の世界に染まって暴力を平然と振るうような輩にならないだろうか? あるいは大麻を吸うような力士が近くにいて、悪の道に引き込まれないだろうか? 熱意があれば最終的に認めるかもしれないが、相撲に対する不安は少なからずよぎることは間違いないだろう。

4年に一度の脅威を乗り越えて

大相撲が仮に不祥事続きの現状を克服し世間の信頼を取り戻したとしても、子どもたちが相撲の道を志し、大相撲の門をたたき、人気力士として活躍し始めるまでには最低15年は掛かる。例えばいま奇跡が起きて世間の大相撲に対する認識がいきなり変わったとしても、それは2036年のことなのである。

最短ルートでこの有様だ。その間、何回オリンピックが開催されるだろうか? ほかの競技の魅力を4年に一度子どもたちが目の当たりにすれば、仮に大相撲が世間の信頼を取り戻したとしても強力なライバルになり続ける訳である。つまり、世間の信頼を取り戻すというのはあくまでもマイナスがゼロになったというだけの話で、スタートラインに戻るという意味でしかない。大相撲が人気種目に返り咲くにはスタートラインに立った後でさらなる努力が必要ということだ。

オリンピックというのは大相撲にとって、4年に一度脅威に晒される機会なのかもしれない。オリンピックであれだけのものを観た後、パラリンピックを経て来月12日には大相撲秋場所が開催される。嫌でも比較されることになるだろう。土俵上でのガッツポーズの是非が最大の話題になるような15日間ではなく、土俵の充実で未来を呼び込むような熱戦を期待したい。